1.夕闇
殺し屋が主人公なため、残酷描写があります。苦手な方はご遠慮ください。
“暑い”
汚れきった自分への戒めとして、季節に構わず漆黒のピーコートを着ている。
“重い”
右足の付け根には、最新型のお気に入りの銃が、ホルスターに収まっている。
“息”
コートを着るには暑い筈の季節なのに、僕が吐き出した息は酷く、白かった。
そして今夜も月は満ちる
「“ダスク”ですか?」
コード・ネームで呼ばれて振り返ると、そこには怯えた様子の美しい青年が立っていた。
依頼主……ではなさそうだ。
「その通り」
一般人であろう、その青年が誤って殺し屋の自分に興味を持たないよう、できるだけ手短に、冷たく応えた。
「貴女の今回の依頼主から、これを預かっています」
グリーンの瞳に、美しいブロンドの青年は、普段ならばそつなく自分をエスコートするであろうその手を震わせ、自分よりも頭幾つ分か背の低い僕にメモを渡してきた。
「ありがとう」
やはり手短に応えて、目の前に建つ高層ビルへと入ろうとする。「BuritenTV」と書いてあった。
「待って!」
突然、呼び止められる。振り返るとそこには先程の青年が立っていた。
「“ダスク”って、貴女の名前ですか?」
「……」
コード・ネームと言ったところで、本名を明かす訳には行かないし、青年にこれ以上深入りしてもらっても、仕事を増やすだけだから、黙っておく。
すると青年は諦めたように目線を下ろした。いや、下ろしたように見えただけかもしれない。普段ならコレで終わり。もう僕が青年に 関わることはない。だけど。
「俺、貴女が“ダスク”だって、すぐにわかったんです!」
「……」
それがどうした、とも言いたそうな顔をしてやる。止めろ、僕には関わらない方が良い。
青年は諦めたのか、黙ってしまった。
僕はその姿を横目にズカズカとビル内に入っていった。
BuritenTVの警備員は、僕を一瞥すると、いとも簡単に入れてしまった。
僕は、あまり外見に興味はないのだけれど、この膝よりも長く、金釦がアクセントのコートと、真っ赤なマフラーが業界の人に見えるらしい。
依頼主が僕を今回の仕事に選んだのは、このためだ。
僕みたいな殺し屋は、秘密裏に集まって、事務所、とまでは言えないけれど、会社を作って活動している。
僕は、ミタニと呼ばれている男に雇いわれていて、ミタニから依頼主の情報や、仕事を貰っていた。
大抵はすぐに終わる。仕事中は何も考えない。無心だ。
僕はコートの裾から覗くギンガムチェックのロンクスカートを翻して、あるスタジオの楽屋へ向かう。
「Risa parfasy」
番組のロゴの下にそう書いてあるのを確認して、満面の笑みで楽屋に入った。
「リサ?」
「……お姉ちゃんは、だあれ?」
人形のような顔立ち、フワフワと広がる髪、少しだけ赤味の挿した頬。
そこには、戸惑った様子の人気子役がいた。
「私はミチル。今日の撮影に出るの。折角だから、挨拶」
「うん、よろしく」
7歳、にしては落ち着いている。
「でも嬉しいな。皆さん、私を子役として扱うから、わざわざ挨拶になんか来ないの」
人気子役:リサ・パーファシーははにかんで少し首を傾げた。きっと仕事柄、癖付いた仕草なのだろう。僕も、優しく微笑みかける。
「ミチルお姉ちゃん、コレは私のお母さん」
「綺麗な人だね」
「ミチルお姉ちゃんだって凄く綺麗。どうして今までドラマに出なかったの?」
「僕は最近役者になったから」
早く仕事を終わらせないとなーと考えつつ、嘘をつく。僕の汚い口が、ありもしない嘘を紡いで行く。それなのに、僕自身は、全く赤の他人がくだらない嘘をついているかのような気分だ。
「ミチルお姉ちゃん……?」
「え? あぁ、何」
だんだん、顔の表情がなくなって行く。僕を、僕が知らない僕が支配して行く音が聞こえる。
「お姉ちゃん……何か変だよ……?」
「そうかな」
「どうしたの、」
右手が、右足の付け根に、伸びた。
ホルスターから、黒い、重さが、引き抜かれる。
右手には、真っ赤な蝶の彫刻が施してあるお気に入りの銃。
パンッ
真っ赤
真っ赤な
花火だ
「あぁ……」
溜め息。次に押し寄せてきたのは、激しい後悔。
「逃げなきゃ」
でも頭では冷静に、自分の身を守る事を考えてる。
僕は、子供を、殺した。
あんなに信頼してくれたのに。
同時に沸き起こったのは、依頼主への激しい憎悪。
「そう。それで良いんだよ」
リサの楽屋の窓から飛び降り、脱出した途端に、誰かの声がした。
「僕をもっと憎んでよ。僕の“ダスク”」
その声にハッとして、振り向く。仕事柄、一度聞いた声と顔は忘れない。その声は、先程とは違い、酷くハッキリとしていたけど。
「お前まさか……!」
最初から居たと言うのか。
声がした方を振り向くと、誰もいなくて。
「またね、ミチル。僕はまたいつか、君に会いに来るよ」
もう一度振り向くと、そこにはやはり、誰も居なかった。