第十二話「道場破り」
「あ、もしもし、佐山さんっすか?俺っす、下衆際です」
「下衆際か、どうした?」
「昨日ね、矢吹と加賀を挑発しようと思って、奴らの仲間の前田修斗って言う奴と戦ったんすよ」
「前田って、あのトーナメント出てた」
「そうっす!それっす」
「・・・負けたのか?」
「まさか!でも、結構強かったっすよ。俺、数日はベッドから動けなさそうっす。一回戦敗退であれぐらい強いってことはもしかすると裏格闘家の奴ら想像以上かも知れませんよ」
「それを伝える為に電話してきてくれたのか?」
「ははは、俺ら兄弟弟子でしょ。ちゃんと助け合わないと。ところで今佐山さんどこですか?水とか食べ物ホテルに持ってきてくれたらなー、なんて思ったりしてて」
「今、加賀流のビルの前にいる」
「マジっす…?」
夏空が広がる昼過ぎ、佐山大海は加賀流総本部道場の目の前に立っていた。この男、道場着を肩からつっかけ、白いシャツにジーンズにスニーカーと言うラフな格好をしている。短く刈り込んだ髪と鋭い眼光、そして日に焼けた肌が印象的だ。
男は決意を決めたように足をビルへと向けた。
道場内で道着を身につけた青年達が並び皆足を上げたり、腕を回している。彼らは決して突きや蹴りの練習をしている訳ではない。
彼らの前に置かれている大型テレビで流されている映像の通りに身体を動かしているのだ。
その映像の名は
『ビリーズブードキャンプ』
実戦で強くなりたければまずは身体作りから、と言う加賀八明の意向でこのような取り組みが行われている。
がしかし、その実、これは手抜きであり、こんなことで一月30万円も月謝を取っているのはあまりにもあこぎな商売であったが、乂門を打ち倒した加賀流に対して疑いの目を持つ者は皆無であった。
とにかく、皆強くなりたい一心で加賀流の門を叩くのである。
道場生達がビリーズブードキャンプに熱中しているその眼前に1人の男が現れた。
筋肉質で色黒で鋭い眼光の持ち主だ。彼はよく通る声で一言こう言った。
「加賀八明先生とお手合わせ願いたい」
一方、その頃、館長室には1人の男がいた。
スティーピーワンダーである。
彼は皮張りのソファーに全裸で反り返って座り、高級ワインを片手に映画『フォレストガンプ』を見ていた。
そして、彼の下半身には女が1人絡みついており、スティーピーのブツをその口で頬張っている。
そして、スティーピーは酔いと薬物の影響でトロントした目でフォレストガンプを見つめている。
加賀八明再逮捕に伴い一番弟子であるスティーピーワンダーが米国より訪日し、館長代理を務めているのだが、潤沢な資金と誰もいないことを良いことに館長室で日夜酒池肉林を繰り広げていた。
「ナァ、フォレストガンプノヨメッテケッキョクチョウヤリマンダヨナ…デモ、オレ、マイカイミテルウチニナイチャウンダヨナァ、ドウシテダトオモウ?」
スティーピーワンダーは泣きながら女に尋ねる。
その時である、門下生の1人が勢いよく館長室には入ってきた。
「テメエ、ノックシテカラアケヤガレバカヤロウ!!!」
スティーピーワンダーが怒りの声を上げるが、門下生は構わず叫んだ。
「押忍!!!館長代理!!!道場破りです!!!超新塾の佐山が来てます!!!」
「サヤマ???サヤマアイガキテルッテ??5ネンマエニコイッテイットケ」
門下生たちは壁を背に正座で2人の様子を見つめている。
道着を身につけた佐山と全裸のスティーピーワンダーである。
「なぜ、服を着ていない?」
佐山がすっと腕を構えながらスティーピーに尋ねる。
「行住坐臥、オレハ24ジカンエブリデイセントウタイセイダ。ワザワザドーギニキガエルヒツヨウナンテナッシング」
スティーピーは構えない。速さに関しては絶対的な自信があった。
ジークンドーマスターであるスティーピーは相手が拳を出してからでもそれに合わせて技を出せる。それだけの動体視力と速さを持っている。
佐山はゆっくりと右手を引き、左手を柔らかく前方に突き出す。
誰がどう見ても正拳突きの体制である。
バカジャネエノ?スティーピーは半ば呆れていた。そんな愚直な攻撃が通用するほど甘くない。格闘技にファンタジーは存在しない。
スティーピーはジークンドーの中で最速の技を繰り出した。拳を縦にして相手までの最短距離を走り抜ける拳、リードパンチである。
スティーピーの拳は構える佐山の顎の薄皮をとらえた。これで佐山の頭蓋骨の中で脳味噌が暴れて、脳震盪を起こしたことはまず間違いなかった。
イッチョアガリダゼ。
スティーピーは心の中で呟いた。
しかし、誤算があるとするならば、
佐山は倒れなかった。
果たして脳震盪が起こっている状態で人は正常に動くことができるのか!?
もしも1日に何度も、何度も、何度も、繰り返し、繰り返し、繰り返し、ひとつの動作を狂気の反復を行っていたのならば、例えば、正拳突きを1日に1000回行っているのならば!?
それは可能である。
脳ではなく、身体が覚えている!!!!
一撃必殺
それは空手の神話である。
一撃で相手を屠るのが理想。
しかし、現実はそうはいかない、人体は強靭である。蹴りを、突きを覚えなければ倒すことはできない。
しかし、佐山は正拳突きしか空手の技を知らない。
琉球より本土に伝わった空手は西暦2000年代に於いて、遂にひとつの完成を見る!!!!
佐山大海、正拳突きのみで空手界の頂点に立った男。
リードパンチをくらいながらも佐山愛の繰り出した右正拳突きは容易にスティーピーの鳩尾を貫いた。
その一撃によりスティーピーは糸の切れた人形のように倒れ込んだ。




