7.封印のモンスター
「慌ただしいな?何かあったのか?って、あっ!待てよッ!!」
カルムは屋敷の様子がおかしいことに気が付くと、チェルの言葉に見向きもせず屋敷の中へと駆け込む。カルムの後を2人も慌てて追うのだった。
カルムはルーシーたちの居るはずの部屋をノックするが返事はなく、扉を開けて中に入るが誰もいなかった。外に出るとちょうど廊下をかけるメイドを見つけて、慌てた様子で声をかけた。
「おいっ!どうなっている!?」
「も、も、モンスターがッ!!」
「モンスターがなんだ!?はっきりと言えッ!!」
掴みかからん勢いで捲し立てるカルムを、チェルとライトは見つけた。慌てて駆けよると、カルムを怯えるメイドから引き離した。
「そんな聞き方じゃ、答えられるもんも答えらんねーよッ!」
「うるさいッ!貴様は黙っていろッ!!」
ゴンッ!!
鈍い音が辺りに響いた。ライトに声をかけられて落ち着きを取り戻していたメイドも、思わず音の方を見て驚いているほどだった。そこには、チェルに頭突きをされたカルムが映った。
痛みと驚きにカルムがチェルを見る。
「何する・・・」
「落ち着けって。ここでお前が取り乱してどうすんだよ。これじゃあ、手に入れられる情報も入らず、状況を把握できねーぜ。それで、良いのか?」
「・・・ッ!」
チェルに言われてカルムは押し黙る。そこへ、メイドから話を聞いていたライトが駆け寄ってきた。
「封印されていたモンスターが出てきちゃったんだって!!」
「モンスターだって?」
チェルが訳分からんと首をひねるが、カルムは思い当たることがあったようにバッと顔を上げる。
「昨日、イーリアが話していた、この屋敷に封印されたモンスターのことだろう。」
「あ、あれか!」
カルムの言葉に思い出したとチェルも頷く。
「で、そのモンスターはどこにいるんだ?」
「この屋敷の裏庭だって!」
カルムの問いにライトが答えると、カルムは駆け出してしまう。だが、少しして立ち止まるとチェルたちの方を振り向いた。
「グズグズしてないで裏庭に向かうぞッ!!」
再び駆け出すカルムに、先ほどの焦りは消えていたのだった。
ルーシーは危機的状況に立たされていた。何故こうなった?と、考えるが答えは出てこなかった。この時のルーシーはすでに水月の民の姿へと戻っている。
ルーシーたちは図書館から戻ると、部屋で夕食を先に済ませてカルムたちの帰りを待っていた。そこへ扉を叩く音がしたので、扉を開けるとそこにはナーチスが立っていたのだ。そして彼女の言葉に耳を傾けてしまったのが、運命の分かれ道だったかもしれない。
彼女は3年前の封印が解けた原因が分かったから、封印の間がある裏庭に来て欲しいとイーリアを誘った。ナーチスの言葉を信じられるはずもなく始めは断ったのだが、いつもと様子の違うナーチスは鬼気迫った様子で話し続けるので、ルーシーたちは怖くなり付き合うことにしたのだった。
ルーシーは額から流れる汗をぬぐいながら思った。目の前にいる封印されていたはずのモンスターから目を離さず、どうするかと考えを巡らせる。自分の足元にはナーチスが横たわっている。ティーナにはカルムたちを探してくるように伝えたので、ここにはいない。
そして、破れた封印の護符の前で気を失っている、封印を解いた人物へと目を向けた。
ナーチスに連れられるがまま封印の間へと来た3人は、部屋の中央まで来るとナーチスが立ち止まり、3人も合わせて歩みを止める。すると、足元に紋章が浮かび上がり淡く光ると、突然ナーチスが崩れ落ちた。慌てて駆けよるルーシーは、彼女が気を失っているだけであることに胸をなでおろす。何が起きたのかと辺りを見渡すが他に変化は見られない。
「ケイヤクハムスバレタ」
部屋に突然響いた声にルーシーとティーナは警戒する。だが、イーリアは武器を手にすることなく、茫然と佇んでいた。
「アトハ・・・フウインヲトクダケ・・・・・・イーリア」
その言葉にルーシーとティーナは愕然とした。横に立つイーリアを見るが目を合わせてくれず、言葉に従うように部屋の奥へと足を進める。そして、台座に置かれたモンスターが封印されているであろう壺に手を触れる。
キンッ!
