7-1 王都から来た調査員 1
お知らせ◇〝人は魔神に……〟を読んでいただきありがとうございます。
この話を含めて4話ほど主人公から離れた話になりますが、お付き合いいただけたら嬉しいです。
少しは面白いと思ってもらえる話になっているのかな?と迷いながら書いていますので、温かく見守ってください。
✿後日談
フィヨルがヨルトレインから追放されてから、早一月が過ぎた。
追放騒動から一、二週間は何かとフィヨルについて面白おかしく話す者もいたが、彼は町に迷惑をかけたわけでも、悪さをしたわけでもなく、今では悪意をもって彼のことを面白おかしく話す人もいなくなった。
もちろん、噂好きの人間がいる限り、この話題は完全には消えないだろう。
人に憧れた怪物が姿を偽り暮らしていた。
そんな御伽話のような話が町では語られている。
王都グレンデル発ヨルトレイン行きの乗合馬車に揺られ一人の男がやって来た。
男の名はアダムス・チェティエン。グレンデル王国の冒険者組合本部直属の調査員である。
今回アダムスがヨルトレインを訪れたのは、同じ森の中にあるにも関わらず、唯一ヨルトレインだけが魔物の被害を受けていない状況にあったからだ。
この一年で滅びた町や村の数は、ゆうに十を越えている。
今回の事件に謎が多い理由としては、魔獣の森が通信用魔道具が使えない土地であることが大きいだろう。
彼が最初に訪ねたのが、ヨルトレインの冒険者組合の組合長室だった。
「はじめまして、急な来訪にも関わらずお時間をいただきありがとうございます。私は本部に所属する調査員でアダムス・チェティエンと申します」
「ようこそ魔獣の森の町ヨルトレインに、私は、この町の冒険者組合で代表をしているトマソン・コレアです。本部からは二週間ほど滞在して調査をすると、先に手紙をいただきましたが、間違いないでしょうか?」
「はい、それくらいの期間で考えています。周辺の町や村の状況を考えるとヨルトレインの状況は異常と呼べるものでして、それを調べるために私が派遣されました」
「異常ですか……魔獣の森で起きている事件は私の耳にも届いています。魔物の正体もいまだに掴めていないそうですね。ヨルトレインをはじめ魔獣の森にある町や村では、通信用魔道具が使えませんから、どうしても他の都市に比べると情報不足になってしまいます。毎日森に入るライセンス持ちたちからも魔物が増えたなんて話は聞きませんし、消息を絶つ者も出ていません。最近では、ヨルトレインは土地神の加護で守られているんだ。そんな話も聞くくらいです」
グレンデル王国の北域に位置するこの森は、魔獣の森と呼ばれ、森に生息する魔物や獣を狩り、その素材の加工を一番の産業としていた。
魔獣の森に住む魔物の多くは夜行性のものが多く、日中であれば割と安全に行き来できることも、交易が盛んに行われている理由である。
それに、出没する魔物も特別強い魔物ではなく。ライセンス持ち四、五人いれば苦戦することはない。
ヨルトレイン周辺の森は、比較的安全に狩りが出来る場所としてライセンス持ちたちからも評判が良かった。
「滅んだ町や村には一人の生存者もおらず、どんな魔物が出ているのかすら分かっていない状況です。国が情報を隠している、なんて噂も出ていますが、単に情報が掴めていないだけなんです。この町が他と大きく違うのは、他の町のようにライセンス持ちの失踪事件が確認されていないことでしょう。神聖国家エラトニアのように魔道具産業が発展している国であれば、魔獣の森で通信が可能な魔道具が手に入るのかもしれませんが、隣国のダッカス王国の内乱の影響でそういった話も進んでいません」
「これだけ多くの町や村の住人が忽然と姿を消しているのにも関わらず、魔物の情報が一切ないとは、思っていた以上に深刻ですね」
「ええ、調査員という立場上手掛かりひとつ掴めていないのは、お恥ずかしい限りです……それにしても、ヨルトレインは近隣の町や村が滅びているにも関わらず、普段通りというか、滅びる前にいくつかの町にも同じように調査で訪れているんですが……よからぬことが起きているんじゃないかと、住人たちは気が気じゃない様子でした。案外加護という話も的はずれではないのかもしれません」
「調査員の方がそのようなことを仰るとは……ヨルトレインは、魔獣の森にある町の中でも一際高い城壁に囲まれています。頭の良い魔物なら、この城壁を見て町を襲おうとは考えないのかもしれません。みんなにはアダムスさんの調査に出来るだけ協力するよう伝えておきます」
「ご協力感謝します。加護もそのひとつですが、私は目に見えない力の存在を信じている方なんですよ」
アダムスは、目の前に差し出されたトマソンの手を取り、握手を交わした。
トマソンから、冒険者組合事務所の空いている部屋を宿代わりにすることも提案されたが、それを断り町の宿屋に部屋をとる。
なんの手掛かりも無い時には、まずは市井の人に溶け込み同じ目線で物を見てみるのが一番。
それがアダムスのモットーだった。なによりトマソンという男を全面的に信用しているわけではない、むしろ疑ってさえいる。周囲の町や村が滅びているのに、ヨルトレインだけが何の被害もないということはありえるのだろうか?とアダムスは考えた。
宿屋を決めて荷物を置くと、適当に町をぶらつく。
屋台に立ち寄り、店主や店の常連たちにそれとなく探りを入れる。
魔物の異常発生や珍しい魔物の情報。そういったアダムスが欲した情報は無かったが、一月前にライセンスを没収されて追放処分を受けた少年の話を多くの人から聞くことになる。
フィヨルという名のライセンス持ちは、見た目十三、四の少年で、肌の色が白く、人の形はしているが人間では無く……優しい怪物という、化け物には相応しくない呼ばれ方もしていた。
怪物――。
この町が無事なのは、そのフィヨルと呼ばれる少年の姿をした怪物が、他の町や村を滅ぼした当人だからなのだろうか?ふとそんな考えが頭に浮かぶ。
わざわざ人に紛れて暮らすために、この町だけを残す意味はあるんだろうか?同時に疑問も浮かんできた。
更にフィヨルと呼ばれる少年の姿をした怪物の情報を集めた。
評判を聞けば聞くほど、フィヨルが他の町や村を襲うとは考えにくい。何よりフィヨルにはアリバイがあった。
少年は毎日のようにヨルトレインに帰って来ていたし、夕食と朝食を宿泊先の宿屋で、決まった時間に食べていたという。彼が懇意にしていた宿屋の主人の証言だ。間違いないだろう。
滅びた町や村の中には、距離にして移動だけで二週間近く要する場所もあった。フィヨルが空を飛べる魔物だとしても日帰りでの移動は不可能だ。
まして町や村の住人全員を消すとなると、時間は更に必要になる。
それでもアダムスは、フィヨルという少年が今回の事件に無関係ではないという予感を抱き、聞き取りを続けた。