第3話 飯島裕子
朝ご飯を済ませた俺は昨日の公園に足を運んだ。
大雨の中、公園内を傘を差して歩き回る。
さすがに公園には人っ子一人いない。
俺は公園を隅々まで見渡し監視カメラがないことを確認するとほっと胸をなでおろす。
これなら警察が俺の存在を嗅ぎつけることはないかもしれない。
そして俺は最後に昨日男を殺した場所に向かった。
「……え」
男の死体はなくなっていた。
男が倒れていた場所を見下ろすがそれらしい痕跡もない。
大雨のせいだろう昨日俺が流した血も男の血もすべて洗い流されていた。
だがしかし、俺が男に投げつけた石は昨日と同じ場所に落ちている。
それではあの男の死体はどこにいったんだ?
「……あっ、てんめぇ!」
大雨の中、頭を悩ませていると女の甲高い声が耳に入ってきた。
条件反射でその方向を振り向くとそこにはTシャツとスウェット姿の金髪女がスマホと傘を持ち、口を半開きにして俺をにらみつけていた。
その女は眼光鋭く目を見開くと、
「やっぱてめぇだっ! おい、真ちゃんどこにいんだよっ!」
傘を投げ捨て距離を詰めてくる。
「え、し、真ちゃん……?」
「これ、てめぇだろうがっ!」
女が俺の顔の前に突きつけたスマホには、俺が後藤田真一に殴られ蹴られている際の動画が流れていた。
俺が涙ながらに助けてくださいと懇願している姿もばっちりと映っている。
そういえば昨日の男は俺が必死で謝っているところをスマホで撮影していたようだった。
「昨日この動画うちに送ってきてから真ちゃんと連絡とれねぇんだよっ! てめぇ真ちゃんに何かしたんだろっ!」
女は顔を近付け詰め寄ってくる。
「い、いや、俺は別に……」
「真ちゃんどこだよっ!」
「だから――」
「答えねぇと殺すぞっ!」
大雨の中、女は持っていたスマホまでも投げ捨てるとズボンのポケットからバタフライナイフを取り出した。
「っ!」
その女は有無を言わさず問答無用で俺の顔めがけナイフを突き刺してくる。
「くっ……」
俺は瞬時に反応し横に避けるも女のナイフがこめかみをかすった。
血が飛び散る。
「お前頭おかしいんじゃないのかっ!」
「真ちゃんどこやったっ!」
瞳孔が開ききった目を血走らせながら女がナイフを振りかざす。
ヤバいっ、クスリでもやってるのかこの女。
完全にイカレてる。
話なんて聞いてもらえそうにないっ。
俺は手に刺されるのは覚悟の上で女の手首を両手で掴みにいった。
「ぐぁっ……」
手に切り傷を負いながらも女の手首をがっしり掴む。
「てめ、放せよっ!」
「うぐぐっ」
「て、てんめぇ……このっこらっ!」
女は俺の手を振りほどこうとまるで壊れた洗濯機のように全身を使って暴れ出した。
「放せよてめぇっ……!」
「放すかっ!」
と次の瞬間――
ドスッ。
「うっ……!?」
揉み合いの末ナイフが女の左胸に突き刺さった。
「がっ……て、てめ……」
大雨の中、膝から崩れ落ちるようにして地面に倒れる女。
恨みがましい目を俺に向けながら俺の足首を弱々しく握る。
が、すぐにこと切れたらしく女は地面に出来た水たまりにぱしゃんと顔をうずめた。
直後、
ててててってってってーん!
後藤田真一の時と同じく頭の中におかしな効果音が流れた。
続いてロボットのような口調の、平坦な声が頭に響く。
『鬼束ヤマトは飯島裕子を殺したことでレベルが1上がりました』
『最大HPが3、最大MPが0、ちからが2、まもりが2、すばやさが1上がりました』
『鬼束ヤマトはクドゲの呪文を覚えました』
「はぁっ、い、今のは仕方なかった……はぁっ、やらなきゃやられてたんだからな」
俺は地面にうつ伏せで倒れている女を見下ろしながら、自分に言い聞かすように声を震わせる。
しばらくしてハッとなった俺は周りを見回すが、大雨の降りしきる公園内には誰もいない。
俺は雨に打たれながらこの状況をどうするかを考えていた。
正当防衛でいけるだろうか?
でも相手は女だ、腕力の差を考えるとやはり過剰防衛の疑いもかけられるのでは……。
雨の中考えを巡らせていると俺の目に信じられないものが映った。
女の死体が突如透けだしたかと思うと俺の目の前から完全に姿を消したのだ。
「!? き、消えたっ!?」
女の胸に刺さっていたナイフも血もきれいさっぱり消えてなくなった。
残ったのはさっきの女が放り投げた傘とスマホだけ。
「ど、どういう……」
どういうことだ?
昨日の男もこうやって消えたのだろうか……。
だから事件化しなかったのか……?
依然としてわからないことだらけだがわかっていることもある。
それはこの公園には監視カメラがないということ。
前回も今回も目撃者はいない。死体もない。
つまりこれは……完全犯罪。
「はははっ……」
俺は自然と笑っていた。
自分でも驚きだが人を殺したばかりだというのに、人を殺した感触がまだ手に残っているというのに、罪悪感は微塵もなかった。
それどころか気分の高揚すら感じていた。
「俺、おかしくなっちゃったのかな……」
それとも本来こういう人間だったのか。
雨脚が強くなる中、俺は自分の手に視線を落とし自問自答する。
と、
「どうだろうね」
俺のすぐ後ろから子どもっぽい声が聞こえた。
「っ!? だ、誰だっ!」
慌てて振り返ると、
「僕? 僕は石神あきら十二歳、小学生だよ。でも殺人者としてはお兄さんより僕の方がだいぶ先輩だけどね」
傘を差した一人の少年がにっこり微笑んで俺を見上げていた。