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4.イーリアの過去

ルーシーが目覚めたときには、宝物庫は扉が閉まっており中は真っ暗だった。窓がないため朝なのか夜なのかも全く分からない。


“何これ?”


ぼやける視界に目を手で擦り、その手を見て固まった。ぶかぶかの袖で手は隠れており、服を引っ張り手を出してさらに驚く。ルーシーの目に映るのはどうみても、子供の小さな手だった。慌ててルーシーは自分の体を見回すと、足も縮んでおりぶかぶかの服に隠れている。ケガはしていないようだったが、どういうことなのか全くわからなかった。


ガサッ


物音にそちらを見ると、ぶかぶかの服を着た幼い少女が映る。こちらも何かに気が付いた様子で自分の体を見渡す。その顔色はどんどん悪くなっていった。


“ティーナ?”


声を出したのに音にならず、辺りはしんと静かなまま。声が出ないと、のどに手を当てるルーシー。少女も同じなのだろう、口をパクパクとしていた。


服を手繰り寄せてから立ち上がると、少女の元へと向かう。おぼつかない足取りでたどり着き、少女をまじまじと見る。5歳くらいの小さな女の子にはティーナの面影があった。まさかと、思いつつも、ちょうど近くに落ちていた銀製の盾で、今度は自分の姿を見る。そして、ルーシーは呆然(ぼうぜん)と立ち尽くした。


そこには、もう200年は前の自分の姿が映っていた。おそらくはティーナと同じ5歳くらいだろう。


“これって…”


ティーナが不安そうな顔で盾に映る自分の顔を見ている。ルーシーはそっとティーナの手を握り大丈夫だよっ!と、励ますように笑って見せた。ティーナは戸惑った様子だったが、ルーシーを見て頷いた。


ルーシーは気を失う前のことを思い出し、水晶を探す。声を失ったせいで簡単には魔法が使えない。真っ暗な中、手探りで苦労したが、何とか水晶を見つけ出した。今はもう覗き込んでも何も反応はない。ルーシーはその水晶に手を当てると意識を集中させた。


水晶の過去の出来事を見て、ルーシーは理解した。この水晶は『(さかのぼ)り水晶』と言われ、覗き込んだ者を若返らせるということを。これだけなら何と素敵だろうと思うが、もちろんそうではない。その人の声も奪ってしまうし、若返る年齢もランダムで下手をすれば赤子になることもあるみたいだった。それを考えるとルーシーたちはまだ幸運だったかもしれない。自力で歩くことはできる年齢だったのだから。


色々と考えていると、外の方が騒がしいことに気がつく。ティーナを引き連れて扉の前まで行くと、所々だが声が聞こえてきた。


「…ったか?」

「いや、…いない…だ…」


聞き覚えのある声に、ルーシーとティーナは扉を叩いた。


「おい!誰かいるのか!?」

チェルの声に、扉を叩く力を強くする。

「ちょっと待ってろ!!」

そういうと遠のく足音、しばらくして数人の足が聞こえて扉の鍵が開けられた。


「大丈夫か!?…って、えっ?」

「どうした!?ルーシーたちが見つかったのか!?」

ルーシーとティーナを見たチェルは戸惑い、駆け付けたカルムは珍しく慌てた声を出していたが、2人を見て固まった。

「これは…」

イーリアがやって来て、2人を見て難しい顔をする。


「とりあえず、部屋に連れていきましょう。ほらっ、カルム!ライト!この格好じゃ歩くの大変だろうから、連れて行ってあげなさい。」


目の前にいたカルムと、遠くからこちらに向かってきていたライトに声をかけると、イーリアはほら戻るわよっ!と、先頭を切って歩き出す。それについて行くようにチェルは並ぶと、不思議そうな顔をイーリアに向ける。


「俺じゃダメなのかよ?」

「ダメに決まってるじゃない!あなた、女好きでしょ。顔にそう書いてあるわ。」

「いくら俺だって、こんな小さな子供には何にもしねーよっ。それに俺のタイプは年上のナイスバディなお姉さんだっ!」

「うわっ、気持ち悪っ!」


揉めているその後ろでは、ルーシーとティーナが捕まるまいと慌てて逃げようとしていた。だが、子供の足で逃げ切れる訳もなく、それぞれに捕まってしまった。持ち上げられてカルムにまじまじと見られると、ルーシーは頬を朱色に染めて視線をそらせる。カルムはそのまま抱き寄せるようにすると、ルーシーを肩に担ぐような形で抱き上げた。


「ちゃんと捕まれ。落ちるぞ。」

カルムに言われて、ルーシーは首に腕を巻き付けるようにして掴まる。カルムの息づかいが耳元で聞こえて、胸がドキドキと鳴った。


部屋へと戻る途中、ルーシーがカルムの肩で暴れるので彼は立ち止まった。ルーシーが睨み付ける先には、ナーチスの姿。


「あら?カルム様にチェル様。」


こちらに気が付いたナーチスと他に2人の女性が一緒にこちらへと向かってくる。他にも人はいるのにナーチスが呼んだ名は2名だけ。こちらには見向きもしないで、カルムの前で立ち止まる。名前を呼ばれたチェルも振り返る。


