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5-3 疑惑 3 エバンスの視点

 話題が、近隣の村の壊滅一色になるなか……俺はフィヨルだけ追っていた。


 俺の名はエバンス・アレグリア。

 年は二十。これでもヨルトレインのライセンス持ちの次代を担う若手のホープと言われる男だ。

 そんな、俺たちの町ヨルトレインに、鼻持ちならないガキがやってきた。

 ガキの名前はフィヨル・ランカスター。見たことのない肌色をしたどこか得体の知れない薄気味悪い野郎だ。

 

 はじめは、自分より若い女のような見た目の少年が、注目を浴びることがただ気に食わなかった。そんな些細な理由から俺はフィヨルを目で追うようになる。その時に芽生えた感情に名前を付けるのなら、嫉妬という言葉が一番しっくりくるだろう。

 魔物の襲撃の噂で盛り上がる中も、俺だけはフィヨルを追いかけ続けた。


 観察するうちに、俺の中で感情が変化する。

 俺では手も足も出ないような魔物を、あいつは一人で何度も倒した。

 俺は、フィヨルの強さに一方的な尊敬に似た感情を抱くようになった。嫉妬が憧れに変わる瞬間だ。


 ライセンス持ちの多くは、より安全に仕事をするために、複数人でパーティーと呼ばれる集団を組み活動する。

 俺が所属するパーティーは、ヨルトレインの若手の実力者たちを集めて結成したパーティーだ。

 フィヨルの噂が町を駆け巡った際も、当然のようにパーティーに誘ってはどうかという声が上がったが、それを俺が拒んだ。


「なーエバンス、お前はフィヨルのことを意識し過ぎじゃねーのか?あれだけの才能だ。嫉妬するのも分かるけどよ、あれは一種の化け物だと思うぞ」


「嫉妬か……そうだな、はじめはただの嫉妬だったさ。でもいまは少し違うんだ。俺も自分のこの気持ちが何なのか分からない……あいつは俺たちと違う未知の存在って感じがするんだよ」


「なんだよそりゃ、もしかして恋でもしたか?見た目は可愛らしいがあいつは男だぞ、あいつが泊まる宿屋の娘に覗きをやらせて確認したアホがいたみたいだからな」


「恋とか……そんなんじゃねーよ、ただ気になるんだ」


 そんな俺の言葉にパーティーメンバーたちは〝なんだそりゃ〟と大声で笑う。どうしても、何かが引っ掛かるんだ。原因は俺の能力にあるのかもしれない。

 俺は、英雄に至る条件とされる能力のひとつ『直感』を持っている。フィヨルは普通ではないと、『直感』が俺に語り掛けてくるんだ。


 それからというもの俺は、休みの日になるとフィヨルの後をつけ回すにようになった。

 ライセンス持ちといっても、年がら年中休みなしで狩りをしているわけではない。もちろん、町に魔物が攻めてくるなんて非常事態にもなれば、寝る間を惜しんで剣を振るうことも吝かではないが、そうでなければ大抵三~五日に一度は休みを入れる。

 疲労は判断を鈍らせるだけだし、判断の遅れは死に直結する。


 俺は剣士だ。斥候のように身を隠すことも、尾行が得意なわけでもない。恐らくフィヨルは俺が後をつけていることに気付いているんだろう。それでもあいつは気にすることなく淡々と狩りを続けた。


 五度目の尾行で、違和感に気付く。


 狼との戦闘を見ていて、何かが引っ掛かったんだ。何がこんなに引っ掛かっているのか自分でもよく分からない。


 違和感の正体にやっと気付いた。

 フィヨルは狼の爪を受け腕から血を流そうが、噛まれようが、一切苦痛に顔を顰めることもなく、淡々と血を流しているほうの手を握り狼を殴っていたのだ。

 はじめは、痛みを鈍くする薬草でも噛んでいるのだろうと考えた。

 それでも、自分の持つ『直感』の能力が、〝目を逸らすな、相手をよく見ろ〟と言ってくる。俺は、フィヨルが攻撃を受けた際にどう行動するのか、その部分だけを重点的に観察した。


 注意して見れば見るほど、不信感だけが募っていく。


 極めつけは、熊の一撃で飛ばされたあいつが折れた木の枝に突き刺さり、明らかに人であれば即死してもおかしくない状態で、刺さった枝を自ら引き抜き戦闘を続けたことだ。

 その時もフィヨルは声ひとつあげなかった。

 戦闘の後には服を脱ぎ、取り出した長い布と薬草を使い止血すると、何事も無かったように脱いだ服を着て、仕留めた熊の処理を続けた。

 俺は確信した。フィヨルは人間ではないと、人を襲わないあいつは魔物ではないんだろう。だが、人間でないのも確かだ。

 勝手に尊敬した自分も悪いのだが、人に紛れて暮らす化け物を前に、裏切られた気がした。


 俺はフィヨルよりも先に町に戻り、ライセンス持ちたちが集まる冒険者組合の待合室で声高に自分が見たことを話した。

 熱にうかされたように思ったことがすらすら口から出てくる。ライセンス持ちたちも最初は引いていたが、俺の気持ちが通じたのか、みんな真剣に聞いてくれた。


「でもなーエバンス、それをどうやって証明するんだ。フィヨルは何一つ悪さをしていないんだ。確かに怪物が町に入り込んで一緒に生活しているって考えると気味は悪いが、確認のしようがないんじゃないのか」


「それは……俺が何とかします。あいつは仕事を終えた後、報告のためにここに寄るはずです。その時、俺があいつを背後からナイフで刺します」


「刺すって……おい!もし勘違いだったら、お前が罪人になるんだぞ」


「分かっています。でも……もしあいつが本当に怪物なら、近頃起きている魔物が町や村を襲う事件にも関りがある可能性だってありますよね。俺はこの町が好きなんです。あいつが人間だったら俺は喜んで牢に入ります」


 俺の話を聞いて、みんな俺を止めようと真剣に悩んでくれた。俺の決心は変わらない〝フィヨルを殺すつもりはありません。死なないように上手くやります〟と、口にする。


 夕暮れ時、フィヨルは冒険者組合に姿を見せた。


 不自然と感じるほど、待合室で談笑する人々の声がピタリと止んだ。バレるんじゃないかと心配になった。そんな明らかに可笑しな雰囲気の中でも、フィヨルは気にすることなく、気が付いていないように窓口へ並ぶ。


「フィヨルさん、三番窓口へどうぞ」


 言葉を発した女性の声も震えていた。

 緊張からかうっすら額に汗を浮かべているようにも見える。普通なら、そんな女性の様子を見ればおかしいと感じるはずだ。それでもフィヨルは、気にした様子もなく窓口へと進む。


 フィヨルが窓口に進むと、向かい合う受付の女性が、フィヨルに何かを伝えようと背後に何度も視線を送った。俺のことを教えようとしていたんだろう。それでもフィヨルは気付かず、淡々と依頼の報告を続けた。


 その時だ、俺はフィヨルの背中にぶつかった振りをしながら、小さな彫り物用の小刀を背中へと突き刺した。当然のように背中の傷口からは、小刀を伝い床に血が零れ落ちる。

 やはりフィヨルは痛みを感じていない。


「すまない、よそ見をしてぶつかってしまった」


「これくらいなんともないですから、気にしないでください」


 フィヨルは、背中に小刀が刺さっていることに気が付かないのか、微笑みながらそう言った。ここではじめて女性職員が悲鳴を上げる。


 この光景を見てみんな気付いたはずだ。フィヨルは人間ではないと……ようやく気が付いたのか、フィヨルは自分の背中に刺さっていた小刀を引き抜いた。

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