第十一話「兜合わせ」
炎山と桜井は一瞬硬直した。
突然現れたこの闘志剥き出しの男は一体なんだ?いや、それ以上にもしもこの男が加勢すれば3対2になる。
となると、こちら側が圧倒的に不利。
どうする。
その思考が頭を巡り、一瞬の硬直が生まれたのであった。
普段、ルールの中で戦っている彼らにとってそれは初めての経験であった。
そして、その硬直を実践の雄、原と山口が見逃すはずもなく…
原が、山口が、逆転に向けて身体を動かそうとした。その時である。今度は山口と原に向けて殺気が向けられている。
「おうおうおう、桜井、炎山。面白えだろぉ?刻一刻と状況が変わっていく。これが喧嘩だ」
見れば、炎山達を挟んで藤浪と向かい合うように男が立っている。
山の様な男だった。
無精髭を生やし、全身くまなく筋肉と脂肪が付いている。身長は180センチをゆうに超えている。
前田ヴァギナである。
「まったく、若い奴らが勝手やりやがって、兄さん達、今日はこの辺にしといてもらえやせんか?」
前田は努めて温和な声で原、山口、藤浪に言った。
藤浪はこの男の並々ならない力量を見抜いていた。この男が現れた瞬間、場が掌握されてしまった。
戦えばそれは命をかけた戦いになる。
「原、山口…そう言って貰っているんだ」
藤浪は2人に声をかける。山口は桜井の腕を離し、原はガードを解いた。
炎山、桜井も同様に山口、原の身体を離し、距離を取った。
3人が3人とも向かい合う。
「お酒が入ってやんちゃしちゃったっつー訳で、今日起こったことは水に流してお開きにしやしょ」
前田がガハガハと笑いながらそう言って、桜井と炎山の肩を叩き歩き出した。
「俺たちの狙いはあくまで加賀流、前菜つまんでちゃダメでしょ」
前田が笑いながらそう言う、なに!?藤浪は前田に問い詰めようとしたが、出来なかった。ただ3人の後ろ姿を見つめるのみであった。
炎山、桜井は共に山口、原を一瞥し、前田の後ろについて歩き出した。
しばらく歩き、藤浪達の姿が見えなくなった頃、
「前田さん、すいません。俺がついていながら」
路地裏で桜井が前田に言う。と同時に桜井の顔面に前田の拳が飛んだ。
鼻から血を流しうずくまる桜井。
ひっと短い悲鳴を上げる炎山。
炎山の顔面にも前田の拳が飛んだ。
若手2人は前田の足元にうずくまる。
「お前ら、仕事で来たんでしょ…なに勝手やってんの?」
前田の声は冷たい。
「あの男、お前らの前に立っていた男。ありゃ喧嘩凸トーナメント優勝者の藤浪ドラゴンだぜ。あいつが加わってたらお前ら負けてたぞ。お前らは加賀ぶっ殺す為の駒なの。寿の兵隊なの。分かってる?」
はい。桜井が絶叫する様にそう叫び起き上がる。
っす…炎山はやや不服そうな目をしていた。
桜井、炎山の胸に去来する思いは同じ…
街のゴロツキ相手ではない格闘技者との初めての路上での決闘。それがもたらした高揚感。そして、仕留めきれなかったと言う悔しさであった。
一方、藤浪、原、山口は空き地から動かなかった。
藤浪は2人を見下ろしている。
「動けるか?」
藤浪の問いかけには答えない。
負けた。完璧に
原、山口。屈辱の敗北であった。
そして、その時、もうひとつの戦いが決着を迎えていた。
「ヤダァ!!!この人、矢吹晴男じゃないじゃな〜い!!!」
豊田一光が身体をくねらせて叫ぶ。
場所はとある地方都市のとある市街地のそのまた奥にある人気のない公演であった。
豊田の目の前では吉岡清一郎が倒れている。
その頭蓋骨は割られ、頭からはおびただしい血と肉が溢れていた。
加賀七明の弟子である吉岡清一郎を加賀八明の弟子である矢吹晴男と間違え、公園で暖をとっていた吉岡清一郎を強襲したのであった。
そして、吉岡清一郎は講道館柔道の秘技
『兜合わせ投げ』
に負けたのであった。
この一夜でなんと猛者達が集まった喧嘩凸トーナメント出場者の2名が脱落したことになる。




