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18/18

18.愛

 その国の女王は、数ヶ月前までは、ベッドに寝たきりの老いた実権者であった。しかし、彼女の心が老いたことはなく聡明で、いつ行政について貴族院から相談を受けても、的確なアドバイスをした。ある日彼女は呟いた。

「私、再生しようと思うわ」

 女王を訪問していた貴族院の議員はついに女王もおかしくなかったかと思い、首を傾げた。皆が、女王の虚言だと思っていた。だが、翌日になり皆が驚愕した。女王は少女になっていたのだ。


 僕の目の前には、バッキンガム宮殿。イギリス王宮の代名詞だ。

「シェン」

 彼の名を呼んでみる。返事がないことに少し物足りなさを感じた。いつもの彼なら、僕の左耳にマイクロ・フォンから語りかけてくるはずだ。

 全く、何故僕に何も言わずに行動したりするのだろう。もしかしたら、僕は女王のオモチャになりたいかもしれないじゃないか。まあ、自由に生きる僕に限って、そんなことは絶対にないけれど。

 僕のブーツのヒールが、王宮の床とぶつかって、音を立てる。警備の人間が近づいてきた。美しい銀色の髪だけが、深く被った警備帽子から覗いているから、顔がよくわからない。

「どちらさまだ?」

 うん、微妙な言葉遣いだ。

「僕はミチル・オオサワ」

「ああ、女王が気に入っていた方か。入れ」

「ありがと」

 ゆっくりと歩く僕のコートの裾から、ロングスカートがチラリと見え隠れするのを、彼は見ていた。

「女か?」

 突然の質問でも、この手のやつにはかなり慣れている。僕は髪が長いわけじゃなくて、寧ろとても短いから、たまに男女の区別がつかないんだ。おまけに可愛らしい声でもない。

「そうだよ」

「それは失礼した。私はてっきり男だと思っていた。女王がオモチャにするのは男だけだから」

 やっぱりね。

「だろうね。だったら女王も僕のことを男だと思っている可能性が高いのか。女王に会いたい」

「許そう。身代わり人形を助けにきたのだろう?」

「そうだけど……」

 何故わかるのだろう。何者だ?

「ダスク、まさか僕が誰かおわかりでありませんか?」

 深く被っていた帽子を、男が上げる。

「あっ!」

 プラチナの髪、緑の目、中世の騎士のような精悍な顔立ち。どうしてわからなかったのだろう。それ程に僕は動揺しているのだろうか。

「声は変えてあるから、流石のダスクでもわからなかったようだな。兄上を頼みたい」

「シュナ・クリスチャン・ヒュー!」

 そのプラチナの騎士は優しく微笑んだが、すぐさま真剣な顔付きに戻る。

「早く行け。必要ならば、ルナを助太刀させる。兄上を救えるのはお前だけだ」

 できればルナさんの助太刀はいらないのだけれど、相手が女王なら必要かもしれない。

「うん!」

 僕は走り出した。


「ねえ、リリィ。私達の時間を奪おうとする者が近づいてくるの」

 フワフワの髪を払いながら、女王は溜め息をついた。一体誰が近づいてくると言うのだろう。そうなれば多分、俺はソイツを殺さねばならないだろう。

 不意に美しいブルーアイズが思い出された。いや、彼女―――ミチルは来ないはずだ。俺のことを憎んでいた。まあ、それがミチルを守るために、俺が仕組んだことではあるのだけれど。ジャンから真実を聞いたミチルはきっと、その下らなさに溜め息をついたはずだ。自分を苦しめた原因が、ただの一個人的な歪んだ愛だったわけだから。それに、俺が彼女から逃げ出したと思っているに違いない。俺だって、はじめ彼女に接触したときから彼女を愛していた訳じゃない。ナサニエルのかたきとして恨んでいた。だが、その美しさと、あれほどの嫌がらせを受けても全く俺を憎む気配のない彼女の中身に惹かれた。彼女を解放してやろうとした矢先に、女王が彼女を渡せと言って来たからやむを得ず手元に置くことになってしまった。彼女にそれを悟られてはいけないから、仕事を入れた。彼女の母については、利用して俺を憎ませようとした訳ではない。事情を知り、彼女にケリをつけさせたかった。彼女の実の父については、彼が依頼してきたため、いいカモフラージュになったと思う。ミチルは上手く父親を説得できただろうか。ジャンには、彼女に俺が身代わりになったこ

