2.砂漠での戦い
ボコッ・・・
少し先で砂が動き、巨大なサソリの姿をしたモンスターが現れた。このモンスターはすでに何度か相手をしており、尾の先に猛毒を持っていることが分かっている。ただ、厄介なのが、こいつらは3体1チームで行動する習性があり、頭が良い。今、ここには1体しか姿を現していないが、気配は3つあるとルーシーは感じていた。つまりは、砂の中に姿を隠しており、下手に動くと危険ということだった。
「ルーシー、無理はするな。下がっていろ。」
短剣を構えるルーシーに、カルムが言う。彼はルーシーを庇うように、少し前に出て剣を構えた。
カルムの言葉に甘えたかったが、ライトたちも慣れない砂漠で体力を消耗しているようだった。これまでは何とかなってきたが、今回は大丈夫だろうか。そうルーシーが悩んでいると、後ろから声が掛かる。
「なんなら私が手伝いましょうか?」
その声に、後方にいたルーシーとティーナが振り向くと、そこには外套のフードを目深に被った人が立っていた。声からして女性だろう。身長は低めで、フードから覗く顔は幼く見えた。だが、背中にはその容姿とはあまりに不似合の、大きな両刃の剣を背負っている。
「ハッ!こんなガキに何ができるってんだよ。」
チェルが振り向きその姿を見て鼻で笑う。
「ケガをするとあぶねーから離れて…」
「あんたっ!人を見た目で判断しないっ!」
少女はチェルが話す間に目の前までやってきて、彼に向かって指を突き付け怒鳴りつけた。その勢いでフードがパサリと落ち、傾きかけた陽に素顔が照らされる。
その姿にチェルは少し驚いた様子だった。というのも、人間にしては珍しい青色の髪を1本の三つ編みにして、肩から垂らしていたのだ。水月の民に似たような髪の色を持つ人間は珍しい。それに、そう言った人間は問題の種になるからと、染めるか認識阻害の魔法で隠す者が多い。だが少女に髪を隠している様子はなかった。フードが落ちても動揺した様子もなく、チェルを睨み付けていた。
そしてもう一つ彼の心を奪っていたのはその容姿だった。やはり、11,2歳にしか見えないような幼さがあったのだが、将来は美人になるとチェルは確信を持つ。ゴクリと息を飲み、顔をそむける。
「おい!馬鹿やってないで武器を構えろ!戦闘中だぞ!」
カルムの叱咤が飛び、慌ててモンスターに視線を戻すチェル。少女もそれもそうね。と、背の大剣の柄に手をかける。
「で、作戦はあるの?」
「僕が囮になって他の2匹を誘き出す。ティーナは出てきた1体に魔法で攻撃。もう1体は僕が倒す。ライトとチェルで目の前の1体を攻撃を仕掛ける。」
「ふぅん、なら私とあなたで誘き出した2体を倒しましょう。…ティーナだっけ?」
「あ、はい。」
「あなたは今、目の前にいる1体に魔法で攻撃。良い?」
突然現れて指示する少女に、カルムが怒りださないかとルーシーは思っていたが、正直カルムの作戦は不安な要素があった。体力を消耗しているライトとチェルだけで、モンスター1体は厳しいかもしれないと。それは、彼自身も十分理解していたが、ルーシーが動けないのだから仕方ないと考えていたのだろう。だから、彼女の提案には驚きはあったが、カルムに不満はなかった。彼女の実力は彼女の雰囲気で多少は読み取れる。カルムの予測では、自分と同じくらいの戦闘経験はありそうだと感じていた。人手がない以上、今は彼女の言葉に甘えるしかない。
カルムは少女の言葉に頷くと、2人は隠れている2体を誘き出すために駆け出した。わざと2人は目の前にいるモンスターの間合いの外で立ち止まる。すると、足元の砂がサァァァ…と吸い込まれるような動きをする。それを合図に、少女の前に猛毒の尾が地面から突き出てきた。少女はそれを身軽な動きであっさりと躱す。しかし、尾の攻撃は収まらず、続けざまに彼女へ向けて猛毒の尾が迫るが、それも躱して飛ぶと、モンスターの動きが止まる。それが彼女の着地場所を狙っているのだと、ルーシーが気づき声をかけようとして、止めた。
ガキンッ!!
少女は大剣の腹で猛毒の尾を受け止めていた。相手がひるんだ隙をつき、大剣を振りかぶって飛び、モンスターの背に乗ると横凪に一閃する。派手な音ともに猛毒の尾が落ちる。血をまき散らし、悲鳴のような音を出すモンスターに、止めとばかりに勢いよく頭部に大剣を突き刺したのだった。あっという間の出来事に、ボケっとしていたライトとチェルだったが、我に返ると最初の1体へと慌てて駆け寄り間合いをはかる。だが、最初の1体は少女に仲間を殺された怒りを向け、彼女に狙いを定めて襲い掛かろうとしていた。
一方、カルムの不意を突こうとして砂の中から足で攻撃するモンスターを、彼は双剣で牽制しながら間合いを取るために後ろへと飛んだ。少女の時と同じようにカルムの着地を狙って猛毒の尾が、地面から姿を現した。
グサッ…
その尾がカルムを貫いたかに見えた。しかし、その姿は溶ける様に消える。姿を見失ったモンスターが、彼を探すように姿を現した。
「遅いッ!」
カルムが現れたのはモンスターの頭の真下。間をおかず、真上を双剣で切り裂く。ちょうど人間の首に位置する場所で、皮膚が薄く細身の剣でもしっかりと刺さっていた。暴れるモンスターに踏みつぶされないように、器用に避けながらカルムは近くにあった足を切り落とす。痛みと怒りでモンスターは正気を失ったかに見えたが、出てきたカルムに猛毒の尾で襲い掛かる。
ザクッ!と音を立てて切られたのは尾の方だった。まさか、細身の剣で切られるとは思っていなかったのだろう、相手を貫いたと思った尾が目の前に落ちるのを見てモンスターの動きが止まった。その一瞬の隙をついて、唱えていた炎の魔法を切った首に向けて放った。いくら砂漠の暑さに強いとはいえ、傷口を炎で焼かれたらひとたまりもない。間もなくしてモンスターは灰と化した。
「へぇー、やるじゃない。」
自分が狙われていることなど気にもしていない少女は、呑気にカルムの方を見て称賛する。
「おい!余所見すんなッ!あぶねえ!」
チェルの声に振り返りもせず、大剣をバットの様に構えると思い切り振った。
鈍い音がして少女を狙っていたモンスターが打ち飛ばされる。
「へ?」
チェルとライトがそんな声をあげ、呆けていると少女は大剣を2人の方へピシッと向けた。
「ほら!あんたたちの相手でしょ!!ちゃんと倒しなさいよ!」
「風よ!」
ティーナの力ある声に合わせるように、モンスターの前に竜巻が出現する。重そうなそれを軽々持ち上げて切り裂く魔法は中級レベル。それにも感心したように少女はティーナを見る。そして、残りのダメな2人はと、ため息交じりに振り返ってみるとボーっとしていたので、さらに喝を入れてやると慌ててモンスターに向かって剣や槍を振るう。砂漠地帯になれてないとはいえ、魔法と剣術の連携があまりにも杜撰だと少女は思った。