8.新たな仲間
ルーシーはベッドの上で目を覚ました。見慣れた光景に、自嘲気味に笑う。
「私、これ、何度目だろう・・・」
「三度目だ。・・・気分はどうだ?」
「うーん、魔力も戻ってきてるから・・・・・・って!声が戻ってる!?」
大丈夫と言いかけて、自分の声が戻っていることに気付き、ルーシーは驚きの声を上げる。それを横に座って見ていたカルムが、やれやれとため息を付いた。
「声だけじゃないだろう・・・」
言われて手を見ると子供の手ではなく、しっかりとした大人の手が映る。顔も触ってみるが正直分からず、足先を見て足の長さが伸びているのは分かった。そして、顔を触っていた手で胸に触れてその弾力を感じ、ルーシーは大人に戻ったことを確信して安堵した。何やらカルムが頬を朱く染めて、視線をそらせていることにルーシーは気付くが、彼女にはその理由が分からなかった。
「す、少しは慎みを持ってくれ。」
ルーシーはカルムの言葉に首を捻るが、やはり分からず考えるのを諦めた。
「相思相愛なのに、相変わらず可愛らしいやり取りしてるのね。」
隣のベッドに横たわっていたイーリアは、身体を起こしながらそう言ってクスリと笑う。その言葉にルーシーは、頬に熱を帯びるのを感じて、手で冷まそうと扇ぐ。そして、カルムの方を盗み見るが、彼は完全に背中を見せてしまいルーシーには表情が見えなかった。その様子を楽しそうにクスクス笑って見るイーリアは、いつもの様子だ。
声がしたからか、少ししてライトたちも部屋へと入って来た。ティーナも無事に元の姿へと戻っており、ケガなどもない様子を見てルーシーは安心した。
そして、全員が集まったのでルーシーはイーリアを見て今回のことについて聞く。
「イーリア、気を失う前の記憶って・・・」
「所々しかないわ。」
イーリアはそう答えるが浮かない顔をする。
「でも、きっと私が招いたのよね。・・・全てをハッキリと覚えている訳じゃないの。」
「覚えている限りで構わないから教えてもらえないかな?」
ルーシーが言うとイーリアは頷いてから、話し始める。彼女の話をまとめると、ルーシーとティーナが遡りの水晶で子供に戻ってしまった後、ナーチスの所に行ったイーリスは、そこで何者かの声を聞いたと言う。それが、封印されていたモンスターの声だと、その時のイーリアには分からなかった。
そして、その声はイーリアに3年前の真実だと言って昔の記憶を見せてきたそうだ。見せると言っても直接頭に流し込むようなイメージだとイーリアは言う。そして、封印を解いたのがナーチスだったというのだ。そこで、イーリアの記憶はなくなり、気付くとルーシーたちの部屋にいたそうだ。そこからの記憶は普通にあったという。そして、昨夜、ナーチスが部屋に訪れた時から彼女の記憶はおぼろげで曖昧なものだった。
「おそらく、イーリアはあのモンスターに操られていたという方が正しそうね。」
ルーシーが言っても、イーリアは浮かない顔のままだった。
「そうなのかな・・・あの記憶を見せられてから、ナーチスへの怒りの気持ちは常にあったわ。でも、今回は私が、護符を外して封印を解いたのよね。それは何となく記憶にあるの。記憶にあるってことは・・・私の意思だったんじゃないかな。」
「魔が差す。という言葉があるけれど、モンスターの負のオーラにあてられてしまうということは往々にしてあるわ。それは人の弱みに付け込んで来るものだから、イーリアも被害者だよ。」
「俺もそう思うぜ。それに、ナーチスのことはもし本当なら、その感情は当然のものだと思うから、気にすることないさ。」
チェルもイーリアのことを元気づけようと言葉をかけると、イーリアの瞳から涙が溢れる。
「お、おい、おめえらしくもねぇな。」
「デリカシーのない男ねッ。そういう時は優しい言葉の一つでもかけなさいよッ!」
「おめぇみてーな可愛げのない女にかける言葉なんて、持ち合わせてないんだよ。俺の言葉は健気な優しい女性のためにあるんだ。」
「その女性に振られてるんだから、どうなんだろう?」
「ホントよねッ」
ルーシーの言葉に同意するイーリアの表情には先ほどの曇りはなく、いつもの元気なイーリアに戻っていた。
結局、今回のことは封印されていたモンスターの仕業ということになり、誰も咎められることはなかった。ケガをした者もおらずナーチスが気を失った際に、頭を少し打った程度で済んでいた。彼女の記憶もまたおぼろげで、チェルを手に入れたいという気持ちに魔が差したのだろうとルーシーは思う。3姉妹は大体の話を聞いた領主にこってりと絞られ、ルーシーたちに謝罪をしに来たのだった。その際に、イーリアにも今までのことを謝罪してもう二度と、そういう事はしないと誓ったのだった。
ただ、今回の件で謎になっている3年前の真実が知りたいと、ルーシーは領主に頼んで封印の間へと仲間とともに足を運んでいた。
「3年前の真実を知るって、何をするの?」
「ルーシーはな、フローウェイ王国じゃそこそこ有名な占い師なんだぜ。」
「3年前のことを占うってこと?」
