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6-4 冒険者組合の地下牢 4 ライセンス持ちは話し合う

     ✿話し合い


 冒険者組合の待合室、多くのライセンス持ちたちが帰らずに残っていた。

 トマソンがフィヨルとどんな話をしたのか興味があったからだ。

 〝おっ、トマソンの旦那が戻って来たぞ〟地下牢に続く重い扉を開け、戻って来たトマソンの姿を見たライセンス持ちたちは声を上げる。


「トマソンの旦那……どうなったんだ?」


「彼は自分のことを人間だと信じているみたいです」


「まじかよ……背中を刺されても顔色ひとつ変えないんだぜ、ありゃ絶対化け物だろー」


「彼は私たちより遥かに強い。でそれも、本人は人間だと信じているんです。『真偽眼』で見ましたから間違いありません」


 トマソンはわざわざ自分の目を強調するように、片目を掌で隠す。待合室はざわつきはじめた。


「彼の見た目は人間と何も変わりません。ここからは私の推測ですが、彼は人間に育てられたんじゃないでしょうか。彼は自分の背中を刺したエバンスのことを悪く言ってはいませんでした。刺さなくてはならない理由があったんだろうとすら言ったんです。そして、彼は牢屋に入れられたのにも関わらず、この町の人間を恨んでいませんでした」


 安堵からなのか、ライセンス持ちたちはほっとして顔をする。トマソンの話は続く。


「フィヨルくんを育てた者は、できた御仁だったんでしょう。悪意を持たない人間に彼は敵意を抱きません……ただ、彼が悪と認識した人間に対しては敵意を向けて、その命を奪うことにも躊躇しません」


 その言葉を聞いて顔を青くしたのは、フィヨルの金を奪おうとした職員だ。


「でもよ、トマソンの旦那。ライセンス持ちの多くは喧嘩っ早く荒くれ者が多い。俺たちは騎士様や神官様のような行儀の良い出来た人間じゃねーんだ。人殺しや強盗はしないとはいえ、どちらかといえば正義より悪に近いんじゃねーのか。フィヨルが悪い奴じゃねーのは分かった。でもよ、このままじゃ俺らは猛獣の檻の中に放り込まれているようなもんだぞ」


「「「そうだ、そうだ!」」」


「武器は取り上げてあるんだ。いっそ殺しちまったらどうだ。あいつが人じゃねーのはここにいる全員が分かっているだろう」


「そうだな、殺してしまうのが一番いい」


 過激な意見が多く上がる。


「それはやめておいた方がいいでしょう。彼は私の質問にひとつだけ嘘をついたんです」


「嘘だって……どんな嘘をついたんだ?」


「彼がこの部屋にいる全員に向けて、殺気を放った瞬間を覚えていますか」


 あの瞬間の出来事を思い出したのだろう。何人かがその場で大きく目を見開いて顔を青くする。


「これでも一応、腕自慢が多いライセンス持ちを管理する立場の人間です。腕には自信があるんですよ。それなのに私はあの瞬間……死を覚悟しました。彼と話をしている最中に、ふと疑問に思ったんです。あれが彼の本気だったんだろうか……?と、私は彼に訊ねました。あれがキミの全力なのかと、彼はその質問に〝ハイ〟と答えたんです」


「なるほど、あれがフィヨルの全力か……恐ろしいな、ん……どこに嘘があるんだ?」


「全力だと答えた彼の答えを、私の『真偽眼』は嘘だと見抜きました。それも、ただの嘘ではなく大嘘だと、あの殺気も十分加減したものだったんですよ、武器を持っていないからといって、そんな存在に皆さんは勝てますか」


 その場にいた全員が押し黙り、中には無理だと首を大きく左右に振る者もいる。みな同様に表情が暗い。


「少し脅し過ぎましたね、忠告したかったんです。フィヨルくんに剣を向ければ、ヨルトレインにいるライセンス持ちが束でかかっても敵わないと私は考えています。彼の処遇については、大まかにですが決まっています。彼の同意もいただけました。……後はここにいる皆さんの意見を聞いて決めるだけです。彼は、自分の存在がヨルトレインの迷惑になるのなら町を出て行ってもいいと言っています。罪の軽い人間に対して行う追放処分と同じものです。もう一つ彼からは提案をいただきました。我々が望むのであれば、より遠くへ、グレンデル王国を、国を出てもいいと言ってくれました。その場合、周辺国の状況と地図も欲しいとのことです」


 他国の情勢には大きな価値があり、易々と手に入るものではない。問題は、どの程度の情報をフィヨルに渡すかだ。


「なるほどな、あの化け物が国外に行ってくれるならありがたい。問題は、俺たちがあの化け物が国を出たいと思えるくらいにの情報を集められるかどうかだ」


 ライセンス持ちの多くは、フィヨルの名を呼ばず〝化け物〟と呼んだ。自分たちの知らない未知の存在、その力が強ければ強いほど、人が持つ恐怖……恐れは強くなる。

 自分は清廉潔白だと、胸を張って言えない人間が多いのも原因だろう。

 自分が成功するためなら平気で相手を出し抜く、ここにいるのは、そういう人間たちだ。

 どこまでが正義で、どこからが悪なのか、価値観は人それぞれ違うし線引きは難しい。自分たちの命がかかっているとなれば尚更だ。


 ここにいる多くのライセンス持ちたちは考えた、多少高い金を払ったとしてもフィヨルが気に入る情報を手に入れなくてはと、彼らは想像した、フィヨルが求めているのは、争いと悪のない穏やかな国なのではないかと……誰もが、同じ国を思い浮かべる。


 神聖国家エラトニア――。

 神の信望者たちが集う聖職者の国だ。他国に比べて規律も厳しく、犯罪への罰則も重い。

 正義を重んじるフィヨルなら、神聖国家エラトニアのことを気に入るだろうと彼らは考えた。


 しかし、問題もある。

 グレンデル王国から神聖国家エラトニアに入るためには、どうしてもダッカス王国の領土を跨ぐ必要があるのだ。ダッカス王国は、現在王子同士が王位を巡る内戦の最中(さなか)であり、不安定な状態にある。


 彼らは考える。内戦の話を聞いたフィヨルが、他国への興味を失い。この国に留まると言い出さないだろうかと……かといってそれを隠し嘘をつけば、それを悪とみなし断罪のためにヨルトレインに舞い戻る可能性すらある。

 彼らは悩んだ……悩んだ末、素直にダッカス王国の内情を包み隠さず話すことにした。


 もちろん、それをフィヨルに伝えるのは、トマソンの役目だ。

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