17.真実
次が最終話とか言っておきながら終わりませんでした。ごめんなさい。もう一話だけお付き合い下さいね。
「ねぇ、貴方は私のものになってくれたのでしょう?」
人にものを尋ねるとき、首を傾げるのは、彼女の昔からの癖だ。姿が子供なだけに、それはそれは可愛らしく映る。さしずめ俺は、彼女の“オモチャ”と言うところか。ミチルを守らなければ、多分こんなことは絶対になかったはずだ。
「その通りでございます。女王陛下」
「リサと呼んで」
「めっそうもございません」
本当に、目の前の少女が女王陛下だと思うと、ぞっとする。彼女はもっと老けていたはずだ。それが、ある日突然少女になった。一体、いつから?
「どうして? 貴方は私のものなのです、仲良くしましょう?」
「ええ、それは勿論」
「丁寧に話さなくても良くてよ。貴方はただ、何も気にせずに私を愛していれば良いの。そうだ、貴方が私のものになった記念に、新しい名前をあげる」
「ありがたき幸せ」
「“ありがとう”で良いの」
「ありがとう」
「良い子ね、貴方は今から“リリィ”と名付けてあげる。美しい貴方にピッタリでしょう?」
ああ、俺は名前を呼ばれる権利さえ奪われたのか。幼い頃から嚔のような自分の名前が嫌いだったが、彼女……ミチルが呼ぶと何故か心地良く鼓膜を震わせた。シェンと呼ばれるだけで、彼女を思い出せる程に。
「シェンは貴女が初仕事でアルフィス・ヒューを殺したとき、ナサニエルの執事をしていたの」
僕は今、書斎でトワイライトさんに真実とやらを聞いている。
「執事?」
でも、シェンはヒュー家の分家出身で、貴族だと聞いている。わざわざ執事に分家の貴族を使うだろうか?
「貴族の本家と分家ってよく勢力対立があるっしょう。ヒュー家もそういう対立があったの。シェンの父親はね、分家だったけれど、特別に対立はしていなくて、寧ろ中立だったから、本家と分家の中継役みたいだった。彼がいたから、ヒュー家はよくまとまっていたわ。でもそれを面白く思わない人もいたの。シェンの父親は暗殺されたわ。雇われ殺し屋によって」
「そうだったんだ」
いがいなくらい重い過去を背負っていたんだ。あんなだから、華やかな幼少期を送っていそうだけれど。シェンの父親を殺したのは僕の先輩かな。
「父親が殺された後、身の拠り所がなくなったシェンはいつ暗殺されるかもわからなくて、困っているときに、たまたま親睦があったナサニエルが執事として拾ってくれることになったわ。だからシェンはナサニエルにとても感謝していた」
「でも僕が殺した」
「そう。ナサニエルは誕生日パーティーで貴女を見つけて、アルフィスを殺したのは貴女じゃないかとすぐに疑ったわ」
僕はワザとそうした、と言うかそうしている。銃弾は特注品にしているし、どんなに不自然でも必ずコートにロングスカートだ。それは多分、誰かに自分を止めて欲しいから。
「貴女のことを調べだしたナサニエルをシェンは止めた。執事の情報網で貴女のことはロゴまで知っていたみたい」
僕の銃弾は特注品で、蝶のマークとDUSKのロゴが彫ってある。業界ではとても有名なマークだ。
「ナサニエルは僕を見つけ出してしまった」
「そう、見つけ出してしまったわ。貴女はナサニエルを殺した。シェンはその時から、生前のナサニエルとの約束で当主になった。簡単じゃなかったわ。でも貴女を憎む力が勝利を産んだの」
「僕のこと、憎くなくなったと言っていた。いつから?」
「当主になってからね。シェンは貴女に復讐しようとしたの。そうして貴女のことを調べて、あの日初めてミタニの事務所に依頼した。シェンは貴女を精神的に攻めるつもりだったわ」
確かにそうだろう、あの依頼の日、僕はかなり苦しんだ。何故僕がこんな目に遭わなくてはいけないのかと何度も考えたけれど、僕は過去の仕事は忘れる主義だから、思い出せなかったんだっけ。
「でもね、ミチル。憎しみは簡単な事で愛に変わるの」
「?」
「貴女を見て、話すうちにシェンは貴女を愛していたのよ」
「なっ……!」
一瞬にして顔が熱くなった。シェンが、僕を愛している?
「あら、真っ赤。可愛いわね」
そんな馬鹿な。素振りも見せなかった癖に。でも、悔しいけれど確かにそれなら辻褄が合う事が多い。シェンがあの部屋を僕に用意した意味がわかる。
「それだけなら良かった。シェンは貴女に自分の愛を伝える気なんてなかったのよ。私もそれは頼まれていないけれど」
トワイライトさんはそこで間を置いた。
「貴女達、じれったいのよ」
「……」
じれったいって。まるで僕がシェンに恋をしているみたいな言い方だ。多分違うと思うんだけど、基準がないから判断しようがない。僕は恋がどんなものなのかも知らないからなあ。
「それで、惚れた弱みってやつでシェンが女王陛下のオモチャに?」
「その通り」
「僕を守るためとか言ってなかったっけ」
「そう、貴女を守るためよ」
「何から? 女王に何か目を付けられているとか。で、命を狙われちゃったりしてる、僕?」
「50点ね。シェンは貴女を女王から守りたいの」
「女王から?」
「一度会っているはずよ、彼女……いえ、あれは彼女かしらそれとも人形かしら」
トワイライトさんは暫く僕にはよくわからないことをブツブツと呟いていたけれど、何かに気付いたように手を打って、僕の方に向き直った。
「今は、そんなことより、貴女に情報を与える方が先ね。早くしなきゃシェンは危ないかも。女王は最初、貴女をオモチャにするつもりだった」
「僕を……?」
何てことだ。元々オモチャにされそうになっていたのは、この、僕?
「女王は欲しいものは必ず手に入れる方よ。シェンにミチルを引き渡すように言って来たわ。でもシェンは自分を貴女の代わりにすると言う条件で貴女を守った。可憐で美しいものが好きな女王はシェンの見た目を気に入ることくらい、誰でもわかることだわ」
「何故」
僕は愛されていたのか、あの美しい青年に。
「僕は……シェンを助けたい」
「言っておくけどリスクが高すぎるわ。危険を伴うし、もしものときにシェンの愛を裏切ることになるわよ。女王を倒す覚悟があるなら、止めないけれど」
女王を殺せば、僕は暗殺者として永遠に追われ続けるだろう。トワイライトさんが言うリスクってそういうことだ。
「僕は行くよ」
「それは何故?」
「……わからない。でも、目を瞑ったときにシェンがいない世界が考えられなくて、頑張って想像しようとすると、心臓が痛くて、シェンの顔を思い出したら、心臓が熱くて、顔も熱くて……っ」
言葉と共に、目尻から涙が溢れてくる。何で? どうして? 僕は、こんな僕なんて知らない。泣き方なんて、忘れたはずなのに、止まらないんだ。
そんな僕を見て、トワイライトさんは優しい笑顔をくれた。
「そこまで来たなら答えは手中にあるわ。でも貴女もシェンも激ニブだからヒントをあげる。ミチル、“愛と憎しみは紙一重”なのよ」
「……?」
「まぁいいわ。私が渡せる情報はここまで。行ってきなさい、ミチル。涙の答えを掴みに行くの」
涙の答えか。
「わかった。ありがとう、ジャン。感謝するよ」
僕は宮殿へ急いだ。