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最強格闘家になろうシリーズ  作者: カカカカカ
真・最強格闘家になろう 第一部「最強強奪編」
89/113

第十八話「巌流島」

「本当に今日なんですよね?」


車内で後部座席に座った炎山キヨシが気だるそうにいう。

後部座席で足を大の字に放り出し、あくびをするその姿は若手レスラーとは思えなかった。


「おい、炎山」

車のハンドルを握る桜庭数也が嗜めるようにそう言う。

その隣で前田はただ窓の外、拘置所の門を黙って見据えていた。


今日、加賀八明が釈放されると信用できる筋から情報を得た3人はレンタルしたハイエースで拘置所の前で張り込みをしていたのであった。


人通りの少ない、住宅街から離れた寂しい場所である。

張り込みを始めてから既に3時間が経過している。いっぱい食わされたか。桜庭の胸に不安が募る。無駄足になってしまったのではないかと後ろの炎山もピリピリしている。


 数日前、野試合を経験してから炎山と桜庭にはある変化があった。山口、原との戦いは、これまで血の滲むような努力で培ってきた全てを人間に叩き込む愉悦を2人に骨の芯まで押さえ込んでいた。

試合みたいに相手を気遣わなくて良い、それどころか、相手をぶち壊していい。ぶち壊した方がいい。そして相手もその覚悟がある。俺がぶち壊されるかもしれない。

 そのスリルは若い2人にとって忘れ難い甘い蜜であった。

 正反対の性格の2人が今同じことを考えている。

 加賀、早く出てこい。俺がお前を壊してやる


 いきりたつ2人とは違い、歴戦の雄、前田ヴァギナは冷静だった。だからこそ、異変に最初に気がついた。

 

 「おい」

前田が声を発すると、2人はキョトンとした顔で前田を見つめた。



「この車、傾いてんぞ」


言われて、2人も気がついた。車の右側がずり上がり、車内に緩やかな傾斜が出来ている。そして、それがどんどん大きくなっている。

 何が起きているのかわからない炎山と桜庭を他所に、前田は苦虫を噛み潰した様な表情になっていた。まずい、先手を取られたか。

 

 「お前ら、今すぐ車からでやがれ」


前田は叫ぶと、急いでドアを開けて外に転がり出た。炎山と桜庭もそれに倣い、外に出る。

出ると同時に車の傾きは加速し、90度を超え、ぐるんと一回転した。

 車が半回転し、地面を叩くき、轟音が響いた。ぐらんぐらん…と横転した車は揺れている。車輪が間抜けに天を仰いでいる。

 間一髪であった。もしも車内にまだいたならば、戦いどころではなくなっていたであろう。


「あら、巣をひっくり返したらネズミが3匹出てきたじゃない〜強烈〜駆除〜!!!」



声の主は横転した車の真後ろに立っていた。

ケバケバしいメイク、金髪のおかっぱ頭、潤んだ唇、背の丈は180は越えようかと言う長身で、その身に包んだ柔道着がはちきれんばかりに膨張した筋肉を搭載している。

 柔道王、講道館の鬼、豊田一光である。


 「あんたも加賀狙いに来たわけね」


そう言って、前田がゆっくりとポケットに手をやり、タバコを取り出して、火をつけ、吸う。


無論、この前田をしても驚いていないわけではなかった。大の大人3人乗せたハイエースをひっくり返したのである。

豊田一光と言う男の底が全く見えない。


 「そそ、でも、お邪魔虫3匹ハッケーンって感じなのよ〜」


そう言って豊田は人差し指を3人に突き出し、ブンブンと振った。

 豊田の声は高く、姿は陽気で、これから死闘を演じようと言う男の姿とはかけ離れていた。

 だから、炎山はあろうことか一瞬だけ気を抜いた。なんだ、いつもテレビで見るおかしな柔道家じゃないか。バラエティタレントと一戦交えようなんて馬鹿げている。

 しかし、それこそが豊田の狙いである。道化を演じることで殺し屋の素顔を隠している。

 ブンブンと振っていた人差し指を急に脇まで引き、軸足の右足に一気に力を入れて助走のない跳躍を見せた。

 炎山との距離を一気に音もなく詰める豊田。腋まで引かれた人差し指は弾丸の様に弾き出され、炎山の右目に突き立てられようとしていた。

 炎山は何も出来なかった。全てが一瞬のことだったからである。出来たのは、かろうじで、瞼を閉じることだけだった。

 そして来るべき衝撃に備え、覚悟を決める。不覚は取ったが、天才プロレスラー炎山の特技であった。いついかなる敵のダメージにも覚悟を決めて立ち向かえる。それが炎山を天才たらしめていた。

 しかし、来るはずの衝撃はこなかった。目を開けて見ると、右目の真前で人差し指が止まっている。

 桜庭が止めたのであった。桜庭が豊田の右腕を剛力で掴み、弟弟子への攻撃を中断させていたのであった。

 そして、桜庭は握りしめた左の拳を深々と豊田の脇腹に突き刺していた。剛腕が炸裂し、骨と骨、肉と肉がぶつかりあい、豊田の体を吹き飛ばした。もんどりうって倒れる豊田。


 偶然は重なるものである。

 その瞬間、前田は見た。拘置所の門から加賀が出てくるところを!!!

