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最強格闘家になろうシリーズ  作者: カカカカカ
最強格闘家になろう第一部「目覚め編」
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第五話 「明日の為にレジを打て」

真島がコンビニのアルバイトにも慣れたある日。その男は姿を現した。




夕方のコンビニ、いつもこの時間に真島はシフトを入れている。


閑静な住宅街に建っているこのコンビニは客が多すぎると言うわけでもなく、少なすぎる訳でもなく、働くにはちょうど良い環境であった。




真島がレジに立っていると、オーナーの白石が近づいてきた。


後ろにはガタイの良い男が建っている。


「真島くん、新人を連れてきたよ。今日からここで働く矢吹くんだ。いろいろ教えてあげてくれよ」


「矢吹晴男です」


その男は遥かに自身よりも歳下である真島に丁寧にお辞儀をした。


見た目に反してとても人当たりの良さそうな好人物であった。


はて、矢吹晴男、どこかで聞いたことがある。


ふと、真島は思考を巡らす。


ハッチャンの弟子の名前ではないか。


いや、偶然と言うこともある。


「あ、ああ…よろしくお願いします」


真島は曖昧に返事をした。




「これがフライヤーで…」


この日、真島は晴男に一通りの業務を教えた。


教えながら、矢吹を観察する。


潰れた餃子耳、拳には拳ダコが出来ている。


どう考えても格闘技をしている男の身体であった。


真島の思いは確信に変わりつつあった。


この男なのか!?この男がハッチャンの弟子なのか?


「矢吹さん、凄いガタイしてますけど、格闘技とかされてるんですか?」


「ええ、色々とかじってまして」


晴男は温和な表情を崩さずにそう言った。


「違ってたら、申し訳ないのですが、ハッチャンの弟子ですか?」


好奇心が抑えきれず、単刀直入に聞いた。


「どうして…それを…」


晴男は真顔になり、真島を見つめた。それが答えだった。




話はこうだ。


ハッチャンこと、加賀八明に格闘技を教わった矢吹晴男は格闘家の上司を死闘の末打ち破った。その足で加賀に勝利の報告をしに行ったところ、加賀は警察に連れて行かれるところだった。「矢吹流武術を編み出せ」との師匠の言葉を胸に晴男は修練を積んでいる。


その過程で腕に名のある男たちと野試合を繰り返しているとのことだった。


しかし、まだ己の流派を立ち上げるほど、鍛錬や経験を積んでいない矢吹は道場も持たずに、ただ、己の技と身体を磨いている。そうすると当然金がなくなる。そこで、当面の金を工面する為、このコンビニでアルバイトを始めたとのことだった。




語りながら晴男は恥ずかしそうに笑った。


噂は全て本当だったのだ。


真島は興奮した。バーチャルの世界が全てであった真島にリアルの世界は思いもよらない出会いを彼に与えたのだ。


気がつけば、顔が濡れていた。涙であった。


涙が止めどなく、晴男の目から溢れているのであった。これ正しく天啓である。


「どうしたんですか?真島さん?」


晴男が驚き、真島に声をかける。


「晴男さん、俺を弟子にしてください!!!」


真島はそう言い、床に突っ伏した。






晴男は真島の弟子入りを断った。


「俺はまだ誰かの師になれるほどの道を歩んでいない」


そう言ってまた仕事に戻ろうとした、しかし、真島はそれでも食い下がった。


「なら、晴男さんの道を一緒に見させて下さい」


涙でぐしゃぐしゃになった顔で真島はすがった。


真島には今まで自分が何故生きているのか分からなかった。中学でいじめられ、不登校になり、親とはすれ違い引きこもりになり、一日中インターネットに向かう日々。虚構と現実が曖昧な日々。まるで死んでいるようだった。


そこにこの男が現れたのだ。運命と言わずしてなんと言う?


「晴男さんのお手伝いをさせて下さい!!!俺、なんでもしますから」


そう言って真島は土下座をした。汚い床に頭を擦り付けた。


その姿を見て、晴男は思い出していた。ある男の姿だ。


その男は毎日毎日、罵られ、蔑まれ、尊厳を奪われ、屈辱に塗れた人生を送りながらも、それを見て見ぬフリをしていた男の姿だ。


昔の己自身だ。きっとこの若者にも何かしらの事情があることを晴男は察した。


かつて、加賀に救われたように、自身が誰かを救うのだ。そう思うと、胸の奥が熱くなった。


「弟子は取らない…」


晴男は尚も仕事を続けながらそう言う。


真島の顔が涙の中で更に歪んだ。


「しかし、ちょうどスパーリングパートナーが欲しいと思っていたところだ。手伝ってくれるか?」


真島は笑った。涙と鼻水に塗れ、おでこには床の埃が付いている。それでも彼は笑った。












「ヒロ、ちゃんとトレーニングしてるか?」


晴男は自身と同じく、レジに立つ真島に向かってそう言った。


この1ヶ月で晴男さん、ヒロ、と呼び合う仲になっていた。


「はい、ちゃんとしてきました!!!」


「まだまだ、スパーリングパートナーになるには身体の線が細すぎる。もっと鍛えるんだぞ」


晴男がそう言うと「押忍!!!」と真島は答えた。


晴男もまた真島に救われた。


加賀が逮捕されて以来、1人だった。1人で鍛え、1人で戦い、1人で生きていた。


それでもいいと思った。武の道は獣道、感傷は敵だ。そう自分に言い聞かせていた。


しかし、確かに俺は武の力で1人の少年を救ったのだ。晴男は武の本懐とはもしかすると、救済なのではないかと思った。


卓越した武術が活殺自在ならば、俺は人を生かす道を行こう。そう思った。思ったと同時に、つーと冷たい悪寒が背に走った。悪寒の正体を晴男はまだ知らなかった。




「晴男さん、自分は技の稽古とかしなくてもいいんですか?」


客足も引いた夜の8時、真島は晴男にそう問うた。


「どう言うことだ?」


「自分、毎日筋トレしてます。身体も少しずつですが大きくなってきています。でも、それだけです。自分は戦い方を知りません」


真島は焦っていた。晴男と出会って1ヶ月、ひたすら筋トレばかりで晴男は何も教えてくれないからだ。無論、師弟ではないので晴男に教える義理はない。ないが、技を磨かないと晴男のスパーリングパートナーとして役に立つことができない。


真島は晴男が何かしら教えてくれるのを期待していたのだ。


「ヒロ…基礎も出来ていないのに応用を求めるな…しっかりとした土台の上に初めて大きな技巧が咲くのだ」


晴男は静かに言った。晴男の言うことは分かる。分かるが焦る…


「それに、お前は既に学んでいるではないか…」


「…?」


晴男の言葉の真意が掴めず、真島は黙った。




「あっれー???お前、ヒロじゃねえのか?」


品のない声が入り口から聞こえた。


背の高い男だった。190センチ近くありそうだ。髪は金髪を短く刈り込み、眉は細く、耳にはいくつものピアスを開け、黒のスエットを上下に着込んでいた。


猛禽類のような獣じみた顔だった。その顔が、目が口が釣り上がり、ニヤニヤと真島を見ている。


「お前は…」


ヒロが小さく呟く。


その男は中学時代ヒロを虐めていたグループの中心人物、山下地蔵であった。

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