3.水晶の呪い
ライトたちがモンスターを倒したころには、2人は一歩も歩けないと砂漠に倒れた。
「そんなところで寝たらミイラになるわよ。」
少女が2人の顔を覗き込む。
「う…うるせぇ。」
「へぇ、そういうこと言うんだぁ…せっかく、依頼人にパラディアまで乗せてあげてくれないか、お願いしようかと思ったのになぁ…」
少女の言葉にバッと勢いよく体を起こす2人の目には、先ほどの商人の馬車が近くで止まっているのが映る。チェルは手の平を返したように、神様と少女に縋った。
「ゲンキンな人ね…全く。」
「悪いね。こんな奴だけど悪い奴じゃないんだ。砂漠の暑さでちょっと…ね。勘弁してやってくれ。」
ルーシーが少女に声をかけると、少女は仕方ないわねと諦めた様子だった。そして、ルーシーを見ると顔色を変えて近づいてきた。何かと身構えるルーシーに少女は手を彼女の頬に当てる。
「あなた!こんな状態で砂漠を歩いていたの!?ちょっと来なさい!!」
少女はルーシーの腕を掴むと商人たちのいる方へと向かった。
少女の名はイーリアということを、商人たちがそう呼んでいるのを聞いてルーシーは知った。商人たちはルーシーを見るとイーリア同様、顔色を変え急ぎ場所を確保して、ルーシーを横に寝かせた。ルーシーは横になったとたんに、熱で朦朧としてそのまま意識を失った。イーリアはそれを見届けてから、ライトたちの元へと戻る。
パシッ!!
イーリアは戻ると同時に、カルムの前に来ると彼の頬を叩いた。その場の全員が凍り付く。
「あなた、この状況を理解してなかったわけではないでしょう!?」
「…。」
カルムの無言を肯定と捉えたイーリアはさらに続ける。
「あんな状態で砂漠を歩かせるなんて、信じられない。冒険者失格ね。」
「おいおい、そこまで言うこと…」
ないだろう。と、止めようとするチェルをイーリアはキッと睨んだ。
「あんたもよ!この中ではどう見ても年長者よね?それなのに何考えてんのよっ!あの子、下手したら死んでたかもしれないわっ!!」
そこまで言われると返す言葉が見つからなかった。確かに、チェルはカルム程にルーシーを気にかけてはいなかったのだ。彼女が水月の民で寿命が長いことと、死なないことは同義ではない。そんなこと分かっていたはずなのに、水月の民だから大丈夫だろうと、根拠もないのにそう思い込んでしまっていたのだ。チェルは今、それを痛感する。
「ハァ・・・ここで怒っても仕方ないわね。早く彼女をお医者様に見せないと・・・。悪いけど、あなたたちは後ろの荷車の方に乗ってくれる?」
イーリアは聞いて皆が頷いたのすら確認せず、スタスタと先に歩きだしてしまう。しかし、あっ。と、立ち止まり振り返るとカルムを見る。
「あなたがカルムよね?」
「あ、あぁ。」
「じゃあ、あなたは彼女と同じ方に乗ってくれる?」
ルーシーと同じ方に乗るように言われて、カルムは少し戸惑った様子で頷くと、イーリアがクスッと笑った。笑うと先ほどまでの鬼のような雰囲気は消え、優しい雰囲気が出る。
「彼女、横になったら気を失ってしまったのだけれど、熱に浮かされながらあなたの名前を呼んでいたのよ。可愛いわね。」
「!?」
そう言われたカルムはイーリアを抜き去って、慌てて馬車へと乗り込んだのだった。
身体は熱いのに、寒気がする。あまりの寒気に目が覚めたルーシーの瞳に映ったのは、ティーナの姿だった。
「ここは?」
「パラディアの領主トーティアの屋敷よ。」
「カルムたちは?」
「魔光石を封印しに、洞窟に向かったわ。出かけたのは今さっきよ。」
「ならッ…」
「まだ起きちゃダメよ。」
ティーナは体を起こそうとしたルーシーの肩に手を置き、寝るように押し戻す。体力が回復していないルーシーは逆らうことが出来ずに、再び横になった。置いて行かれた寂しさに顔を曇らせるルーシーを見て、ティーナが続ける。
「そこの洞窟は魔法が一切使えないんですって。だから、私が行っても足手まといになるから。」
「ライトたちはそんなこと言わないでしょ?あ・・・ごめん。」
「どうしてルーシーが謝るの?」
「だって私がいたから、残るしかなかったんでしょ?」
「そんなことないわ。・・・私が嫌だから・・・どのみち残っていたと思う。だから、実は、ルーシーの看病が出来てホッとしているのよ。ルーシーが元気で一緒に行ってしまったら本当に役立たずになっちゃう。」
「そんなことないよ!」
