7-2 王都から来た調査員 2
ヨルトレインに来てから四日目の夜、アダムスは、ライセンス持ちたちから評判だと噂の酒場に顔を出した。
暫くして、五人の青年が酒場の中へと入ってくる。
一仕事終えたライセンス持ちのパーティーと思しき一団は、空いているテーブルを囲んで座ると、それぞれが好き勝手に酒や料理の注文をはじめた。
最初の料理を運ぶ給仕と入れ替わるように、アダムスは彼らのそばへとやって来た。
「おっさん、俺らになんの用だ。さっきからチラチラ俺たちを見ていただろう」
おっさんと呼ばれてアダムスは動揺する。内心――。おっさん?目の前にいるのは、おにいさんなんですが……これでもまだ三十二なんです!と、心の中で愚痴をこぼし。自分を落ち着かせようと、ややひきつりはするものの営業スマイルを無理矢理作る。
「申し遅れました。私は首都グレンデルにある冒険者組合本部所属の調査員でアダムスと申します」
「ああ、あんたが噂の、トマソンさんからも出来るだけ協力してやってくれって頼まれたぜ。で俺らに何を聞きたいんだ?」
「みなさんというよりは、エバンスさんに是非お聞きしたいことがありまして」
「あの、エバンスは、俺ですが……」
エバンスは、口に運びかけたスプーンを置き、ゆっくり手をあげる。
「フィヨルという名の少年について、幾つか尋ねたいことがありまして」
「どうして、俺なんですか?」
「彼が人間ではない別のものだと見抜いたのがあなただと聞いたもので……あなたの目から見たフィヨルという少年の印象について教えてほしいんです」
エバンスの表情が曇る。
エバンスはあの日から、自分がしたことは本当に正しかったのだろうかと悩んでいた。フィヨルは人間ではなかったが、一切の悪さもせず、人間との共存を望んでいた。
彼の正体を暴いたことは本当に正しかったのか……時間が空いた時には、無意識にこの言葉を自分に投げては、自問自答を繰り返す。
納得出来る答えは、いまだ見つけられていない。
「おっさん立ち話もなんだ。椅子も空いてるんだし座ったらどうだ」
エバンスと同じパーティーの青年が、空いている椅子を指さしながら〝わりぃな、一杯貰うぞ〟と、給仕が他のテーブルに運んでいく途中だった、酒の入った木のジョッキをヒョイと持ち上げ、そのままアダムスの前に置いた。ライセンス持ちが集まる酒場だ。この程度の悪戯は日常茶飯事である。
「ありがとうございます」
「アダムスさんてさー、魔物に滅ぼされた町や村の調査をしてるんだよな」
「ええ、一応いまはそれが専門ですね」
「フィヨルが犯人だって疑っているのか?」
無言で下を向き口を閉ざすエバンスの代わりに、パーティーメンバーの青年が質問した。
「いえ、それは無理でしょう。そのことを一番ご存じなのがエバンスさんだと思いますよ」
「はい、俺はあいつを見張ってましたから……フィヨルは日が落ちる前にヨルトレインに毎日戻っていました。距離的に考えても他の町を襲うのは無理だと思います。なによりあいつは、そういうことが出来る性格じゃない」
「随分と高く評価しているんですね。私も噂を聞く限りは同感ですが、それでも、私は彼がまったく無関係だとは思っていないんです。フィヨルという少年は、人間ではない化け物である……これは間違いないですね」
エバンスは首を縦に動かし肯定すると、自分が知るフィヨルのことを話はじめた。
痛みも感じず、自分の血が流れても声ひとつあげない、少年の姿をした何かのことを。
アダムスは、時折相槌を打ちながらエバンスの話を黙って聞いた。
一通り話を聞き終えると考え込むように黙る。
エバンスは、包み隠さず自分の想いを自分の言葉で口にした。
いまも彼の正体を暴き追放処分にしたことが正しかったのか分からずにいると、パーティーの仲間たちは、そんな彼に人と化け物が一緒に暮らしていけるはずがないと、フォローを入れる。
「パーティーのお仲間の言う通りだと思いますよ、エバンスさんが気付かなくても他の方が遅かれ早かれ気付いていたでしょう。人と化け物の共存など、出来るはずがないんです。私たちは相容れない存在なんですから」
「どうしてアダムスさんは、フィヨルのことを調べているんですか、町や村を襲う魔物とフィヨルには何か繋がりがあるんですか?」
