1.灼熱砂漠
フローウェイ王国から西にある「灼熱砂漠」をルーシーたちは歩いていた。すでにフローウェイ王国から出発して一月は経っている。
「あー、暑い!!本当、あちーよ。死んじまうー」
「余計に暑くなる。少しは黙っていろ。」
今日何度目かのチェルの言葉に、本日3度目のカルムの叱咤が飛んだ。
このやり取り、もう数日は続いている。ルーシーたちが灼熱砂漠へと入ったのは、5日前。砂漠の旅も5日続くと、かなりキツい。この炎天下に晒され、体力も消耗しており、頭もボーッとしている。水や食料は前の街でたくさん仕入れていたが、水は心許ない量になっていた。
「もう、砂漠疲れたよ。街はまだなの?」
今度はライトが何度目かの同じ台詞。
「さっきも言ったけど、今夜にはパラディアに着くはずよ。頑張りましょう。」
ティーナはライトの横で彼を励ます。だが、フードの下から除く彼女の顔にも、疲れの色が出ていた。彼女もこの暑さで、かなり体力を奪われているようだった。
今は、昼。太陽が頂点まで昇っており、ジリジリとルーシーたちを照らしている。そのため、全員がフード付きの外套を着て、頭まですっぽりと覆っていた。一見、厚手の生地で暑そうな気もするが、こんな太陽の真下で素肌を晒していたら、数十分で大火傷だろう。
列の一番後ろを歩いていたルーシーは、ふと後方から何かが走ってくるような音に振り返る。すると、前方と変わらない景色の中にモンスターの姿を見つけた。ただしそれは、商人が飼い慣らした移動用のモンスターだった。
馬の様に馬車を牽くモンスターは全部で4頭。1つの車に2頭のモンスター。先頭の馬車に見えるのは、商人だろう。数人乗り合わせているようだった。
おそらく行き先はルーシーたちと同じ。じきに追い越されるだろうとルーシーは思った。
「良いよなぁ…俺たちもあれに乗れば楽だったのによぉ。」
ルーシーが立ち止まったことに気がついたチェルが振り向き、馬車を見て羨ましそうに言う。
「諦めろ。僕たちには贅沢できる金などない。」
「あーあ、砂漠での護衛の仕事がちょうどあれば良かったのになぁ。そしたらよ、ああいうのに乗って移動して、モンスターが出たときだけ戦えばよかったのにさぁ…」
「ちょうどあった依頼を、他の冒険者が受けちゃった後だったからねー。」
カルムの言葉にチェルとライトがそれぞれが不満を漏らした。
一つ前の街の冒険者ギルドで、パラディアまでの護衛依頼があったのだ。だが、タッチの差で他の冒険者に取られてしまっていた。しかも話を聞くと、若い女性がたった一人でその依頼を受けたということだった。チェルはすぐさま「お手伝いしなければ!」とか何とか言って、その女性を探したが、見つけることが出来なかったのだった。
「パラディアで仕事が見つかると良いんだけど…」
ティーナが心配になるのも仕方ない。砂漠のためにと色々買い込んでしまい、手持ちが心許なくなってきていた。
「問題ないだろう。パラディアではモンスター退治の仕事が多いと聞く。」
「でもそれって砂漠での退治だろ・・・」
うげぇと、チェルが嫌そうな顔をした。
「なら、お前は宿なしだな。」
カルムに言われて、ぶんぶんと首を左右に振って冗談じゃないと抗議する。
そんな様子を、ボーッと眺めていたルーシーは、腰にぶら下げている水筒を手に取り、温い水を口にした。
「ねえ、ルーシー。かなりのペースで水飲んでるけど、足りるの?まだ、一日くらいは砂漠を歩くんでしょ?」
「あ、もしかして…ルーシーお前、水とか氷出す魔法使ってんじゃねーのか?」
前を歩くライトが振り向いて不思議そうに聞き、その隣を歩いているチェルが怪訝そうな顔でルーシーを見る。
「まさか。チェルは知ってると思うけど…こんな場所じゃ水や氷の魔法は使えないよ。その属性の精霊がいないからね。」
「じゃあ、どんな手品だよ。」
「何言ってんの。私は、砂漠に入る前の街で皆よりも多く水を持って来てただけだよ。」
「なんだぁ・・・」
ルーシーの言葉にチェルは期待していたのによぉと、誰にという訳でもなく悪態ついた。ルーシーだって意地悪をしているわけではない。できることなら、魔法を使って水や氷を出したい。彼女にとっても、それができたらどんなに良いかと思っていた。水系の能力が高い水月の民にとって砂漠は、普通の人間よりも、もろにその影響を受ける。今も倒れないようにするのがやっとで、こんな場所で魔法を使えば体調を崩して、寝込むことは間違いなかった。人より多く水を飲んでもこんな状態なのかと、つくづくこの体に嫌気がした。
「大丈夫か?」
歩く速度を落として、隣に並んだカルムが声をかけてくれる。
「何とか…。」
「歩くのが辛かったら…」
「だ、大丈夫だよ。」
ルーシーは慌てて答える。
ルーシーが慌てるのも仕方ない。なんせ、カルムはルーシーを背負って歩くと言うのだ。砂漠に入ってからルーシーの様子が変だと、すぐに気づいたカルムは、ルーシーの分の荷物を全部持っていた。それでも辛そうな様子を見て、彼女を背負って歩くと言い出したので、ルーシーはここ数日それを断っていたのだ。カルムの気持ちは嬉しかったのだが、流石に皆の前でずっと背負われるのは恥かしい。そんな気持ちを知ってか知らずか、カルムは態度を変えずにルーシーに優しい言葉をかける。
「無理はするな。」
「うん、ありがとうね。」
ちなみに、このやり取りは、今日で3度目だった。
「ねぇ!見て!街だよ!」
しばらく、全員が無言で歩いていたのだが、ライトが前を指さして叫ぶ。すでに陽は傾き始めていた。ティーナの言ったとおり夜にはパラディアに着けそうだ。
「良かったぁ。夜までには着けそうね。」
「でも、その前に最後の歓迎みたいだぜ。」
ティーナの言葉にチェルが武器を手に構えながら返す。カルムはすでに柄に手をかけて、戦闘の態勢に入っていた。