とは絶対伝えるなと言っておいた。特別な理由がない限り、ジャンは約束を破る奴じゃあない。

「では、僕が貴女を守りますよ、女王」

「必要なくてよ。それから敬語止めてくださる? リサでよろしいわ」

「ではせめてリゼッタ様と呼ばせていただきます」

 あくまで女王陛下だ。あだ名でなんて呼べない。ヒュー家を脱却したが、貴族を辞めたつもりはないのだ。しかしそれは、少女のお気には召さなかったようだ。何故かはよくわからないが、少女は頬を膨らませている。

「嫌いなのです! その名前は!」

 いけない、俺は女王のオモチャ。女王の機嫌を損ねては処分されかねないのだ。

「ご、ごめんなさいリサ」

 少女の顔にたちまち花が咲いた。

「よろしくてよ。リサ、リリィのことを好いております」

「僕もです」

 心中で溜め息が漏れた。ミチルと会えない今、生きている意味はあまりないにも関わらず、まだ死にたくはないと思う辺り俺も弱い男だと思う。

「ねぇ、リリィ。私良いことを思いついたの」

「何ですか?」

 “良いこと”と言う響きがどうも、悪いように聞こえるのは俺のエゴだろうか。それとも胸騒ぎのせいだろうか。

「リリィが永遠に私と遊んでいられるように、私と同じにするの」

「“同じ”?」

「そう、例えるならば、体と心をわけるのよ」

 わけがわからない。だがもしかしたらそれは、女王が突然少女になったことと関係しているのかもしれない。

「さあリリィ、地下へ参りましょう」

 俺は女王に手を引かれて女王の書斎へと続く階段を下りる。

「地下には何が?」

「私がいます」

「……」

 何を言っているのか、全くわからない。だが、相手は女王だ。見た目は14歳位の少女だが、中身はこれまでイギリスの政治を約30年に渡り見てきた人物。いきなり虚言を吐くわけがない。

 それよりも気になるのは、彼女が如何にして50代の肉体を抜け出し、少女の肉体を手に入れたのか。先程、“体と心をわける”と言っていたことに何か関係があるのだろうか。

 女王の書斎には、数多の本を収納するための、高い天井まである本棚が壁一面にびっしりと並んでいる。

 そこから、更に地下へと続く階段があり、俺は女王に手を引かれて地下へと降りて行った。地下室は暗く細部まではよく見えない。

「私達が生きたいと思っても、体は老いて行くばかりね」

 女王は少しだけ悲しげな声で話しながら、部屋のある部分に触れた。すると、地下室に設置してあるいくつもの証明がつき、部屋を明るく照らし出す。

「……!」

 俺の視界に入って来たのは、無数の卵のようなものが連なっていて、部屋中を満たしている様だった。ただ、その卵は人が1人入れる位のサイズで、上方には何体か、子供のような人影が見えるくらい、透き通っている。

「だから私は体だけを取り替えることにしたの」

「取り、替える?」

 それは俺の理解を超えていて、誰かが俺に向かって深入りしてはならないと叫んでいたが、聞かずにはいれなかった。女王は戸惑う俺に優しく微笑みかける。

「怖がらずともよいの、リリィ。さぁ、貴方の本体と心をわける作業に取りかかりましょう」

 誰かがヤバいと叫んでいるのが遠く感じる。俺はまるで魔力にかかったかのように手を差し出した。


 僕のブーツのヒールが音を立てる。僕が今向かっているのは地下室だ。シェンはどうやら、僕のマイクロ・フォンと通信するための受信機を身に付けたままらしい。僕のマイクロ・フォンを通して、居場所を調べた結果地下室を示していた。