 さて、どうする?前田は時間にして0.05秒ほど考えたのち、加賀に向かって走り出していた。


 「桜庭、豊田を足止めしておけ、炎山、俺と一緒に来い」


炎山は戸惑っている。兄弟子を置いていくべきか、否か。

 相手は柔道王、豊田一光である。しかも、先ほどのやりとりを見るに、豊田は世間には見せていないダーティな技を豊富に持っていると考えるべきだろう。

 前田さんは桜庭さん1人に任せろと言ったが、ここは俺と桜庭さん2人で一気にやっちまった方がいいんじゃないか?

 それ以上に、一対一で戦った時、桜庭さんはプロレスラーとして壊されてしまうのではないか?


 天才だが、圧倒的に経験値の少ない炎山ならではの戸惑い。一瞬で決断が下せないのである。その迷いを兄弟子桜庭がかき消した。


 「炎山、行け!!!俺も必ず後を追う」


振り向きもせず、桜庭は言った。173センチの小兵桜庭が炎山には大きく見えた。


 「…っ!!!言われなくてもわかってるすよ!!!先輩せいぜいやられないでください」


炎山は吐き捨てる様にそう言うと、前田を追って走り出した。


 豊田が膝をついて、ゆっくりと起き上がってくる。

 待つ必要はない。桜庭はステップを踏み、最短距離で豊田まで近づくと、全力でその顔面にサッカーボールキックをお見舞いした。

 が、手応えがない。

 

 「焦っちゃダメ〜!!!」


豊田が叫ぶ。豊田は桜庭の足を片手で掴んでいた。そして、ぐいっと足を引っ張り、その反動で身体を跳ね上がらせて、立ち上がった。

 足を持たれたままだった為、桜庭の身体が宙吊りになる。

 桜庭がまさか、と思った時には遅かった。

 そのまま、足を軸に一本背負いを決められていた。高速でアスファルトに背中から叩きつけられる桜庭、


 グジャッッ


 アスファルトに叩きつけられた瞬間、人の体から出た音とは考えられない鋭い音が響く。


 「一本取ってえい、技あり〜」


豊田がふっと息を吐いて、倒れている桜庭を一瞥し、前田たちを追いかけた。

 意外と楽勝だったわね、寿プロレス。やっぱり注意すべきは前田だけね。

 鼻歌を歌いながらそんなことを豊田は考えていた。が、その次の瞬間、後頭部に鋭い痛みと衝撃を感じ、前のめりにぶっ倒れた。

 額から地面に叩きつけられ、頭が割れ、血が流れ落ちた。

 続け様に、背中に体重がのしかかる。首に腕が絡みつく。チョークスリーパーを決められている。

 しかし、豊田は冷静だった。


 さっきの感覚からして、恐らく後頭部をぶん殴られたのね、あんだけ体打ちつけて元気ねー…


 豊田は力任せに立ち上がった。

 後ろでチョークスリーパーをかましている炎山ごとである。凄まじい筋力と精神力である。

 技をかけている炎山は気がついた。豊田の肥大しすぎた僧帽筋がチョークスリーパーを極めさせなかったのだ。

 豊田はなんと、そのまま地面を蹴飛ばし、宙返りをした。そして身体を丸まらせ、地面へと落ちていく。このままでは、炎山は頭頂部から地面に叩きつけられる。炎山はなんとか受け身を取るため、豊田の首から絡まった腕を外そうともがいたが、豊田はその両手でしっかりと炎山の手を掴んでおり、脱出は不可能だった。

 桜庭の脳裏に死の一文字が浮かぶ。


 ゴキャッッッと恐ろしい音が聞こえた。何かが致命的な損傷を受ける音だ。


 桜庭の身体が地面と豊田の身体に挟まれた形になっている。

 豊田は立ち上がり、下敷きになった桜庭を見下ろした。桜庭は脳天が割れ、血が吹き出し、目、耳、鼻、口、あらゆる穴からも血が垂れ流れ、大の字で寝転んでいた。


 「講道館では伝承されなかった秘技よ…見れてラッキーね」


柔道着の襟を正して、豊田は倒れる桜庭に語りかけた。


 講道館柔道。現在の柔道は明治15年。嘉納治五郎先生が永昌寺にて起こしたものである。

 当時、風前の灯であった柔術を体系化し、万人に受け入れられる形に変えたのであった。武術のスポーツ化の先駆けである。

 その過程で嘉納治五郎先生は人を殺めうる技を意図的に除外したのであった。


 先程、豊田が見せた受け身を取らせない形で地面に頭を叩きつける技もその様な失われた秘技のひとつ『中折れ』であった。


 今度こそと、豊田は前田達の後を追おうと走り出した。

 が、後ろから声がした。地獄の底から亡者が怨念だけを頼りに地上に湧き出した時、そのような声を出すだろう。


 その声は言った。


「プロレス最強ぉ!」


 血だらけの男、桜庭は立ち上がっていた。全身から地を垂れ流し、目は裏返り、白目となっていたが、その白眼で豊田を睨みつけていたのであった。


 豊田一光。その顔から笑みが消えた。

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