4-1 外の世界 1
残酷な描写があります。苦手な方はご注意ください。
散々迷った挙句やっとの思いで迷宮の外に出た。この迷宮の入口は、荒地にある岩山に口を開けた洞窟で、周囲に人里はない。
一番の問題は、ボクが服を着ていないことだろう。
流石に二千年で、人間が衣服を脱ぎ捨て裸族になっているとは考えにくい。人里に行く前に服だけは何とか調達する必要があるだろう。
見知らぬ人間に服を贈る変わり者などいないだろうし、進化した『合成』で産み出すのが一番確実な気がする。
顔や背中はみえないけど、手や足や体を見る限り人に見える。想像していたよりも二千年ぶりに見る自分の体は幼く貧相に見えた。
(こんなに肌の色、白かったかな……ずっと牢屋にいたからか?)
不死ノ神を、自分に『合成』したのは数え年で十二の頃だった。ボクの成長はそこで止まっている。ボクの体が細いのは、見世物小屋の男にマトモな食事を貰えなかったからだ。
せめて、下の毛が生えてから不死ノ神を『合成』すべきだったと悔やまれる。二千歳で毛無はどうなんだろう……どう見てもガキだ。
集落や村を探すために、まずは荒地を抜けた。もちろん服は着ていないし荷物も持っていない。
少し歩くと遠くに森が見えてきた。そこを目指す。
他の種族に比べて弱い力しか持たない人間は、洞窟や森や山の中に隠れるように集落を作る。人里を探すなら森に入るのが一番だろう。
森は主に、エルフ族と呼ばれる人間の領域だ。彼らは同じ人間でありながら、ボクのような人族を見下す傾向が強い。もちろん、中には気の良いエルフもいるそうだ。
『成長の水』は『合成の能力の器』以外には注いでいない。
〝人間は小さく脆い、力を得るために成長の水をむやみに注いでしまえば、小僧は化け物と呼ばれてしまうじゃろう、小僧は殺されても死なんしの注ぐなら少しずつじゃ……相手に合わせて少しずつ目立たぬよう水を注げ〟と『神樹の翁』からの忠告があったのだ。
〝まっ、坊主が自分の力と他の人間たちの力の違いを知り、加減ができるようになるまでの辛抱だ。いまのお前は何も知らない子供のようなものだ。焦る必要はなかろう〟と『神竜の王』が上から目線で附言する。
人に紛れるのであれば、強すぎる力は障害になるというのが、二人の共通認識だ。
見た目は子供だが、二千年以上生きているのだ。精神年齢はそれなりに高い……と思う。それでも、僕が力の使い方を知らないというのは的を得ており、軽く叩いたつもりが、相手を頭をぐちゃぐちゃに潰してしまうようなことが起きる可能性は十分にある。
だからといって、一方的に蹂躙されるのは気分が悪い。
思わず舌打ちをした。
森に入って早々、狼に襲われてしまった。
この貧相な体では抗えるはずもなく、銜えられたまま地面に叩きつけられ。喉や手や足に、次から次へと狼が噛り付く。痛覚はないはずなのに、男の大事な部分を食いちぎられた時には真っ青にすらなった。
珍味が好きな狼だったのかもしれないな。
獣は内臓が好物と聞くが本当らしい。ボクの腹に牙を立て喰い破り鼻先を突っ込むと、内臓を貪るように食い散らかす。たかが二匹の狼相手に抵抗できずに蹂躙される。
やられっぱなしは気分が良くない。
『基本能力の器』に『成長の水』を少しだけ注ぐ。体は貧相なままなのに力だけが強くなっていく……腹に鼻先を突っ込む狼の喉元を鷲掴みにして、そのまま握り潰した。
生き物の命を奪うことは避けるべきだが、自分を殺そうと牙や爪や剣を向ける相手には容赦はしない。
表情一つ変えずに、自分を餌と見なし襲ってくる狼たちを殺していく。
血の匂いに誘われて途中数は増えたが、なんとかすべての狼を殺すことができた。
殺した狼の死体を素材に早速『合成』で服作りを始める。
『合成』という名前の通り、狼の毛皮単体では物を産み出すことはできないみたいだ。
それなら狼の素材に、染料として植物を『合成』する。
思い描くのは、緑色の毛皮の服とズボンだ。
毛皮というより芝生?にしか見えないが……裸よりはマシである。
『改造』と『抽出』――。
更に一手間。
狼の体についた寄生虫や病気や匂いを消し、本来動物の革を衣服にする際に必要な工程も一切合切省略、糸を使わず縫い目ひとつない服が出来上がった。
集落で、なにひとつ有用な物を作れなかったことを考えると、『合成』で服を産み出せたことには感動すらある。
『合成』は、材料さえ揃っていれば途中の工程ををすっ飛ばして『完成品』を作ることができるのだ。
一度作った物を素材に戻して何度もそれを繰り返して、物の質を上げた。
完成した服は、どこの民族衣装だよ!と突っ込みたくなるデザインだった。露店に並んでいたら絶対手を出すことはないと思う。デザインに関しては能力よりもセンスの問題なので、こればかりはどうしようもない。
次は武器作りだ。
鉄があればいんだけど、鉄の代わりに、狼の骨や牙に木や石を『合成』で合わせて、独自の素材を創る。
本来混ざるはずのない骨と木と石が、『合成』なら、あたかも元からあるひとつの鉱物のように混ざり合っていく。少しでも鉄に近い強度になるように割合を変え何度も試した。
この材料なら、剣より槍の方が相性が良だそうだが、今後売ることも考えて槍より値段の付きやすい剣にした。
人前に姿を見せるなら、少しでも狩り人に近づけようとブーツも狼の毛皮で創る。ますます民族衣装みが増しただけだった。
見世物小屋にいた頃に本で見た、北の大陸に暮らす遊牧民がこんな感じの全身毛皮装備だったと思う。
弓でも持てば少しはそれらしくも見えるんだろうが、弓がどんな形をしているのか覚えてないので諦める。
全身毛皮姿のボクを見た『神樹の翁』と『神竜の王』が〝不細工な狼男だな〟と大爆笑するが、彼らに対する過去の行い想い出し、堪えた。
ボクの中にいるはずの二人が、なぜボクの姿が見えるんだと聞いたところ、彼らの魂は自由にボクの体を離れて動くこともできるらしい。
狼の記憶も『知識の書』にすることが出来た。
しかも本の文字は、ボクに馴染みのある集落で使われていた文字だ。狼の記憶の中には人間の集落と思しき情報もあった。複数あったので、あえて遠い集落を目指す。
理由は簡単。牢を開けた人間とは会いたくなかったからだ。
近くの集落よりも、遠くの集落の方が彼らと遭遇する可能性も低くなるはず。
少しでもお金になればと、狼の毛皮のブーツ(緑色)一足と、狼の骨剣(鞘付き)三本を追加で作る。余った素材は血などの匂いを消した後、土に合成した。
これなら腐ることも、他の獣を呼ぶこともないだろう。
人の姿に戻ったからといって、睡眠と食事が必要なワケでもない。睡眠は一切とらずにひたすら集落を目指し歩き続けた。