存在
「ならわしが聞こう。」
大狸の言葉に
「いえ、直接お会いして伝えねばなりません。」
啓徳も一歩も譲らない。
「いや、じゃから聞くといっておろう。」
「いえ、直接お話いたします。」
「頭の固い奴だな。まったく、師も師なら、弟子も弟子だ。」
狸は困ったように言葉を詰まらせた。
「どうします?」
狸は空に向かって問いかけた。しばらくして
「そうですか。この石頭に理解できますかね。」
とつぶやきながら、啓徳のほうを見た。
「よいか。すでに先ほどから、法海殿はずっとお主のそばにおるのじゃ。お主の未熟な法力では捕らえられまい。異界といってもお主の感じ取れるのはほんの一部じゃ。お主は地上の世界が3つの次元で出来ておると思うておろう。それは主がそれしか感じ取れんからじゃ。この世界も同じ。お主にとっては元の世界と同様な景色としてしか理解できん。だから主の次元を超えた存在である法海殿を感じ取れん。」
啓徳は狸の説明に納得できなかった。
「どうすればわしもそこへいける?」
「じゃから、無理なのじゃ。もし同じ世界にいけば、主は元の地上も戻るや否や消滅することになる。同じ時間内に両方の世界の存在がいることは許されんのじゃ。」
「ならば、わしが戻らなければよいわけだ。」
啓徳は笑った。
「何をいうか!」
狸は激怒した。
「存在が消滅するということは死ぬことではないのだぞ。お主自身が全て無になることなのじゃ。無とは無くなることではない。この世の法から解き放たれた解脱の世界じゃ。未熟な魂が行って耐えられるところではないわ。聞こえるじゃろ。異界でのあやつの本体は解脱に失敗した未熟な魂どもなのじゃ。」
狸の気迫に呆然としていた啓徳だったが、一筋の涙が流れた。
「もうよかろう。今のお主の涙ですべてわかったそうだ。お主の師は、最期の決断をしたということであろう。」
啓徳はうなだれたまま、立ち上がると去ろうとした。
「お主は、地上へ戻れ。この世界は獣の魂そのものじゃ。奴が消えれば、この異界も無くなる。その前に全員連れて立ち去るかよい。」
狸は啓徳に忠告すると、その場から消えた。