 脳裏に、シュナさんが“必要ならばルナを助太刀させる”と言っていたのが浮かぶけど、すぐさま消す。僕の走る速度ならば、地下室まで約5分。

「無事でいて、シェン。僕は君に聞かなくちゃいけないんだ」

 地下室へ降りる階段は飛び越えて、床に着地した。衝撃が走った足の裏に、ジンとした鈍い痛み。

「シェン!」

 僕は思い切り叫んだ。だが次の瞬間、その光景に絶句する。無数にある奇妙な卵のような物体。そのてっぺんは、遠すぎてよく見えない。何よりも驚愕したのは、女王がこんなに幼い少女だと言うこと。

「ミ、チ、ル……ミチル!?」

 シェンが目を見開いた。

「そんな、君が来るなんて、何故だ、知らないはずなんだ……。ジャンが裏切ったのか? 一体何の特があると言うのだろう……何故……」

 しかし次の瞬間、一瞬だけ嬉しそうな顔をしたのを、僕は見逃さなかった。やっぱり来て良かった。僕、君に聞かなきゃいけないことが有るんだ。

「ねぇ、シェン。聞きたいことが有るんだ」

「?」

「ジャンから真実を聞いた。君が僕を愛してくれたこと、守ってくれたこと。でも1つだけわからない」

「わからない?」

 僕は大きく息を吸って胸に手を当てる。それは今までにないくらい脈打ち、僕の瞳は熱を帯びて潤んできた。裏返りそうな声で、懸命に言葉を紡ぐ。

「真実を聞いた瞬間から、僕の頭は君で一杯なのは何故? 君のことを考えると頭がぼーっとするし、胸が詰まるようだし、無償に誰かに触れて欲しくなる。苦しいのに考えることを止められない」

「ミチル?」

 シェンが僕の方に近づいてくる。その手が優しく伸びてきて、僕の体を包み込んだ。

「続き、聞かせて」

 シェンに抱かれているせいで表情は読めないけれど、その耳元で囁かれた声の調子から優しい表情をしているのがわかった。僕は頷く。

「君が僕を守ったと聞いたとき、腹がたったのに、次の瞬間には胸が締め付けられるようだった」

「それで?」

「……今、無償にキスして欲しい」

 言い終わらないうちに、噛みつくようなキスが降ってくる。余裕のないそれに、キスの上手くない僕は息苦しさを感じて、解放されたときには、軽く酸欠状態だった。だけどそれも束の間、突然少女の声がする。

「リリィも私を裏切るの?」

 その声がする方を見て、僕は驚愕した。女王がナイフを持っている。さっきはあまりよく見ていなかったけれど、その顔には見覚えがあった。

「リサ・ファーパシィ?」

 その名を言った瞬間、僕の記憶がものすごいスピードで駆け巡る。それはシェンと出会った日に殺した、人気子役。

「リリィを返して! 貴女のことは諦めてあげたのです!」

「何故……?」

 リサの幼く愛らしい右目を、確かに僕は撃ち抜いたはずなのに。何故生きている? リサはナイフを握りしめて僕の方へ走って来た。反射的に避けて、左回転して、撃つ。命中。リサは呆気なく倒れた。

「……何なんだ?」

「クロンです」

 僕とシェンの背後から聞こえた声に驚愕する。振り向くとそこには、リサ。

「は、」

 わけがわからない。僕はもう一度先程殺したリサの遺体を見る。そして新たに現れた生きているリサを見る。

「リリィ待っててね。すぐに貴方も再生できるように沢山クロンを作ってあげる」

 リサは首を傾げて微笑んだ。信じられない。目の前のリサと全く同じ姿の少女もクロンだというのか。

「人のクロンを造る技術は認められていないはずだ。何故それができる技術を持っている?」

「答えることはできません」

 ナイフを突き刺すように、攻撃してくる。単純な動きすぎる! 僕はまたも避けて撃った。銃弾は額に命中。

「無駄です」

 またもリサの声がする。しかも次は、2人、3人と増えて行く。これではきりがないし、僕の体力がもたないかもしれない。

「ミチル」

 不意に呼ばれて振り向くと、銃を構えたシェンがいた。

「俺がクロン達の相手をする。クロンが産み出される前に、本体をどうにかしろ!」

「でも、どこに? それにシェン、戦えるの?」

 シェンは不敵に笑った。

「ヒュー家がどのようにして貴族になり得たか知っているか」

 その間にも襲いかかる女王をシェンは次々に倒して行く。その狙撃は速くて正確だ。

「戦争においてその狙撃の功績が讃えられたためだ!」

 凄い。ミタニに訓練されて、銃を覚えた僕は、経験だけで上手くなったけど、シェンはきっとそのヒュー家の血を引くものとして、ちゃんと銃を嗜んで(たしなんで)いたのだろう。