「繋がりというか、関係というのか……魔物の多くは縄張り意識が高いと考えられています。実際、三百年ほど前に、南の大陸で魔物の異状発生が起きた際、唯一被害が無かった村のそばには年老いた竜が住んでいたんです。力のある魔物の気配がする場所に、他の魔物が近付かないってのは魔物学者たちの定説なんですよ。話を聞く限りフィヨルという少年は魔物とはまた別の存在に思えますが、彼の持つ気配のようなものが『町崩し』と呼ばれる噂の魔物をこの町に近寄らせなかったんじゃないでしょうか?」
「『町崩し』って呼ばれているんですか……フィヨルがいたから、この町は襲われなかったのか……やはり俺の判断は間違いだったんでしょうか」
「いえ、エバンスさんは何も間違ってはいませんよ。ここは人間の作った町なんです。その行く末を正体不明の化け物に委ねるようじゃ、それはあまりにも愚かです。御伽話の中に、村を守ってもらう代わりに、毎年綺麗な村娘を一人魔物の生贄に差し出すって話がありますよね。あれが正しいと思いますか?」
おっさんと言われたことを根に持っていたのだろう、アダムスは〝お兄さん〟という言葉を気持ち強調しながら話を続ける。
「これはお兄さんからのアドバイスだと思って聞いてください。君たちはまだ若い。この町が好きだというなら口出ししませんが、私はみなさんに早々に他の町への移住を勧めます。勘ですけどね……近々何かが起こるとお兄さんは思うんです」
「おっさん、俺たちが魔物に負けるっていうのか、それになヨルトレインには大都市にも負けない立派な城壁があるんだ。そう易々と魔物の侵入を許すかってんだ」
「勝つか負けるかなんて誰にも分かりませんよ。襲われた町や村の住人たちはみなキレイさっぱり消えているんですから、どんな魔物が襲って来るのかも私たちには一切情報がないんです。学者の中には犯人は新種の魔物で、人間並みに頭がいいと推測する意見が多いみたいですけどね。一応忠告はしましたよ!それとエバンスさんは、あまり思い詰めないほうがいい。迷いはいざって時に自分を鈍らせてしまう」
「しっし、もうこのくらいでいいだろう。おっさんのせいで飯がまずくなるぜ。みんな飲みなおそおぜ!エバンスもあんま気にすんなよ」
アダムスが席を離れたあと、全員分の酒を追加注文すると、五人は気分を変えるように飲み始めた。
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翌日――。
冒険者組合の組合長室で二人の男が向き合っていた。
アダムスとトマソンの二人だ。アダムスは今のところはまだ仮説でしかありませんが、と話を切り出す。
ヨルトレインが魔物の被害に合わなかったのは、フィヨルという化け物の気配が魔物たちを遠ざけていたからだと思いますと――。
「我々は知らず知らずに彼に助けられていたんですか……恩を仇で返してしまいましたね」
「あくまでこれは私の推測です。当たっているとしても、気にすることはないでしょう。人間と化け物は元々相容れないものですから、早いか遅いかの違いだけです」
「中央は、どの程度の情報を掴んでいるんですか」
「相当頭の良い魔物が犯人ってことくらいですよ。自分たちの痕跡を残さないように死体ひとつ残さずきれいさっぱり住人は消えてますから、魔物の正体が掴めないんです。襲われた町や村の至る所に、熊や狼や猪といった獣の毛は残されていましたが、それすら故意に撒いた物じゃないかって話です。いま断言できるのは、飛行型の大型の魔物ではないってことくらいですかね。流石に竜が飛んでいればもっと噂になりますから」
トマソンは、アダムスが机の上に置いた『町や村の壊滅に関する報告』と書かれた書類を手にとった。
「本当に頭の良い魔物なんですね。町や村を襲った後には、死体は持ち去り建物には火を放つ、魔物に偽装した人間の仕業だと言われた方がしっくりきます。村ならまだしも町を滅ぼすほどの兵士を森の中に潜ませ続けることなんて不可能でしょうが……本当に何が起きているのんですかね」
「調査員の立場としては、住人全員を連れて速やかに他の町へ避難することをおススメします」
「ははは……そんなことは領主が許さないでしょう。何のために高い金を払って城壁を作ったんだと怒られそうです。せめて、魔物の正体が分かれば対策を立てることも出来るんですが」
アダムスは、二日後、首都グレンデル行きの乗合馬車に乗って本部へと戻っていった。
次に来る際は、手練れのライセンス持ちをかき集めてくるとは言ってみたが、胸のざわつきが収まらなかった。