第110話 久保哲司
「が、ごふっ……!?」
「ちっ、少し浅かったか」
俺は血が噴き出ている首を押さえながら「ク、クフイカっ……」と回復呪文を唱える。
と一瞬にして首の傷が消えてなくなる。
「ん? なんだ、てめえ回復呪文が使えるのか? そんな情報聞いてないぜ」
「誰だ、お前っ?」
俺は男を振り返り見た。
するとそこにいたのは狼男のような顔をした化け物だった。
「な、なんだっ……?」
「てめえ、石神あきらの仲間だよな。オレのこと殺しに来たんだろうが返り討ちにしてやるぜっ」
目の前にいる男はあきらのことを知っているようだった。
それにあきらの教えてくれていた話と特徴が合致している。
顔こそ人間のそれではないものの、こいつがターゲットの殺人者である久保哲司に違いない。
きっと獣人化の呪文とやらですでに変身した後の姿なのだろう。
「しゃっ!」
久保は地面を駆けると俺に向かって腕を振り下ろした。
腕も手も青黒い毛に覆われていてやはり化け物のようだ。
さらにその攻撃力もまた化け物じみていた。
「うあっ……!」
俺は久保の腕を受け止めようと両手で掴みかかったのだが、片腕だけではじき飛ばされてしまう。
「はっはーっ、その程度かっ!」
「くっ……」
地面に転がった俺に追い打ちをかけるべく久保が突っ込んでくる。
俺は素早く起き上がると「マダズミっ!」と叫んだ。
その刹那、久保の顔の周りを水で出来た球体が包み込んだ。
「がぼっ……!?」
「はぁ、やったぞ」
久保の動きが止まった。
一度発動したら俺の水球呪文からは何人たりとも逃れることなど出来ない。
俺は勝利を確信した。
だがしかし、
がぶ、がぶ、がぶ、がぶっ……。
久保は一心不乱に水を飲み込み始めた。
「な、おい、嘘だろ……」
「……んぶはぁ~。喉が渇いてたからちょうどよかったぜ。ごちそうさん」
久保は顔の周りにあった水すべてを飲み干してしまった。
……こいつはヤバい。
そう悟った俺はすぐさま逃げの態勢に入った。
「おっ? なんだ、逃げるのかっ?」
墓石の陰を上手く利用して久保から距離を取ると、俺は墓地のそばにあった林の中に身を隠す。
「はぁっ、はぁっ……」
息を殺し久保が諦めてくれるのを待つが、
「オレは今獣人化してるんだ、いくら逃げ隠れしようがてめえの居場所は手に取るようにわかるんだぜっ!」
声を張り上げると鼻をすんすんと鳴らし出した。
「ちなみにオレのレベルは94だ、てめえはせいぜい50ってとこだろっ!」
……どうする?
このままだといずれみつかってしまう。
おそらく俺が武態呪文を使ってもちからは向こうの方が上だろう。
つまりみつかればやられるのは時間の問題だ。
「くそっ……」
それでも俺はとにかく今出来ることをするために「イタブ」と小さく口にする。
直後俺の体が戦闘モードに変形していく。
全身の筋肉が隆起し、体が硬質化する。
「これで少しはやり合えるはず――」
「みつけたぜっ!」
久保の声が背後からした。
同時に俺が背にしていた大木ごと久保は俺の背中を鋭くとがった爪で引き裂いた。
「ぐあっ……!」
「ん? なんだそりゃ。てめえも変身したのか?」
「く……この」
この野郎、なんてパワーだ。
大木を挟んでいなかったら体が真っ二つになっていた。
「道理でさっきよりなんか硬えなぁと思ったぜ」
ドラゴンの皮膚のように全身硬質化しているはずなのに、その上からダメージを与えてくるなんて……。
やはりまともにやり合っては勝てそうにないぞ。
「でもよお、それがとっておきならてめえに勝ち目はないぜっ!」
残りMPは44。
こうなったらいちかばちかやってやる。
「うおおおーっ!」
俺は久保に立ち向かっていった。
「おっ、玉砕覚悟ってやつか? いいねえ、そういうの嫌いじゃないぜっ」
「うるさい――ぐおっ……!」
俺は久保のパンチを体に受けてしまう。
しかし、ふっ飛ばされる前に久保の腕を両手で掴むと全力で跳び上がった。
さらに久保を引き連れたまま宙で「インテっ」と口にする。
「なんだ、何がしたいんだてめえっ」
「インテっ!」
「くっ、よくわからねぇが放しやがれっ!」
「インテっ!」
久保に殴られ意識が飛びそうになりながらも、俺は転移呪文を繰り返し使用してとにかく上空へと久保を連れていった。
「この野郎がっ! 放せって言ってるだろうがっ!」
「これで最後だ、インテっ!」
気付くと俺たちは上空五十メートルほどの高さまで跳び上がっていた。
俺はいくら殴られようが久保をがっしりと掴んで放さない。
これが久保を倒せる最後のチャンスなのだ。
「てめえ、まさか相打ち狙いかっ!」
「ああ、このまま地面に頭から落下すればお前を倒せるだろ」
「そ、そんなことしたらてめえまで死ぬぞっ!」
「かもな」
前に大学で習ったような気がする。
物体が落下した時の衝撃は、落下するスピードの二乗がどうたらこうたらと。
よくわからないがとにかく落ちる距離が長ければ長いほど落ちるスピードが増していくってことだろ。
……合ってるのか自信はなったくないがな。
「くそ、やめろっ! 放せっ、放しやがれっ!」
「あ、暴れるなっ」
俺は残る力のすべてをかけて久保を強く抱きしめた。
その間にも地面はどんどん近付いてきていた。
「放せぇーっ!!」
「放すかーっ!!」
そして――
ドゴオオォォーン!!
次の瞬間、俺と久保は頭から地面に直撃し地面にはクレーターのような深い穴が開いた。
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