「わかった。じゃ、クロンは君に任せたから。僕は本体を探す!」

 頼もしいじゃん。僕は不気味に連なる卵を見上げた。どうやら、あの中でクロンが創り出されているらしい。僕は床を蹴って、リズミカルに卵を登って行く。この中のどれかが本体のはずだ。でも、そう簡単に探させてくれるわけではなくて。

「ミチル、危ない!」

 シェンの叫ぶ声と同時に僕は右肩に激痛が走ったのを感じた。

「いたいなぁ、もう」

 僕が振り向くと、先程越えていった卵から、またクロンが右肩にナイフを突き刺していた。その眉間に銃口を当てる。

「ごめん」

 クロンのリサの体が床へと吸い込まれていった。そんな感じで時々襲いかかってくるクロンをなぎ払いつつ、卵を登って本体を探すうちに、僕はあることに気がついた。

「女王が少女になったとき、本体は老婆だったはずだ」

 だとしたら、本体は卵の中にある若い体ではなくて。

「年老いた姿を探さないといけない」

 天井まではあと500メートルくらい。そこには、他の卵よりも一段と大きな卵がある。

「あれ、か」

 僕が素早く登ったそのとき。

「死ねぇえ!」

 下からクロンの絶叫とナイフの刺さるが聞こえる。

「シェン!」

「俺は大丈夫だミチル!」

「怪我は?」

「脇腹をやられたけど、まだいける。でもあまり時間がない!」

「わかった!」

 ようやく辿り着いた一段と大きな卵。そこに銃口を向けた。

「くっ……」

 先程右肩にできた傷が力を込めるのを邪魔する。僕は左手を添えた。

「さようなら」

 僕が撃った銃弾は女王の心臓を貫いた。同時に、動いていたクロン達が崩れ落ちる。


「ミチルお疲れ様」

 卵から降りると、脇腹を抑えるシェンがいた。

「シェン、凄い出血だ! 早く手当しないと!」

 このままでは出血多量で死んでしまうかも。それは不味い。でも、僕の心配をよそに、シェンはまたあの不敵な笑みを浮かべた。

「じゃ、“愛してる”って言って」

「なっ!」

 突然、あのキスを思い出して、顔に熱が集まる。僕、女王の前で……!

「言わない!」

「えーっ何で? 僕はミチルを愛しているのに」

「うるさい!」

「あれ、もしかしてミチル照れてるの?」

「ちが……ん」

 突然真剣な顔で見つめられて、優しいキスをされる。あぁ、僕はもう、この人に弱いんだ。

「可愛いね、ミチル」

「……わかったから、言えばいいんでしょ」

 さっきまで戦闘していた地下室には女王のクロン達の亡骸が散乱していて、ムードもない。まぁ、僕とシェンにはお似合いかも。僕は小さくしか出ない声を精一杯出すことに専念した。

「あ、愛してる……っ」

 はじめて他人に向けて使ったその言葉がやけに恥ずかしくて、しかもその赤面した顔をシェンの綺麗な目が見つめている。

「放さないから。俺だけの美しい夕闇、ミチル」

 結局僕達は、夜明けにヒュー家の屋敷へ戻った。




 さて、今回まで根気強く読み続けてくれた読者の皆様、本当にありがとうございました。はじめまして。紗英場 さえばわたるです。

 小説家になろうでは初の作品。しかも苦手な連載です。でも個人的に書くのはかなり楽しかった!

 こんな構成なので、最後まで読んでも?な部分があるかもですが、どうでしょう皆様、楽しんでいただけましたか?

 個人的にはかなりシェンが好きです。作者に似てかなりの曲者です。王子様ルック最高!

 また、私が僕と言う一人称が書きやすいと言うだけで、ミチルの一人称を僕にしたのに、なんか真面目な理由なんかつけてしまいすみません。はい、ただの私のエゴですね。

 では、また次の作品でお会いしましょう。

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