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8.狂華

 僕は、母上に似ている。肌の色だとか、髪の癖が一つもないこととかだ。でも、性格はどうやら、父上に似てしまったらしく、同業者からは良く、自滅へ向かっているのだと言われる。


 電話が鳴った。ミタニ専用着信音もとい、今はヒュー専用。


「はい」


「やぁミチル」


「仕事?」


「うん。喜んで、ミチル。今回はJapan。君の故郷だ」


 辞退して良いですか?


「え〜っ」


「故郷は嫌い?」


「大嫌いだ」


「良かった」


 いつものことだけど、ヒューってやっぱり変だよなぁ。


「で、日本のどこに行けば良い?」


「だから、君の実家」


 あぁ、リアル故郷ですか?


「え〜っ」


「じゃあ後程。勿論今回も君の仕事を見届けさせてもらう」


「最低……」


 僕はやっぱりゆっくりとシャワーを浴びて、家を出た。


 さて、僕は今、ビジネスクラスのシートに乗っている。ロンドンと日本の時差は約9時間だから、真夜中に出発するはめになった。


「シャンペンはいかがですか?」


 懐かしいセリフだ。僕が5年前、当時ヒュー家の当主だったアルフィスを殺したときも、同じようにシャンペンを持って変装していた。初仕事だったから、念の為僕に変装した同業者を会場に紛れ込ませておいたんだ。

 変装していた僕にとって、アルフィスの部屋へ行くのはたやすかった。アルフィスは仕えるメイド全てに手を出していたから、新入りだと伝えればすぐに部屋にご招待されたわけだ。そしてベッドに入る直前に額をドンッ。

 それから、アリバイを作りにアルフィスの息子・ナサニエルに第一発見者として暗殺のことを伝えに行く。

 そういえば、ナサニエルは僕の雇い主のようなブロンドではなかった。むしろ鉄みたいに掠れた銀髪だったんだ。というか、あの会場にいたヒュー家の者達の中に、僕の雇い主はいただろうか?

 いや、僕は見ていない……。まさか、ナサニエルに兄弟でもいたのだろうか? ナサニエルは確か僕がこの手で殺したはずだ。ならば、雇い主がナサニエルの兄弟だとしたら……? どちらにせよ、雇い主のことは調べる価値が有りそうだ。


「ありがとう、でも僕はいいよ。今から仕事なんだ」


 やんわりと笑って断ると、客室乗務員も同じような笑顔を見せた。










 

