24 モブ
どうも。
今日も元気にエッセイ書いている水産加工食品のたらこですよ。
いやー。
ついったーはたのしいですね(まがお
毎日色んな話題が流れてきます。
今日は創作界隈でもほっとな話題のモブについて。
モブって、セリフも名前もない背景みたいな登場人物のことですが、昨今では目立たない人っていうニュアンスで使われることが多いみたいですね。
自分のことをモブだと自嘲することもあるみたいです。
なーんでこの話題が創作界隈で燃えているかというと……うん、まぁ。
出所はこのエッセイを読んでる人なら、なんとなーく察せるんじゃないでしょうか。
深く言及するのは避けます。
いろんなところで散々耳にして、たらこ自身も言ったことがあることですが。
人ってすでに自分の人生において主人公なんですよね。
だから「お前はモブだーっ!」て言われても、いまいちピンとこないと言うか。
目立つ、目立たないにかかわらず、すでに自分としてのアイデンティティーが確立しているので、特に「自分はモブ」っていう意識はないのですよ。
結局のところ、自己意識がしっかりと保てているか、いないかの違いなんじゃないですかね。
ちゃんと自分を持ってる人は、自分のことをモブだと卑下しないです。
逆に他人をモブだなんて見下したりもしない。
俺って、私って、所詮はモブだから……なんて言ってるキャラクターがたまにいますけど、お話の中では全然モブじゃなかったりしますよね。
話の流れ的にそう言わせているだけであって。
逆にどうなったらモブじゃなくなるんですかね?
書籍化したらモブじゃなくなる?
アニメ化したら?
作品が大ヒットして億万長者になったら?
確かに、何かしら特別なものを手に入れたら、モブじゃなくなるかもしれないです。
自分の作品が大ヒットして、アニメ化もコミカライズも順調で、順風満帆な創作者としての道を歩めたのならば、特別な人になれたんだって思えますね。
でもねぇ。
いつかは忘れられちゃいますから。
この世にあまた存在する作家の中の一人として名を刻んでも、残酷な時の流れによって人々の記憶からは消えうせるでしょう。
その前に、多くの人から認知されないかもしれません。
世界中の人が注目して、永遠に語り継がれる存在にならないと、そのうちまたモブに戻っちゃうのです。
それに――多分だけど何を手に入れても満たされないと思うんですよ。
莫大な富も、名声も、絶大な権力も。
辛いときに寄り添ってくれないし、慰めの言葉もかけてくれないし、ふと気づいたら煙のように消えてしまうのです。
むしろ身の丈に合わないモノを手にしたところで持て余すだけなんじゃないでしょうか?
有名になってモブじゃなくなる=幸福になれる。
とは限らないのです。
むしろ有名になればなるほど幸福から遠ざかっていくような気もします。
無論ですが、有名人が全員不幸だって言いたいわけじゃないので、その点は明言しておきますね。
特別な存在になりたいって思うのは自由だと思います。
特別になれないことで落ち込むことも、気持ちがなえてしまうことも、筆を折りたくなることもあるでしょう。
でも……ね。
特別になりたいって叫んでいる人は、多分だけど、気づいていないだけなのです。
自分が持っている「特別」に。
今の自分が特別な存在であることは、地位や富や権力によって証明されるものではありません。
自分自身が自覚することで初めて「特別」になるのです。
みんな一人一人個性があるわけですから、自分だけの「特別」はすでに存在していると思うのですよね。
物書きとして活動するとしたら、自分の中に眠る「特別」に早く気付いた方がいいと思います。
作品を書く時の強みになるし、なによりも楽しいって思えますからね。
んで……周りを見てもあんまり嫉妬しなくなる笑
たらこもね。
自分の作品のPVと他の作品のPVを見比べて、うげえええってなることありますよ。
なんで伸びないの! って悩むことも沢山。
でも……自分がモブだなんて思わないですねぇ。
自意識が過剰なだけかもしれませんが(にがわらい
エッセイを書いたり、読んだりしていると。
ここにいる全ての作家が「特別」で「主人公」なんだなぁって思います。
途中で諦めちゃう人とかもいますけど。
でも……確かにここにいて、ここで「作品」を作っていたのです。
作品を書いて投稿した人たちのことを「モブ」だなんて、口が裂けても言えないです。
人がたどって来た人生の物語は、間違いなくその人だけのものなのです。
それぞれの価値観、それぞれの思想、それぞれの体験。
いろんなものをつなぎ合わせて作った物語は、間違いなく「特別」で、その人にしか書けない作品。
そんな素晴らしい作品が書ける人は、間違いなく「主人公」なのですよ。
だから早く気づいて。
もうモブだなんて言葉を安易に使わないで。
その言葉は自分自身を縛る呪いの言葉だから。