1-1 はじまり:人は魔神に 1
神様――。それは世界のすべての生き物が崇める偉大な存在。
神様は、平等とまでにはいかないものの、多くの能力を生物たちに配るとされている。
能力の種類は、戦いに特化したモノから、日々の生活に役立つモノ、歌や踊りといった娯楽に通じるモノと多岐にわたり、千差万別とも呼べる能力が神様から生き物たちに贈られる。
その中には、規格外の異能や神の気まぐれか?意味不明なものも多い。
力の発現時期も十人十色で、人間と呼ばれる種族の多くは、遅くても十の数え年には最初の能力が発現する。
人間はこの世界でもっとも力の弱い種族だ。そのせいで人間の多くは、他の種族から身を隠すように暮らしている。
人間といっても様々なのだが、ドワーフ族は穴に潜り、エルフ族は森に紛れ、人族は山に登る。
他にも多くの人間と呼ばれる種族がいるが、そのどれもが他の種族の目を逃れ、ひっそりと暮らしている。
✿
ボクは、山間にある小さな集落で生まれた。家族は父さんと母さんと弟の三人で、とても優しい自慢の家族だ。
九の数え年を迎えてから三月ほどの月日が過ぎた頃だった。ボクにも能力が発現した。
神様から与えられた能力の名は『合成』、集落の誰もが初めて聞く名前の能力だった。
能力にはそれぞれの名前があり、能力を得た瞬間、その名と大まかな使い方が頭に浮かぶ。『合成』は、物と物を合わせてひとつにする力だという、むずかしい言葉は分からないけど、この力には制限がないと、頭の中で話す声が教えてくれた。
新しい能力は、集落に発展をもたらすことが多い。
大人たちみんなが、僕の能力の発現を喜んでくれた。
「エメル凄いじゃないか!『合成』なんて聞いたことがないぞ。お前の能力がこの集落に実りをもたらすんだ。父さんも鼻が高いぞ」
「うん、この集落のためにがんばるよ」
はじめて聞く能力の名前に、集落のみんなが期待してくれた。
ボクはちょっとしたヒーローだ。
それからというもの、ボクは毎日様々なものを『合成』を使いひとつにしていった。
だが、『合成』で作られたモノは、どれもが役に立たず、余裕のある集落でかなかったこともあり、次第に能力を使うことを禁じられた。
人には、神様から授けられた能力を使いたいという欲求があり、子供がそれに抗うのは不可能だ。だから物が何もない小屋にボクは入れられた。
父さんも母さんも弟も、誰もいない小屋……ボクは〝出してよ、出してよ〟泣きながら扉や壁を叩いた。
使えば使うほどに能力は成長する。はじめのうちは集落の大人たちも、ボクがいつかまともな物を創り出すだろうと期待してくれたのだ。ボクはその期待を裏切ってしまった。
モノのない部屋の中、ボクは能力を使うことを渇望する。
結果――。
禁忌を犯す。結局我慢することが出来なかったのだ。
生物を材料にした『合成』だ。新しい生命の創造である。
神にしか許されない所業。
けれどボクの力は、新しい生命を産み出すには未熟過ぎた。壁にはりついたカタツムリと偶然小屋に迷い込んだムカデをひとつにした。
カタツムリの殻を背負う上半身がカタツムリで下半身がムカデといった奇妙な生き物。ボクの食べ残しを狙い小屋にくる虫やトカゲを捕まえては『合成』を使う。
未熟な能力で産み落とされた奇怪な生き物たちは、みな短命で、床にはそんな生き物の死体が転がった。
ボクの行いは集落の人々の知ることとなり、広場で会議が開かれた。
僕を囲むように集まる人々、その中に家が近所で昔から仲の良い友達を見つけた。
「フィヨルだ。久しぶり今度鬼ごっこして遊ぼうよ」
ずっと小屋中にいたせいか、嬉しくてつい声が出た。だがそんな僕の言葉に友達は顔を顰める。
「話しかけるなよ悪魔!お前が……お前が役に立たない物ばかり作るから、ぼくたちのおやつもなくなるんだ」
ボクはいつしか、御伽話に出てくる冥府の化け物になぞって集落の人々から『悪魔』と呼ばれるようになっていた。父さんと母さんと弟は泣いていた。
