5-1 疑惑 1
ヨルトレインは、ライセンス持ちたちが森を切り拓き立ち上げた町だ。
ライセンス持ちが狩った魔物を目当てに、各地から商人たちがひっきりなしに訪れる。
観光客など来ることもなく、この町に暮らしている者の多くが、魔物退治とその素材の加工を生業にした者たちだ。もちろん、ライセンス持ちや職人、商人にも家族があり、飲食をはじめとした最低限の娯楽施設もある。
魔物の中には食用になるものも多い。
人を襲うのが好きなだけで、中身は獣なのだから当然といえば当然だ。
魔物には、本能として町や村を築く生物への敵対心がある。
森を切り拓き、湖を埋め、川の向きを変える。
自然の破壊者たる文明の使途であるボクらこそ、この世界にとっての悪者なのかもしれない。
近くの店の軒先には、皮が剥がれた食用の巨大ネズミがぶら下がっていた。常に魔物の血の匂いが漂う町。来た頃には馴染めなかった殺伐とした雰囲気も、毎日過ごせば慣れてしまい我が家のように感じられるものだ。
✿
ラフラデールさんは五日前に次の町へ向けて出発した。
〝次にヨルトレインに立ち寄るのは早くても二~三ヶ月先になると思います。フィヨルくん、その時は一緒に食事にでも行きましょう。もちろん私の奢りですよ〟とボクとラフラデールさんは固い握手を交わした。この数週間で、彼とはそれなりに親しくなれたと思う。
若い防人の魔法使いオンドレイ・ドゥダが一人目の友人だとすれば、行商人ラフラデール・ランズベリは、ボクの記念すべき二人目の友人である。
そんなボクらを見た、宿屋の若い娘が〝うわーめっちゃフラグじゃん〟と訳の分からないことを独り言ちていたが、あれはどういう意味だったんだろう。
ラフラデールさんの商隊以外にも顔馴染みが出来た。
大半がヨルトレインに常駐する商人たちで、友人というよりも僕が持ち帰る魔物の素材目当に近寄ってくる。
商人の多くは、ライセンス持ちと冒険者組合を通さない取引を望む。冒険者組合にとっても望ましくないことではあるのだが、冒険者組合にとっても商人たちは上客であり、お互い決まった数の取引さえこなしていれば多少のことには目を瞑ってくれる。
それは、僕らライセンス持ちも変わらない。
冒険者組合を通すよりも商人に直接売った方が金になるのだ。数を狩るライセンス持ちには、自然と商人たちが擦り寄ってくる。
「おっフィヨルじゃねーか、今日は何を仕留めたんだ」
早速、僕が引くソリに乗った魔物の死体を見て商人が声をかけた。
グレンデル王国には『浮遊石』と飛ばれる不思議な鉱物が採掘される鉱山が多く、魔物の運搬には手押し車の代わりに浮遊石を仕込んだソリを使うことが多い。
浮遊といっても空を飛ぶわけではなく、地面から数センチ浮かび上がるだけの石だ。
抵抗が無いため勢いがつくと、ぐんぐん加速するため扱いも難しく、馬車のような乗り物への使用は向かない。
何より、浮遊石が砕けるタイミングは、『鑑定眼』持ちでも分からないそうで、浮いてる乗り物が走行中急に落ちれば、大惨事が起き、死者や怪我人が多数出る。
そんな理由から、グレンデル王国では、浮遊石を使った乗り物を禁じている。
とはいっても商売に使うことが禁じられているだけだ。
子供たちが、板の底に浮遊石を貼り付けたモノに乗って遊んでいるのはよく見かける。
浮遊石は石それぞれの浮く高さがバラバラなため、バランスを取るのも難しく、年間結構な数の死者が出る危険なおもちゃとしても有名だ。
ライセンス持ちの多くは折り畳み式のソリを背負い、帰りにソリに獲物を乗せて戻ってくる。浮遊石が比較的安く手に入るグレンデル王国ならではの光景である。
お陰で、荷物持ちと呼ばれる実力のないライセンス持ちは、この国では仕事にありつけず早々に他国へ移る者が多い。
そういう意味では、一長一短なのかもしれない。
「今日、一番数が多いのはアナグマかな」
ソリに重ねて置いたアナグマの死体を、一匹だけ持ち上げて見せた。
アナグマは熊を小さくしたような姿の獣だ。大きさは人間の子供程度で、地面に穴を掘り潜んで、近くを通りかかった動物や人間を襲う。
中には『身体強化』のような能力を持つ個体もいるが、種類も多く見分けるのが面倒なこともあり、人間たちは一括りでアナグマと呼んでいる。
これの肉がなかなかに味がよく、皮の質も良いことからヨルトレインでは人気の魔物だ。
早速、金の匂いを嗅ぎつけて周りの商人が寄ってくる。この辺りは、僕が懇意にする商人たちのシマであり、狩りの後には毎回立ち寄るようにしていた。
組合に納品する素材を残し、残りは全部商人たちに買い取ってもらった。
「お!これはラフテ草じゃないか」
ソリに乗る薬草の束を、商人の一人が目ざとく見つける。
「ごめん、これは組合からの依頼品なんだ。次に同じ場所を通ったら採ってくるよ」
「そうか、それなら仕方ねーな。最近、よそから来るのが多いせいか、雑に根っこごと引き抜く馬鹿が多くてな、フィヨルは違うぜ!薬草全般が不足気味なんだよ。見つけたら優先して譲ってくれ、色は付けるからよ」
「うん、分かったよ」
『ラフテ草』――。
薬草と呼ばれる植物のひとつで血止めの効果を持つ、黒にも似た緑色の小さな葉をびっしり付ける特徴的な植物であり、季節の変わり目には黄色い小さな花をつける。
大半の薬草は、根を残すようにすれば一~二週間で元の姿に戻る。
薬草の群生地を見つけたライセンス持ちは、定期収入が約束されるようなものだ。森のことを良く知る者であれば、薬草を根ごと引き抜くような馬鹿な真似はしないだろう。
現在ヨルトレインには、各地からライセンス持ちたちが集まっており、そういった当たり前のルールも護られずに、乱暴な採取で薬草の流通量が落ちているのだ。
その後、組合に顔を出し納品を終えると、城壁そばの行きつけの宿屋に戻り、湯を貰い体を拭いてから夕食にした。
ヨルトレインに来てから、少しだけ『基本能力の器』に『成長の水』を注いだ。
神樹の翁と神竜の王のアドバイス通りに、他のライセンス持ちたちが狩る獲物を確認しながら、同程度の魔物を狩れる実力に成長は抑えてある。
慎重に動いているはずなのに、僕を追う視線は日々増えている。
薬草の群生地の情報を掴んでいると思われているんだろうか。それだけが少し気掛かりだった。