チェルとイーリアのやり取りにルーシーは2人を振り返る。
「正確には過去や未来を見るって言った方が良いかな。」
「おい、ルーシー。」
「イーリアなら大丈夫だよ、カルム。」
隣にいたカルムがルーシーを心配そうな顔で見るが、当の本人は気にした様子もなく呪文を唱えると水月の民へと姿を戻した。その姿を見てイーリアはとても驚いた様子だったが、それだけだった。
「全然気が付かなかったわ。」
「そりゃあね。変化の魔法をかけてるから、普通は気づかないよ。」
「水月の民って私の髪色に似ているって・・・よく色々言われていたけど、全然違うじゃない!あー恥かしいわッ!」
「・・・。」
「こんなに綺麗なんじゃ、比べられてた私が恥ずかしいって言ってるのよ。」
「ありがとう。・・・でも、私はイーリアの髪も好きよ。深い海のような色で。」
微笑んで言うルーシーの言葉に、イーリアは嬉しいような恥ずかしいような気持ちになり、ルーシーに背を向けてしまう。
ルーシーはそんな様子を笑って見てから、一つ息をつくと気持ちを引き締めた。そして、モンスターが封印されていた壺の方へと歩みを進める。
封印の間にはまだ戦いの跡が残っており、壁や床が崩れていた。それに気を付けながら、モンスターが封印されていた壺にルーシーは手を置いて意識を集中させる。
見えてきたのはこの封印の間。先ほどの様な跡はなく、壁や床も綺麗だった。そこに入ってくるのは、2人の男女。おそらく彼らがイーリアの両親なのだろうと、ルーシーは思った。どちらもどことなくイーリアに似ていたのだ。
イーリアの両親は封印の間に入ると、こちら‐壺の方‐へと向かって来る。そして、丁寧に壺やその周りを調べているようだった。
「おい、ここが破れかかっているぞ。」
男が女に声をかけると、女はその場所を覗き込み青ざめた。
「いけないっ!離れてッ!!」
女は叫ぶと男を庇うように突き飛ばした。それと同時に護符が効力を失うときの、独特なガラスが割れるような音と壺のふたが落ちたのだった。
「・い・・シー・・・・・・ルーシー!!」
ハッと顔を上げると隣にはカルムがいつの間にか来ていた。
「大丈夫か?」
「えっ、ええ。大丈夫。」
「あまり無理をするな。」
「ご、ごめん。でも、3年前のことが分かったよ。」
ニッと笑うとカルムにため息をつかれてしまった。
とりあえず、ルーシーたちは部屋へと戻ると、各々腰かけたり壁に寄りかかったりして落ち着いてからルーシーの方を見る。
「結論を言うとイーリアのご両親は封印を解いてないよ。」
「本当!?」
「あぁ。」
「じゃあどうして・・・」
「それは、封印が長い年月の間に古くなり効力を失って来ていたんだよ。それを、ご両親が見つけたんだけど、タイミング悪く封印が破られてしまったみたい。」
ルーシーが言うとイーリアは口を閉ざして黙ってしまう。俯いているために表情が見えなかった。彼女が再び落ち込んでしまったのではないかと、全員が心配そうな視線を向ける。
「そう・・・なら良かったわ。」
「え?」
「両親が死んだのは悲しいけれど、原因は違っていた。それが分かったのだもの良かった。という言葉が合っているわ。」
イーリアはもう泣いてはないなかった。
ルーシーたちがパラディアを出たのはそれから数日後のことだった。ルーシーの体調もすっかり良くなり、心配性のカルムからも許可が出たので、太陽が昇る前の薄暗い中を歩いている。カルムたちが鳥のモンスターを倒しに来た時の街道。今はまだ暑くなる前だったので、ルーシー以外は外套を羽織っていない。
「おーい!待ってー!!」
聞き覚えのある声に全員が振り返るとイーリアの姿が映った。
「ハァハァ・・・や・・やっと追いついた・・・。」
息を切らして走ってきたイーリアはいつもと違う服装をしており、この地域独特のだぼっとした水色の長ズボンに薄緑色の長袖の服を着おり、今はその袖を肘より高い位置まで捲り上げていた。腰にはズボンを止めるための紺色の布が巻かれて横の位置で結ばれていた。手には短いグローブをして、背中には大きな両刃の剣を背負っている。
「何だよ、おめぇ。その旅に出ますって格好は・・・」
「何って、私もあなたたちの旅に参加させてもらおうと思って。」
「はぁ!?お前、何勝手な・・・」
「俺は良いと思うよッ。」
チェルの言葉を遮り賛同するのはライトで、隣にいたティーナも頷いている。
「私も良いと思うよ。」
ルーシーの言葉にチェルは最後の頼みとカルムを見る。
「戦力が増えるのは悪くない。イーリアの腕前はかなりのものだからな。」
「やったあ!!」
カルムまでもが賛成したのを見てイーリアが嬉しそうな声を上げて、飛び跳ねている。
「ちょ、ちょっと待てよッ!!」
「何よ。まさか、5人中4人も賛成してくれているのに、文句でもあるのかしら?」
そういうイーリアの目は笑っていない。チェルは殺気を感じて、ぶるっと身を震わせる。
「あーもうッ!分かったよ!俺も賛成だッ!!これで文句ないだろッ!」
チェルはそう叫んで頭を抱えたのだった。
こうして、6人に増えた一行は次の街へと歩き出した。