その壺へとルーシーが投げた短剣が当たって落ちる。イーリアがこちらを振り向く。
「・・・が・・・ない。・・・しょうがないじゃないッ!!」
イーリアは叫ぶ。目には涙を溢れさせていた。
「両親が死んだのは、そこの女のせいだったんだからッ!!そいつさえいなければ両親が死ぬことはなかったッ!!そいつが封印を解かなければ・・・ッ!!」
イーリアは再び封印の壺へと向き直ると、一瞬だけ躊躇ったが勢いよく護符を剥がしたのだった。
それがさっき起こったことで、悪夢なら今すぐ目を覚ましてほしいとルーシーは願った。だが、これは現実で幻術でもない。ルーシーはティーナが走った方角を見るが、誰かが来る様子もなかった。イーリアは護符を剥がしてそのまま気を失ってしまったし、ナーチスも自分の足元で気を失って倒れている。
ルーシーの目の前にいるモンスターは生物ではなく、ひし形の結晶の様な物体だった。それに、先ほどの声も機械的で生きているという感じがしない。
“しゃべるモンスターなんて前代未聞だよ・・・。”
ルーシーは心の中で悪態つくと、ゆっくりと腰に差している短剣を手にする。
「ジャマスルモノハ・・・ハイジョスル」
声が再び聞こえると、結晶が輝き始める。それが詠唱だと気が付いたルーシーは放たれた炎の槍をギリギリのところで躱した。槍はルーシーを通り越すと部屋の壁へと激突して、大きな音を立てて壁の一部を破壊した。続けて炎の矢が敵の前にいくつも現れると、ルーシーに向けて放たれた。彼女は短剣をうまく使いつつ、矢を躱したり叩き落としたりしてやり過ごす。そして、敵に気づかれないように、イーリアとナーチスから距離を取り封印の間から裏庭へと出ていく。彼女の誘導はうまくいったようで、結晶は宙に浮いたまま同じように裏庭へと出てくる。先ほどの炎の槍の衝撃音で、屋敷の人たちは避難しているようで、幸い裏庭には人の姿は見えなかった。
ルーシーは庭の中央まで来て振り返ると、敵の姿を確認する。ピリッと、空気に静電気が走る。
バチンッ!!
ルーシーが放ったのは低級の魔法。だが、結晶の表面をなぞるようにして雷撃は地面へと吸い込まれる。
“チッ・・・やっぱり相性が悪いか”
ルーシーは悪態つくと、その場に止まるのは危険だと感じ移動する。すると、ルーシーが先ほどまで居た場所に、火柱が上がった。詠唱が聞こえないので、魔法の発動を感知するのが、魔力の流れを見極めるしかなく、気が抜けない状態だった。それに、このモンスターは詠唱が早いようで、上手く隙を作って魔法を発動しないとこちらもまる焦げになると、ルーシーは隙を作る策を考える。
“やっぱり、あれしかないか・・・でも、外したら命はないかも・・・”
再び炎の矢が出現し、ルーシーを襲う。走りながら避け、それで間に合わないものは短剣で叩き落とすが、子供の姿では体力がなく、すでに息が上がっていた。
考えても仕方ないと、ルーシーは覚悟を決めたのだった。
走り回っていたルーシーはバッと振り向き、短剣をモンスターに向けて投げる。影縫いだった。一瞬でも良いから動きが止まることを願いながら、立ち止まると意識を集中させた。辺りが薄寒くなってくるのが分かる。無詠唱だが、精霊のいないこの地で氷の高等魔法を発動させるには時間が少しかかる。幸いにも影縫いの効果はあったようで、相手からの攻撃は来なかった。
周りの気温が、どんどんと下がり冷たくなっていく。そして、ルーシーはまるで身体から魔力を放出するように、手を前に押し出した。すると、モンスターの周りが一気に凍りついて、氷の中に閉じ込める。ルーシーの息づかいが聞こえるくらいに、庭は本来の静けさを取り戻す。凍らせた空気でルーシーの吐く息は白くなっていた。彼女は一歩たりとも気を抜かず、ゆっくりと開かれていた手を握る。
ピシピシッ・・・
氷に亀裂が走る。そして、砕けた。氷の結晶が舞い、辺りを白く覆う。
ルーシーは急激な眩暈と脱力感にふらつく足を踏ん張りながら、モンスターから視線をそらさず氷の霧が晴れるのを待った。
彼女はその姿に愕然とした。ルーシーの瞳に映ったのは、形を保った結晶の姿。ヒビは入っていたから、あと一歩と言うところだろう。
“ダメだったか・・・こりゃ情けないね。”
ルーシーは死を覚悟しようとして、諦められない自分に気が付く。少し前の彼女なら死を受け入れていただろう。こんなくだらない世界で生きていても価値がないと思っていた。それは、彼女が占い師として人間に関わって生き始めてからも、ふとした時に思い起こされては、彼女の気持ちを沈ませていた。
だが、仲間に出会ってからは、そう考えることはなくなっていたことに、今さら気がついたのだった。
“死にたくないな・・・”
ルーシーの瞳から涙が流れる。
「ルーシーッ!!」
遠退く意識の中、気力を振り絞って声の方を振り返るルーシーの瞳には、その仲間の姿が映った。そこにはティーナの姿もあり、彼女が呼んできてくれたのだと安堵の息が漏れる。
“・・・ったく、遅いよ。”
心とは裏腹にルーシーは、カルムの名を口にしていた。そして、彼女の意識は飛んだのだった。