 静岡県浜松市。僕の家である大沢家が華族として栄えた僕の大嫌いな故郷。

 そして僕の目の前には、大嫌いな僕の実家。表札には、大沢の文字。

 あの日、父上を殺してすぐに逃げて来たから、母上が生きているのかも、死んでいるのかもわからない。


「で」


 左耳のマイクロ・フォンに尋ねる。


「ターゲットは?」


 実に嫌な予感がする。左耳からヒューの楽しそうな声が聞こえた。


「君が出て行った後、気が狂ってしまった可哀想なご婦人」


「まさか」


 だって、あの時動かなくなって、僕のせいで、全てが僕のせいなら、僕は消えてしまった方が良いはずで。


「シズヨ・オオサワ47歳……ミチル、君の母上だ」


「ふざけるな! 僕は降りる! 何で僕が母上を!」


 全身に走る怒り。今度こそ僕は、ヒューを憎めるかもしれないと思った。


「僕は依頼されただけさ。ミチル、まさか僕が私情で君に殺しをさせていたとでも?」


 そうではない、と言うのか。


「違うの?」


「違うよ。そこまで狂っちゃいない、まだ」


「じゃあ……!」


 一体誰が、と言いかけて、ある者達の顔が浮かんだ。


「そうさ、ミチル。君のお爺様とお婆様」


「……わかった」


「言っておくけど、余計な被害は出さないでね?」


 僕はヒューに聞こえないように、わざと静かにわかったよ、と呟いてマイクロ・フォンを切った。僅かばかりの抵抗。

 僕は大沢家の大きな門を見上げた。


「ごめんください」


 久しぶりに日本語を使う。発音は大丈夫だったかな、とか母上は僕を覚えているかな、とか考えている内に、門が開いた。


「どなたかしら」


 真っ黒で癖の無い髪、雪のように白い肌。かなり痩せた事以外特に変わった様子がない僕の母親。ヒューの嘘吐き、ちっとも狂っちゃいない。


「……」


「あの?」


 久しぶりの再開と、生きていたことの喜びが僕を支配して、自分が誰かを説明するのを忘れていた。そうだよね。僕が15年も前に出て行った娘だなんて、わかるはずないか。


「ぼ、僕は」


「……その青い目は、満ですね?」


 優しく微笑む母上につられて僕も微笑んだ。


「ただいま」


「お帰り。全く、15年もどこに行っていたのですか? 突然だったから、私も貴女のお父上もとても驚いたし、心配したのですよ」


「え? 父上が?」


 生きていると言うのか。僕が驚愕していると、左耳から声が聞こえた。


「ミチル、お母上が狂ってしまった事、忘れてないよね」


「えっ?」


「どうかしました? 満」


 マイクロ・フォンを介しての僕とヒューの会話は他人には聞こえない。母上には突然僕が声をあげたように見えたのだろう。


「そういう事さ、ミチル。まだ怪我が治りきってないんだから、気を付けなよ」


 マイクロ・フォン越しの声はそこで途切れた。


「ミチル、ほらお上がり。お茶でも飲みましょう? お父上も一緒ですよ」


「は、はい」


 僕と母上は門を過ぎて、家の中へと入って行った。部屋や廊下に懐かしい、と声をあげながらも、考える。

 ヒューの言葉を信じた方が良いのかな。この前は助けられたし。だとしたら、さも父上が生きているかのように話すこの女は、誰?


「ミチル? 今日は何だか上の空ね。あら、貴女はいつもだったかしら? こっちよミチル、茶室を覚えていないかしら?」


「えっ……あぁ、お茶だったね」


「そう、こっち。そこにお掛けなさい。待っていて、今お父上を持って来ますから」


「……? うん」


 持って来る? 連れて来るの間違いじゃないの? まぁ、母上はフワフワした人だったしな。やっぱり嘘、だよね。母上が狂っているはずがないよ。そんな様子なんてないしね。あれ、僕なんかそう思い込もうとしている? そんなはずないか。心配性だね、ミチル。


「ミチルー! よいしょ、お父上ですよ」


 ドサッ


「どさ?」


 僕は現実に引き戻された。あぁ、やっぱり今回は残念ながら、ヒューが味方みたいだ。



 僕の目の前に腰掛ける……違うな、運ばれて腰掛ける体制にされた父上、の、死体もとい、ミイラ? うわクサーい。


「母上?」


「はぁ……お父上の重さったらもう、でもね、水分があった時よりはずっと軽いのですよ。そうね……もう少ししたら肉も腐れ落ちて、もっと軽くなるかもね」


 笑顔。誰だ、お前は一体、誰なんだ?


「母上、いや、お前は誰?」


「何を言っているの? 満、お父上の前でそんな口を叩くんじゃありません」


 首を傾げる母上。本当にわからない、と言う顔。あぁダメだ。母上は狂っちゃった。


「満、お父上に謝罪しなさい」


「母上、あぁ母上。貴女は狂ってしまわれたのですね」


「何を言っているの? わからないようね、お父上に謝罪しなさいと言って……」


「ミイラじゃないか!」


「……ミチル」


 赤い着物。真っ赤な花火。マッカナハナビ。


「は、はうえ……?」


 左脇腹に鋭い痛み。包丁が、刺さっている。


「満……私の可愛い満。お父上と同じように青い目」


「え?」


 父上と僕が、何だって?


「うっあああっ……あああっ……いたい、いた……!」


 ズブズブズブ! 左脇腹にあった包丁は、突き刺さったまま、いとも簡単に心臓に近付いていった。


「く……は……!」


 右手が、動く。ゆっくりと、右足の付け根に伸びた。


「満……お父上と仲直りなさい。今同じところへ連れて行ってあげるから」


「母上」


「なぁに?」


 微笑む母上はそれはそれは美しく、真っ赤な着物と同じ色の真っ赤な僕の血が付いた顔はひどくバイオレンスだった。


「    」


ドン


 僕が撃った弾丸は、母上の左胸を貫いて。そのまま僕の意識は暗くなった。




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