5-2 疑惑 2 人々の視点・噂話
ヨルトレインの町は、いま一人の少年の話題でもちきりである。
少年の名はフィヨル・ランカスター。
行商人の護衛としてこの町にやって来た謎多きライセンス持ちだ。
年は十三、四で、全体的に線が細く、同世代の男子と比べても貧相な体をしている。
この大陸では珍しい色白の肌と、薄っすら青色が混じる銀色の髪、黒に近い銀の虹彩が、彼が他の大陸から来たことの証明でもある。
亡国の貴族の忘れ形見や、男装をした少女説といった様々な噂が独り歩きする。
少年は、町に来た当初は狩りもせず、ただ門の近くをふらつくか、何も買わずに露店を眺めるだけだった。
ライセンス持ちだというが、それが信じられないほど少年は儚く見えた。
何より、ヨルトレインで活躍するライセンス持ちの多くは、安全性を重視して複数人でパーティーと呼ばれるグループを組み、森で狩りをするのが基本である。それなのに、彼はいつも一人だった。
容姿的なもののせいなのか、それとも性格に問題があるのかは分からない。時折独り言いはじめたり、笑いはじめる奇抜な行動が、人を寄せ付けない原因なのかもしれない。
変化が起きた。
目聡い一部の商人の視線を知ってか……少年は突如重い腰を上げる。一人で森に出かけたのだ。
帰って来た少年を見て、誰もがその目を疑った。
少年は、仕留めた獲物をソリに乗せていたのだ。一頭の大きな牡鹿。普段なら、さほど驚くような魔物ではないのだが、体長二メートルにもなる雄鹿は、ライセンス持ちがパーティーを組み数人掛りで狩る獲物だった。少年はそれを一人で倒したのだ。
他のパーティーが取り逃がした。手負いの牡鹿に止めを刺しただけだろうと、人々は噂した。
しかし、少年は、次の日も……その次の日も、本来であればパーティーを組んで倒す魔物を、たった一人で倒し持ち帰ってきたのだ。
若き強者の出現は、食と噂話以外娯楽のないこの町の話題をさらった。
その容姿が、小さく女性のように可憐な線の細い少年だということも人々の想像力を刺激する。
少年の容姿は、特殊な趣味を持つ一部の男たちからも人気があった。
そんな長く続くかと思われた少年の英雄譚は、その日突如終わりを告げる。
話題をさらう、新たな事件が起こったのだ。
魔物によって多数の町や村が壊滅したという噂は、以前より人々の耳に届いていた。
それでも、何の被害もないヨルトレインの人々は、それを、どこか他人事のように思っていた。いつもと違うのは、壊滅した村がヨルトレインからそう離れていない村だったことだ。
魔物による町や村への襲撃には謎が多く、国が意図的に情報を隠していたこともあり、どこか現実味の薄い話だった。だが、今回襲われたのは、ヨルトレインから馬車で三日の距離にある近隣の村だ。
否が応でも、行商人たちを通じて噂は耳に入ってくる。
……噂通り、村の住人たちは全員消え、魔物の目撃情報も皆無というから不安にもなる。
それでも、今回は襲撃を受けた村を見てきた商人もおり、人々も、これが現実であると思い知らされた。
ついにヨルトレインの番が来たのかと……人々は色めき立った。
ヨルトレインが魔物に襲われるのは明日かもしれない。そんな噂が毎日流れるようになる。
それでも、一向にヨルトレインだけは魔物に襲われることはなかった。
予期しない出来事が起こる。
ヨルトレインよりも森の外に近い二つの村が襲われたのだ。その動きに人々は、魔物たちはあえてヨルトレインを避けて動いているのでは?と……何の根拠もない噂ばかりが市井の人々の間を駆け巡った。
人々は言った〝ヨルトレインは、神様に愛されている町なんだ〟と、この世界には幾つもの神と呼ばれる信仰の対象がある。
グレンデル王国では、人々に能力を授けるされる主神『創世の神』よりも、土地ごとに伝わる小さな神様『土地神』を信仰する文化が強く根付いている。
土地神――。
元々その土地に住んでいた、森の主や山の主といったものが死んだ後に神として祀られたものだ。
実際、力のある生物の魂は、死後も強い影響力を残し、土地に多くの豊穣の恵みをもたらす。
またひとつ、森の外に近い村が魔物に襲われて滅びた。と、行商人を通じて人々は知らされた。
人々は確信した〝ヨルトレインは、土地神様の加護が強い町なのだ。だからこの町だけは大丈夫だ〟と、増員された警備の数も元に戻り、〝ヨルトレインだけは大丈夫〟という、呪詛にも似た言霊を信じて、ライセンス持ちたちの町ヨルトレインは、変わらぬ日常を取り戻していった。