4-3 外の世界 3
ややあって一人の男が小屋の中に入って来る。
集落の人々同様、赤銅色の肌をしたすこしふっくらとした体形の気の良い男だ。
「はじめまして、わたくしはグレンデル王国の北域で行商人をしております、ラフラデール・ランズベリと申します。噂では聞いておりましたが、本当に緑色の毛皮を着ているんですね」
馬鹿にしているわけではなく、ボクの着る毛皮のシャツとズボンに純粋に興味があるのだろう。珍品好きという評価もあながち間違ってはいないんだと思う。
その証拠に、手にした骨剣を鞘から抜き、様々な角度から熱心に見つめている……一瞬、ラフラデールさんの両目が光ったように見えた。
ボクの視線に気が付いたんだろう、ラフラデールさんはにこりと微笑む。
「私が神様から授けられた能力が、この『鑑定眼』なんです。まだまだレベルも低く未熟な力ですが、商人として成功するための必須能力なんですよ……ふむふむ、骨自体は狼の骨ですか……ん?これは、狼の骨と木と石が混ざっておりますな、これは一体?」
ラフラデールさんの持つ『鑑定眼』は、どんな種類の狼の骨なのか、どういった木と石なのか、詳しい種類までは見ることは出来ないようだ。
それでも、一目で骨剣の素材を言い当てる眼力こそ、神が授ける能力の恩恵なのだろう。
「すみません。詳しいことは話せないんです」
ボクの『合成』なら石の代わりに鉄を混ぜることで、丈夫で切れ味の良い剣を、通常よりも少ない鉄の量で創ることも出来るかもしれない。
折れた剣や錆びた武器を、捨て値で売っている店を見つけた時には余分に購入するのもいいかもしれない。
二千年前とは違い、商品の取引も物々交換ではなく、当時は一部の上流層だけが使っていた硬貨を使うのが一般的なんだそうだ。
「このような剣ははじめて見ました。……ただ狼の骨となると魅力も少し落ちてしまいますね、珍しい魔物の骨や牙なら高値がつくかもしれません。おっ、このーブーツも面白いですね。狼の毛皮を緑色に染めているんですか、何の染料を使っているんでしょう……嫌な臭いもしませんし、中敷きにも狼の毛皮を使っているから柔らかい。靴底には木と石を混ぜたモノ……これなら靴底も減りにくいし長持ちしそうですね。何よりも驚かされたのが縫い糸がないことでございます。どのような技術で製作した物なのか、まったく見当がつきません」
『合成』が無ければ製作が叶わないな剣とブーツだし、技術というよりは能力頼り?もちろん教える気はない。『合成』の性質を考えると製作というよりは創造になるのかな、骨剣やブーツの他、ラフラデールさんに嘆願されてしまい、身に着けている狼の毛皮の上下と、使用中のブーツも譲ることにした。
下着もつけずに身に着けていたので、臭いなどの不純物はこっそり抽出して渡す。
もちろんこのままでは裸になってしまうので、代わりの服や下着や靴を売ってもらった。
後で店を回って分かったのだが、今後上客になると判断しての行動か、買取価格にはどれも色が付けられていた。
集落の人たちのボクに向ける目は冷ややかなものだ。
肌の色が違うだけでこんなにも避けられてしまうとは……ラフラデールさん曰く、小さな集落ほど、こういう傾向が強いらしい。
〝私は商売で色々なお客様と付き合いがありますので、気になりませんが〟とラフラデールさんは言ってくれた。
ライセンスカードの発行も、狼を一匹を倒して集落に持ち帰るといった簡単な試験で、その日のうちに獲得できた。試験というよりはお金で買う感じかな。
それから数日は、毎日のように森に入っては狩りをして、仕留めた獲物はラフラデールさんを通して売ってもらった。集落に元々いる商人たちは、みな僕との取引を嫌がったからだ。
結局第一印象がいけなかったのか、集落の人たちとは馴染めぬまま、行商人であるラフラデールさんが次の町に移るタイミングに合わせて、ボクも一緒に旅立つことにした。
小さな集落だ、噂が広がるのは早い。初日全身毛皮姿で現れたことは、その日のうちに集落全体に駆け回り、気味の悪い格好の男として定着してしまったのだ。
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列をなし進む三台の馬車、二台目の馬車の御者の席には、ボクとラフラデールさんが並んで座っている。