「おう。ナーチス。」

「どうかされたのですか?」

「いや、ちょっとな…」


困ったように苦笑いして言葉を濁すチェルに、ナーチスは彼の腕を取ると姉を紹介すると彼を引っ張り、2人の女性の前に連れていく。


「こちらがライナ姉様」

「ライナ・トーティアと申します。」

チェルより少し歳が上だろうか、最年長のライナは3姉妹の中で一番気品があるように思えた。チェル好みの大人な女性といった雰囲気だ。


「こちらはトゥイラ姉様」

「次女のトゥイラです。」

こちらは見た目はルーシーと同じくらいの年頃で、長女のライナと比べると少し幼い雰囲気があった。


トゥイラはドレスの裾を軽く持ち上げて挨拶すると、チェルには目もくれずカルムの方へ視線を送っている。カルムはそれを冷たくあしらうが、トゥイラは気にしていないのか、彼の元まで歩み寄るとそっと腕に手を触れた。


「カルム様…ひっ!」


名を呼び視線をカルムに向けようとして、トゥイラは手をサッと放した。急に様子が変わり、全員がそちらを向く。


「トゥイラお姉さま?」

「トゥイラどうしたの?」

ナーチスとライナはそれぞれ心配そうに声をかけると、トゥイラはそちらに駆け寄りしがみつく。


「む、むし、虫がっ…いやぁぁぁ!!」

「虫って…キャッ!」

「こっちに来るっ!」


そう3姉妹は各々に叫ぶと、すごい勢いで逃げ出したのだった。

その様子を訳が分からないと、眺めていたチェルが頭を搔いた。

「あれ、どうしたんだ?」

チェルの言葉に、カルムは抱っこしていた少女の背中にポンと手を置いた。ドキリとルーシーの胸が鳴る。


「幻術の魔法だな。」

ルーシーにだけ聞こえる声で言うカルムに、ルーシーは片腕を放してグーと親指を立てて見せる。するとカルムがため息をついて小声で続ける。

「あまり魔法を使うな。無詠唱だと、人間じゃないことがバレるぞ。」

カルムの言葉にハッとなり、バッと手を肩に置いて不安そうな顔をカルムに向ける。

「つ、次から気を付ければ大丈夫だろう。」

何故か照れたように視線をそらせるカルムだった。


「服買ってきたわよ。はいはい、出てった出てった。」

子ども服を手にしたイーリアは男たち3人を部屋から追い出すと、ルーシーとティーナの着替えを手伝ってあげる。結局あの後、部屋へと戻ったイーリアは、ぶかぶかの服では難だからと、街に行き必要なものを買って来てくれていた。


「はい、できたっと。」

“ありがとう。”と、頷いてお礼を言うルーシーとティーナ。

「やっぱり声でないかぁ…うーん。」

何か思い当たることがあるのか、イーリアは悩んでいる様子だった。


とりあえず、全員を部屋に集めるとライトたちは改めて2人の少女を見やる。


「昔のティーナにそっくりだよなぁ。」

小さい頃から一緒に育ったチェルが言うと、ライトは首をひねる。

「うーん?・・・ごめん、思い出せない。」

ライトの答えに、はぁとため息をついたチェルだったが、まぁ仕方がないかと諦める。ティーナがこの位の年の頃だと、ライトはもう少し小さかったのだから、覚えていなくても仕方のないことだと思ったのだ。


