もうひとりの法海
異界に行った啓徳は、法海の姿を求めさまよった。体が異界になれたのか、水も食料も必要としなくなった。
当てがまったく無いわけでもない。雷鳴のするほうに必ずいるはずだ。子弟だからわかることがある。異界の中でひときは高くそびえる山がある。異界の山には名前がないので、法海は須弥山と呼んでいた。そこは不思議な山で、どこまでもなだらかな道が続き、登っているかと思うといつのまにか麓に戻っており、引き返そうとしても別の場所に出てしまう。まるで道が常に変化し続けているようだった。
まるで西遊記の天竺への道のようである。いけどもいけどもたどり着けず。魔物の幻術なのか、法海の力なのか。まるで、山が自分を試しているかのようだった。
啓徳は途中の石に腰を降ろすと、歩くのをやめた。やがて目の前に見覚えのある姿が現れた。
「もう十分でしょう。お帰りなさい。」
綾ねえだった。啓徳は自分が幼いころの啓太に戻っていくのを感じた。
「あの気丈な姉が、あきらめろなどと言うだろうか。」
これはきっと、異界の邪気が見せる幻覚に違いない。
「いや、大丈夫。少し落ち着いて考えをまとめているだけだから。もうじき出発する。」
それを聞いた綾はさびしそうに消えた。
「おーい。迎えに来たぞ。わしらまた一緒に戦うぞい。」
法六と権蔵が現れた。これは地上の法海の指し金か?
「わしら三人で、またやつを封じればいい。」
あいかわらず法六が陽気におどける。
「いや、やつは以前より強力だ。わしらだけではどうにもならん。」
啓徳はきっぱりと言い放った。とたん彼等の姿は失せ、師、法海の姿になった。
「何しに来た。わしが地上へもどれば消滅してしまう。そうなれば今封じておる力の消えるのじゃぞ。それこそがやつの狙い。それでもここに留まるというなら、破門じゃ。」
「さて、ここにいるのはわが師でしょうか。それとも地上にいるのが師でしょうか。」
啓徳にとって唯一の師は、この異界で共に暮らし、かつて獣と戦った存在だけだった。今異界にいるのは獣が隠していた法海の残りの魂のほうだ。それに彼の知る法海は己の身を案じたり、相手を非難することはしない。彼がふざけて経を読んだときも、しかることなく諭したくらいだ。
「ふん。やつも大した弟子を育てたな。少々お主を試した。ところで何をしに舞い戻った?」
そういって、目の前の存在は、大狸の姿になった。
「わが師よりの言葉をこの地にいる法海に届けに参りました。」
啓徳は目の前の狸に臆することなくしかし、敬意を払って答えた。