〝小さな商隊ですから、私自身御者を努めねばならんのです〟と、不思議そうな顔をするボクに、彼はそう言った。
商隊が次に立ち寄るのは、この辺りでは比較的大きなヨルトレインという町だ。
そこでラフラデールさんとは、お別れ予定である。
狩りの得物に困らない、余所者が色眼鏡で見られない町か村という僕の希望に、ラフラデールさんがぴったりな町があるとヨルトレインを薦めてくれたのだ。元々、行商で立ち寄る予定だったのも大きい。
ヨルトレインは、グレンデル王国の北方にある『魔獣の森』と呼ばれる大きな森の中にある町で、狩り人たちの町と呼ばれるほど、ライセンス持ちたちが多く暮らしている。
魔獣の森――。
グレンデル王国内で、もっとも多くの獣が棲みついていることから、そう名付けられた。
余談ではあるが、魔獣の森という名前の森は、大抵各国に一つはあるそうだ。
珍しい獣が多いこともあって、それを狙うライセンス持ちと、素材を求める商人たちが国内各地から訪れる。
それと、この辺りでは、最近妙な事件が起きているらしい。
ここ数ヶ月で、次から次へと町や村が魔物と思しきものの襲撃を受けて滅びているのだ。
思しきというのは、本当に魔物が襲ったのかどうか、分からないためで、襲われた町の住人は、死体ひとつ残さず忽然と消えてしまったそうだ。
生死すら分からない。
襲った魔物の正体すら掴めていない奇妙な事件だ。
襲われた町や村には、狼やイノシシや熊の毛が落ちてはいたものの、自然に落ちたというよりも、故意に置かれた感じもあり、他国の謀略を鑑みて国も慎重に動いているんだとか、情報が伏せられているため、噂だけが独り歩きしてしまっている。
そんなごたごたな状態だ。そこに、肌の色が違う余所者が一人増えたところで、気にする人もいないだろう。
魔物――。
ボクが人として生きていた時代には無かった言葉だ。
最初に魔物という言葉を聞いた際、頭に浮かんだのが、ボクが『合成』で生み出した生物が、なんらかの突然変異を繰り返して生き残ってしまった。というものだったのだが、杞憂だったようで、魔物とは単に人間に牙を向く生物の総称だという。焦って損した気分だ。
馬車に揺られながらラフラデールさんからは色々な話を聞いた。
話に妙な違和感を覚える。
ラフラデールさんの話は、どれも人間が中心なものばかりで、他の文明を持つ種族が出てこない。元々この世界の主役は、上位種と呼ばれる怪物たちのはずだ。
聞いてみた〝人間より強い生き物も沢山いますよね。竜や巨人なんかは僕たちより賢いですし〟と……一瞬、ラフラデールさんは不思議そうな顔をする。
そして、何か思いついたように、空いた右手で膝を叩く。
「フィヨルくんは、随分と古い風習を持つ集落で育ったんだね。人間より強い種族が世界の中心にいたのは昔の話さ。もちろん、国によっては人間は弱い生き物だ!奢ってはならぬと教える国もいまだにある。でも、この世界で最も力を持っているのは私たち人間と呼ばれる種族なんだ。もちろん人間といっても沢山いる、私たち人族をはじめエルフ族やドワーフ族、猫人族や犬人族、他にも様々な姿をした人間がこの世界にはいるんだ。人間は二千年前、最も弱く多くの種族から虐げられたる劣等種と呼ばれる存在だったと言い伝えにはある。しかし、不死神の王が神樹の翁と神竜の王、この二人の最強の存在を喰らい、新しい魔神を産んだことで、その魔神は怒り狂い、この世界を壊し沢山の種族を滅ぼした。隠れることを知らない強い種族は先に滅びてしまった。竜や巨人の多くもそこで滅びたと言われているよ。真っ先に逃げ出して隠れた、一番弱い人間たちが、もっとも多く生き残ったってわけさ。結果――。この世界は、最も力の弱い人間たちのものとなったんだ。グレンデル王国では、この説が一番有力視されているよ」
こういう話が好きなのか、ラフラデールさんは興奮気味にまくしたてる。
国によって伝わり方は違うが、どの神話でも不死神の王は、人間たちを救った気まぐれな魔神として伝えられている。
魔神だけに表立って崇め奉ることはしないが、人間を守る神の一柱として、信仰している人も多いという……随分と皮肉な話だ。
「不死神の王を表立って崇拝しているのは、この辺りだと神聖国家エラトニアくらいじゃないかな」
衝撃の事実で困惑するボクを横に、ラフラデールさんは楽しそうに神話を語る。