大きな声を出すと頭が痛くなり、苦痛に顔をゆがめる。
「人にはそれぞれの役割があるんだよ。ティーナは魔法に長けているんだから自信をもって。」
「ありがとう。」
ティーナが微笑むと、ルーシーもニッと笑って見せた。
その後ルーシーは、しばらくベッドに横になって安静にして過ごした。ルーシーが動けるようになったのは2日後の朝だった。だが、まだライトたちは戻っていない。予定では今夜か明日には戻る予定になっているようだ。
ルーシーの体調もかなり良くなっていたので、昼過ぎにはティーナに付き添ってもらい、領主の元へあいさつに行くことにした。
メイドに案内され応接室に入ると、すでに領主であるトレビス・トーティアと妻であるイザベラが出迎えてくれる。ルーシーたちを豪華なソファへと案内し、自分たちは向かい側に腰かける。
「体調はもう大丈夫ですかな?」
「はい、お陰様で良くなりました。」
トレビスは領主にふさわしい威厳のある聡明な顔立ちしていた。蓄えられた髭を指でなでながら、ルーシーの答えにそれなら良かったと頷いた。
「あら、でも無理はなさらないでくださいね。病み上がりなのですから。」
隣で心配そうに言うイザベラは、領主と同じくらいの年頃の綺麗な顔立ちで、少し気が弱そうだが、とても優しそうな印象だった。
少し4人で話をしたが、イザベラがルーシーの体調を気遣ってくれて早々に部屋を後にした。話の中で、この夫婦には3人の娘がいるということが分かった。長女のライナ、次女のトゥイラ、三女のナーチス。3人とも気が少々強い勝気な性格で、誰に似たのやらとトレビスはため息をついていた。
ルーシーたちは部屋に戻ったあと、早めの夕食を取って、ティーナとおしゃべりをしながらゆっくりとした時間を過ごしていた。すると扉が叩かれる。
「どうぞ。」
とティーナが返事をすると、扉がゆっくり開かれ1人の女性が入ってくる。
「失礼いたしますわ。私、トーティア家の三女、ナーチスと申します。」
黄色を主にしたドレス姿の女性は自己紹介をして、ドレスの裾を軽く持ちあげて挨拶をした。歳はティーナと同じくらいだろうか。だが、彼女より少々幼い顔立ちをしている。
「あの、会って間もない方にお願いすることではないと、承知しているのですが、探し物をしておりまして…その、お手伝いいただけないかと…」
ティーナとルーシーは顔を見合わせる。
「す、すみませんっ!メイドに頼めない内容でして…」
「そういうことなら構わないけど。あまり遠くは…」
「場所はこの屋敷にある宝物庫なので…その、遠くはないです。…難しいでしょうか?」
トレビスの話と違い、ナーチスはおどおどとした様子で、どちらかというと母親似かなという印象だった。彼女は困っている様子だったので、2人は頷くと彼女を手伝うことにしたのだった。
宝物庫は母屋を出てすぐの所にあった。重々しい扉には頑丈な鍵がかけられており、ナーチスが手にしていた鍵で扉を開けると、2人を中へ招き入れる。
「探し物は何だい?」
「えっとぉ、このくらいの水晶なんですが…」
ナーチスが両手に乗るくらいの形の円を描いて見せる。流石は領主宅、そんな水晶があるのかとルーシーは驚く。水晶の遺跡は例外だが、水晶は滅多に採掘することが出来ない高価な品だった。ナーチスの示したサイズの水晶だと、売れば一生遊んで暮らせるお金が入るだろう。ルーシーがそんなことを考えていると、何となく分かったのだろうナーチスにクスリと笑われてしまうのだった。
その後、しばらく3人は無言で宝物庫を探していたが、ナーチスの言う水晶は中々見つからなかった。そろそろ、今日は諦めて明日改めて探そうかと、ナーチスに声をかけようとした時だ。
「見つけましたわっ。」
ナーチスの声にティーナとルーシーは彼女の元に向かった。
「あれですわ!」
そういう彼女が指さす先には、ティーナが魔法で出現させていた光の玉に照らされて輝く水晶が見えた。
「申し訳ないのですが、2人で取ってきていただけませんか?」
ナーチスに言われ、自分で行けばいいのにと頭の角を横切ったが言葉にすることはなく、言われるがままにティーナと2人で水晶の元へ歩く。そして、思わずその美しさに覗き込んでしまった。
…!?
気が付いた時には水晶が眩い光を放って、眩しさに目を瞑る。急激な眩暈に襲われ、2人ともそのまま気を失ってしまった。
「フン…馬鹿な人たちね。」
一人残されたナーチスの声だけが、宝物庫に響いたのだった。