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古墳

 そのころ群馬の地で、古墳研究をしてる藤原飛鳥ふじわらあすかという大学生がいた。埼玉の熊谷・行田と調査しながら、上毛野の遺跡へとたどり着いた。


 この一帯はかつて毛人といわれる大和と敵対する豪族たちが住んでいたとされる。その名残といわれているのが前方後方墳である。フォッサマグナを取り囲むように位置し、黒曜石の産地とも符合する。彼は、毛人たちの信仰した神を奉るために前方後方墳が築かれたのではないかと考えていた。ところが、大和朝廷が彼等を制圧すると、そこに自分たちの領土を示す前方後円墳を造った。


 前方後方墳が神をあがめるためのものなら、前方後円墳は神を封じるものなのではないか。きしくもそれは鍵穴のようにみえる。昔はもっとあったものが、災害の少ないこの一帯に多く残ったのではないか。

 前方後方墳が神に仕える者の墓であったのに対し、前方後円墳が人の王のものであるといわれている。


 その神が何なのかはわからなかったが、日本の中央のこの部分に巨大なエネルギーの塊があり、それが大和民族に牙を剥き出したとも言えよう。それは、中部日本と西日本とがガチンコの戦いを始めたといってもいい。


 飛鳥の相棒に、古墳の絵を描いている男がいた。長瀬狂二ながせきょうじ。建築家の父が明治の建築家、永瀬狂三にあやかってつけた。名前とは対照的に精密な絵を描く。しかしそれは今見えている風景ではなかった。そこには建設当時の光の一本一本、いや一点一点までも写し取られてるかのような鮮やかで活気のある光景が広がっていた。狂二は古墳は墓ではなく、死後の住処だと考えていた。古代人の美意識を現代に取り入れられないかと考え、飛鳥に同行してきた。中庭のある方墳のような商業施設。あるいは、埴輪ロボットなどである。


「今の風景なら写真でいい。必要なのは当時の風景を再現すること。」

 そういう条件だったから彼は同行した。

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