6-1 冒険者組合の地下牢 1 エバンスの視点
「フィヨルくん、キミは一体なんなんだ」
声をかけたのは、ヨルトレイン冒険者組合の管理職の男だった。フィヨルは肯定するでもなく、暴れるでもなく無言を貫く。
「キミの正体が分かるまで牢に入ってもらうよ。武器も預からせてもらう……荷物の確認も必要だな」
フィヨルは一切の抵抗をせずに武器と背負っていた袋を目の前の男に渡す。職員が数人がかりでフィヨルの持ち物を確認した。ナイフをはじめロープなど武器に使えそうな物は全て没収する。
一人の職員が、背負い袋の底に入っていた硬貨のびっしり詰まった袋を取り出した。
フィヨルのこなした依頼の量と仕留めた魔物の数を考えれば当然の重さなのだが、その職員は目先の欲にかられてしまった。
「キミは人間ではないんだ。この金も必要ないだろう……没収させてもらうよ」
フィヨルの雰囲気が変わる。息が苦しくなるほどの濃密な殺気が待合室全体に広がった。誰もが息を呑む。
フィヨルの服をはだけ傷口に包帯を巻こうとしていた女性職員は、手に持っていた包帯を落とし、腰が抜けたように尻もちをついた。
俺も腰の剣に手をかけたが、剣を抜くことが出来ない。剣を抜いたら殺される……そう脳裏に過ぎったからだ。俺の『直感』がいっている、こいつは絶対に敵にしちゃいけない化け物であると。
「あなた方は悪ですか?」
フィヨルは、自分の金を奪おうとした職員にそう語り掛けた。
「悪とは……なんのことだ」
答えたのは、当事者の職員ではなく、管理職の男だった。苦しそうな顔で何とか声を絞り出している。この殺気の中では無理もない。
「ボクは友人に色々なことを教えてもらいました。命は無闇に奪ってはいけないと……だが、それにも例外がある。食べるために、生きていくためにボクらはやむを得ず生き物を殺す。あとは……自分より弱い相手を蔑む者。理由なく暴力を振るう者。欲のために相手の物を奪う者。そういった者たちは総じて悪であり、滅ぼしてもいいと教えてもらいました……あなたがたがそうなんですか?」
何をしたのかは分からない、明らかにフィヨルの力が一段増した。部屋を包む殺気が、呼吸をするのが苦しくなるほどどんどん濃くなっていく。何人かのライセンス持ちは恐怖から思わず自分の得物を抜いたが、その剣先はガタガタと震えている。
「すまない……金の没収については言い過ぎた。あの職員には私からもきちんと言っておこう、あくまで取り上げるのは武器になる物だけだ……勝手を許してしまいすまない」
管理職の男の声も震えている。俺から見ればこの男も相当な実力者だ。それでも、フィヨルには勝てないと悟ったのだろう。
武器以外の物を背負い袋に詰めて戻すと、フィヨルは殺気を納め、指示に従い大人しく地下牢へと降りていった。
フィヨルが、立ち去った瞬間、一斉に呼吸音が響いた。恐怖から思わず息を吸うのを忘れていた者が多かったんだろう。〝なんだよあの殺気は……殺されるかと思ったぞ〟〝ここにいる全員でかかっても勝てなかったんじゃないか〟と、口々にライセンス持ちたちは感想を漏らす。
ここにいるほとんどが、日々生死をかけた戦いの中で生きている。相手の強さは対峙しただけで何となく分かったはずだ。だからこそ、異常な強さを前に何もできなかった。
フィヨルは一体何なんだ……大勢が抱える疑問。一人の男の言葉がストンと心に落ちた。
「ありゃ、古代種の生き残りなんじゃねーのか」
古代種――。
今から二千年前、不死神の王により滅ぼされた強者たちの呼び名だ。どの種族も人間より遥かに強く、中には単身で一軍をも滅ぼす者もいたという。フィヨルがそこまでの強者には見えなかったが、姿形が人間に似た種族もいたと記録にはあり、血が薄まった古代種の末裔という説が、俺をはじめ多くのライセンス持ちたちを納得させた。