「そっくりも何も、本人よ。」

「はぁ!?何言ってんだよ、イーリア。お前、砂漠の熱で頭おかしくなったのか?」

「失礼ねっ!」

「いてっ!何しやがる!」

イーリアが馬鹿にしてきたチェルに一発蹴りを入れた。その様子を見ていたカルムがやれやれとため息をつく。


「イーリアの言う通り、ルーシーとティーナで間違いないだろう。」

「お前まで何言って…」

「ならば、ルーシーたちが消えた説明はどうする?」

「それは、街に出ているとか…砂漠に出かけたとかじゃねーのかよ。」

「ハァ・・・ルーシーは体調が悪かったんだ。ティーナが付いていながら、外に出かけるとは思えない。」

「何か急な用が出来たとか…」

「それならば、領主も事情を知っているだろう。」

「じゃあ、どうやってこの姿になったんだよッ!おめぇ、その説明できんのかよっ!?」


責めるように返してくるカルムに、チェルはイラつき声を荒げると、ティーナがビクッと身を竦める。チェルは慌てて謝った。


「多分だけど、『遡り水晶』…だと思う。」

「なんだそれ?」

「不勉強な奴め。覗き込んだ者の時間を戻してしまう呪いの魔道具だ。」

「若返るってことか!?すげぇなそれ!」


チェルの言葉にカルムが鼻で笑う。


「なら、覗いて見たらどうだ?戻る時間が赤ん坊くらいで済めばいいが、胎児まで戻ったら確実に死ぬぞ。」


時を戻るということはそういう可能性もあるってことだと、カルムに言われてチェルはぶるっと身を震わせる。


「ねぇ、カルム。どうやったら元の姿に戻れるの?」

「『後来(こうらい)の水晶』というのがある。それで戻せるはずだ。」

「どこにあるの?」

「・・・それは」


問いかけるライトに、珍しく答えを持っていなかったカルムが言い淀む。


「確か、この屋敷にあるはずよ。」


カルムの代わりに答えたのはイーリアだった。


「だいぶ昔の話だから、今もあるかは分からないけれど・・・トーティアさんに聞けば分かるんじゃないかしら。」

「でも今日はいなかったよね?」

「明日には帰ってくるんじゃないか?もし帰ってこなくても、奥さんのイザベラさんとか三姉妹に聞けば分かるんじゃね?」


ライトの言葉にチェルは言って、ソファに腰かけるとため息をついた。ひとまず安心できたのだろう。


「ところでよ、イーリア、今、だいぶ昔って言ったけどよ。何年前の話してんだよ?お前の昔って言ったら5歳とかか?」

「そうね・・・5歳の時だから15年前になるわね。」

「!?」


その場の全員が一斉に驚いた。


「お、おま、お前、俺と同じ年かよっ!?」

「あら、そうなの?見えないわね。」

「おめぇに言われたくねー。11,2歳くらいかと思ったぜ。」

「ホント、あなたって失礼ねッ!」

チェルとイーリアの言い争いが始まった。もう見慣れてきていたカルムとライトは放って自室へと戻るのだった。



その日の夜、ルーシーは寝付けずにいた。同じベッドにはティーナがすやすやと眠っており、もう一つのベッドにはイーリアが眠っていた。イーリアはまた何かあってはいけないと、念のために部屋に残ってくれていたのだった。


「眠れない?」


イーリアはルーシーが寝付けないのに気付いたのか声をかけてくれる。ティーナを起こさないようにと彼女は声を落としている。ルーシーは頷いて返事をすると、ベッドに腰かけてイーリアの方を見た。ベッドの間に置かれた机には、手元が見える程度の光を放つ魔道具が置かれており、紙とペンが置いてあった。ルーシーはそれを手に取ると何かを書き始める。


“イーリアはトーティアの三姉妹と昔に何かあったの?”

「どうしてそう思うの?」


聞かれてルーシーは再びペンを走らせる。


“チェルが後来の水晶のことを三姉妹に聞けば分かるだろって言ったときに嫌な顔をしてたから。”

「あなた、鋭いわね。って、顔に出てる私がまだまだなのかしら・・・」


と、イーリアがため息をついた。聞いちゃいけなかっただろうかと、不安そうな顔をするルーシーの頭に手を置いてポンポンと優しくなでる。そして、彼女は昔の話しを始めた。


「昔ね、私のお父さんとお母さんはこの屋敷で働いてたのよ。2人とも剣の腕が立って、護衛兵の中でも彼らを統率する地位にいたの。私の自慢の両親よ。」


少し間を置いてからイーリアは続ける。


「・・・この屋敷にはね。昔からずっと封印されているモンスターがいるのよ。鉱石に魔力が宿ったと言われているモンスターでね。このモンスターは魔法しか効かなくて、弱点が氷や水系なの。でも、ここの環境だと弱点である氷や水の魔法を唱えられないでしょ?だから、とても危険なモンスターなのよ。・・・それで、3年前、事件が起こったの。そのモンスターの封印が解けてしまったのよ。お父さんとお母さんは必死に戦ったわ。それで、何とか再び封印することが出来た。だけど、その戦いで2人とも亡くなったわ。・・・でね、その時の見回りが両親だったの。だから、封印を解いたのは両親じゃないかって・・・。私はそれがどうしても信じられなくて、情報を集めるためにここを出入りしているのよ。」


イーリアは昔を思い出したのか、少し寂しそうな顔をした。


「ごめんね、聞きたいのは三姉妹との関係だったわね。そんなことがあったからね・・・なにかにつけて嫌味を言われるのよ。だから・・・あんまり関わりたくなくて。」


そういうイーリアにルーシーはなるほどと、納得したように頷いた。それで、ルーシーは思い出したように、紙にペンを走らせてそれをイーリアに見せた。


“私たちが遡りの水晶を見たのは、ナーチスに言われたからなんだけど・・・これって何かあるよね?”


ルーシーの紙を見てイーリアは手を額に当てて深いため息をついた。


「そういうことだったの・・・。」

呆れたような顔で見るイーリアにルーシーは頷く。

「はぁ、あいつらは・・・。」

ルーシーが不思議そうな顔をイーリアに向ける。

「あの子たち長女以外は婚約者募集中なの。で、多分だけど、カルムとチェルを狙っているのね。」

やっぱりか・・・と、ため息をつくルーシーにイーリアは笑う。

「私もカルムは美少年だし頭も良くてカッコいいと思うわ。でもね・・・チェルに目を付けたナーチスは見る目ないわね。」


とワザとらしく言うイーリアの言葉に、2人でクスクスと笑うのだった。

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