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14.熱

甘々注意報発動中。

「えー!」

「どうしたのミチル、大声なんか出して。そんなに不満?」

「いや、不満というか」

 不満というか、戸惑いだ。何故なら、さっき応接間から帰って来てすぐに、今日から僕の住居がシェンの家、つまりはヒュー家の屋敷になったとシェン本人から聞いたからだ。何でまた僕に相談無しにやっちゃうのこの人は……。でも相談されたとしても僕に 選択権はなさそうなのだけれど。

「だってミチルは事務所一の殺し屋でしょ」

「らしいね」

「当然仕事多めじゃん」

「ミタニの事務所よりはましだよ」

「ありがとう。俺はその辺気をつかってるから。で、呼び出し多くなるでしょ」

「うん」

「だったらミチルにとっても俺にとっても近くにいたほうが得だしね」

「僕は別に」

「ミチルに選択権はないけどね」

「……」

 とまあ、こんな感じで僕はすんなりヒュー家に住み着くことになった。でもシェンはわかってるかな。君、僕に自分を憎ませようとしているんだよ?

「でも君は上司を殺せない」

「心読んだ!?」

 僕はよく、無表情が怖いと言われるのだけど。

「俺にはわかっちゃうの。ミチルの上司なら、そのくらいわからないとね」

「ふぅん」

 いや、多分それはシェンが分家出身の当主となったときから身に付けた技なのだろう。人の表情の裏に何が含まれているのか。それがわからなければ、イギリスでも最大級の貴族のヒュー家当主なんて務まらない。最も、本家は少数で、分家のほうが多いのだけれど。しかも、その本家は僕が滅ぼしちゃった。でも、シェンは僕を憎んではいないと言うんだ。

「シェンは僕のこと、憎くないと言うよね」

「どうした、突然」

「僕に憎んで欲しいとか言う癖に僕のことは憎んではいないと言うじゃん。僕、シェンのことを憎む前に疑問が沢山ありすぎる。僕は本家を滅ぼした張本人だよ?」

「今は憎んではいない」

「今?」

 と言うことは、前は憎んだときはあったってことか。

「ナサニエルを殺したときは憎んでいた。でも結果的に彼を救ったんだ、ミチルは。ナサニエルは当主と言う立場に苦しんでいた」

 ナサニエル……サビた鉄のような髪をしていた。顔は年齢の割に厳格で、やっぱりシェンと同じように不敵に笑う奴だった。

「そう言うことだ。もういいから、部屋に戻りなさい。メイドに頼んでいる」

「ネタ晴らしはまた今度ってこと?」

「ミチルが本気で僕を憎んでから」

 あ、“僕”か。シェンは本音を隠すために良く一人称に“僕”を使うんだ。

「わかったよ」

 僕は手をヒラヒラと振ってシェンの書斎を出た。

 廊下に出ると、療養中にお世話になったメイドさんがいた。

「お待ちしておりました。お部屋に案内します」

「ありがとう」

 本当は教えてくれれば自分で行くのだけれど、このメイドさんが頑固なのを知っているから、言われるままについて行った。

 僕の部屋は本来客人が宿泊するための部屋らしいんだけれど、中はかなり広くて、ベッドも広くて、絨毯なんか敷いてあって、落ち着かない。

「ドレッサーとか使わないし。ん?」

 隅々を観察していると、有り得ないところにボタンを見つけてしまった。何だろうコレ。

「Danger? 爆発でもするのかな」

 それはそれで良いかも。押してみようかな。僕はそのボタンに手をかけた。軽いプッシュがかかって、ドレッサーごと壁が回転する。ちょうどJapanの絡繰り屋敷みたいに、僕もドレッサーと一緒に壁の内側に入ってしまった。多分、隠し部屋なのだろう。

「えーっ」

「流石はミチル。もう見つけたんだ?」

 部屋の奥から、突然声がした。僕はこの声をよく知っている。彼の表情は心なしか、嬉しそうにも見えた。

「シェン!」

「ここ、当主の隠し部屋なんだ。初代の当主が最も愛した側近との密会の場所らしいんだけれど。ミチルの部屋と俺の書斎からしか行けない。今まで誰にも見つかってないんだけど、ミチルは見つけられるかなと思って」

「ふぅん」

 そんなに大切な部屋に行ける部屋なんかに僕を住まわせるなんて、どういうつもりだろう。まあ、シェンのことだし単なる興味の可能性は高いけれど。

「暗い」

 この部屋の壁は煉瓦でできていて、窓は1つもない。あるのは大きなベッドが1つだけだ。

「灯りは点かないんだ。ドレッサーから光が漏れてしまうらしくてね」

 じゃあ、2人はどうやって密会していたのだろう。部屋には必ずメイドや執事など人間がいるはずだから、昼間に会うのは不可能だ。2人が密会するならば、そう、屋敷中の人間が寝静まった頃。

「密会するとしたら真夜中。暗いから、こうして鑞に火を灯したんだ」

「わぁ……!」

 シェンが部屋を歩き回り、幾つもある鑞立てに火を灯して行く。今は昼だけれど、この部屋は薄暗いから、火の暖かな光が美しく映えた。

「綺麗だろう?」

 シェンが僕に微笑みかけた。そのが酷く優しいものだった微笑みが、急に寂しげになり、僕は戸惑った。

「シェン?」

「ミチル、もう時間がない。早いところ僕を憎んでくれないと、僕は君に何も教えないまま君の元を去るだろう。まぁ、君が知りたくないと言うならば別だけど」

 シェン、自分で言っておきながら、上手く笑えていない。何故、そんな顔をするの?

「な、何を言っている、僕はシェンを憎む気はない! それに、僕が知りたいとか、そう言うことじゃないよ! 僕には知る権利がある!」

 シェンが“僕”と使うのに動揺し、不安になって叫んでしまう。

「そうか」

 でも、シェンの反応は悲しそうなだけで。

「シェン!」

 どうしてなの? 何故僕をあの部屋に住まわせるの? 僕の元を去るってどういうこと?

「お休み、ミチル。部屋には右から3番目の鑞立てを倒すと帰れる」

 ああもう、何か嫌だ。僕を苦しめて、憎まれようとしているのはシェンなのに、どうして君が苦しそうなのさ。視界が滲んだ。

「い、や……!」

「ミチル?」

「バカッ! シェンのバカー!」

 どうして、どうして! 涙が溢れた。理由がわからなくて、戸惑うけれど、この感情が何なのかもわからなかった。胸が痛い。ジンジンと焼け爛れたみたいに熱い。

「泣かないで、ミチル」

 シェンの手が、僕の肩にそっと触れた。その表情は酷く優しくて。

「あっ」

 油断した僕は、気が付くとシェンに唇を奪われていた。




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