集落の人々に何やら耳打ちされていた父さんが、僕の前まで歩いてくる。
「お前はうちの子じゃない……生まれてこなければ良かったのに、エメルという名を返してもらうぞ」
「待って、父さん、もう悪いことしないから、お願い、言うことも聞くから、お願い」
ボクは泣きながら手足をジタバタ動かす。すぐに大人たちに取り押さえられた。
この集落で罪人が出た場合、三つの中から与える罰を選ぶ。
一、牢屋に入れる。
二、追放処分。
三、名を取り上げる。
名を取り上げられた者は、その日から人ではなくなるのだ。
名を名乗ることも出来ず。首には首輪を付けられ、ヤギやロバといった家畜と同じ扱いを受ける。本来であれば家畜と同じ小屋に入れられるのだが、ボクには『合成』がある。
一人何もない小屋に入り、野菜のくずや家畜が食べる野草が、その日から食事として小屋に放り込まれるようになった。
✿
噂話というものは容易く広まるものだ。ボクの能力に興味を持った男が、三つの山を越えて集落を訪ねてきた。
男は世界中から奇妙奇天烈なものを集め、見世物小屋を開き金を稼ぐ商売をしているという。
男にとって『合成』という能力を持つボクは、魅力的な商品だったのだろう。
集落間での人の売り買いは珍しいことではない、子供が多く生まれれば、子供のいない家が働き手を求めて買いに来る。そんなことも日常茶飯事だ。なによりもボクは、この集落のみんなから嫌われていた。
名前を持たないボクの身分は家畜。ボクは子ヤギと交換されたそうだ。集落に暮らす人々は厄介払いが出来ると喜んだ。
父さんと母さんと弟も嬉しそうに笑っていた。ボクのせいで家族もまた集落から爪弾きにされていたのだ。〝やっと解放されるんだ〟と大声で叫び嬉しそうに笑っている。
それが本心からなのかは分からない。
首輪を付けたまま、子ヤギが入れられていた馬車の荷台に乗る檻に入る。そのまま馬車に揺られ集落を出た。
それからというもの、ボクは男に命じられるままに多くの命を弄んだ。幼かったのが、せめてもの救いだったのかもしれない。
数年後……成長したボクは、命を弄ぶ行為を悔いて心が軋みはじめる。
「もう、生物の『合成』は……やりたくない……です」
はじめて『合成』を拒んだ。
男にとってボクは金の生る木だ。男は殴り……蹴り……暴力という名の武器でボクを縛る。ボクはそれに負けて結局『合成』を続けた。
いつしかボクの心は暴力から逃れたい。痛みから逃れたい。その一心に染まっていく。
✿
自分の心を守るためだった。自分の掌より大きな生物は『合成』出来ないと、男に嘘をつき続けた。大きくても小さくても命の重さは変わらない。それでも、犬や猫を殺すより、虫やカエルを殺した方が心が痛まなかったのだ。
男はボクに、様々な生き物が描かれた図鑑を買ってくれた。
これを見て、より奇妙な生き物を作れるように勉強しろと男は言った。理由はどうあれプレゼントを貰ったことが嬉しかった。
この世界には、様々な生き物がいる。それを生き物と呼んでいいのかは分からないが、ボクはひとつの生き物に目を奪われた。
『不死ノ神』と呼ばれる奇妙な存在。〝神〟と付く名前に思わず手でも合わせそうになるのだが、不死ノ神は、名に神は付けど、信仰の対象ではない。それは人型をした黒い靄であり、触れることは出来るが、殺すことは出来ない不死の存在。
天災の前後や凶作、大きな戦争の間際。不幸の使者のごとく、どこからともなく現れて、見た者にこれから起こる災厄を予感させる。不死ノ神は災いを運んでくると信じられており、誰もがその姿を嫌い目を背ける。
災いの大きさによって現れる不死ノ神の数も変わる。
小さな嵐であれば、一、二匹程度。多くの生物が死ぬ際には数百匹が姿を見せるという。
ボクは、殴られても斬られても死ぬことのない不死ノ神に惹かれていた。
考えた……もし自分と不死ノ神を『合成』したなら、殴られても痛くなくなるんじゃないだろうか?と、大きな嵐の中、男の目を盗み小屋を抜け出した。