第三十九話 「準決勝に向けて」
原龍徳がトイレに入った時、本郷太郎は便器を抱えて吐いていた。それを一瞥すると、原は小便器で用を足し始めた。
「身体が壊れたらもともこもねえぞ」
小便をしながら本郷の後ろ姿に向かって呟いた。
「うるさいなぁ…食べちゃうよ…?」
本郷太郎はニヤニヤとしながら、原を見据える。原もまたその眼をまっすぐ見返していた。
お互い、顔が腫れ上がっている。
先の試合の影響だ。
「悪いが、いじめられっ子虐める趣味はないんでな…戦う気はない」
本郷太郎から笑みが消える。
「目を見りゃ分かる。お前は心の奥で怯えたんだよ…そう言う奴の目だ」
原はそう言うと、手を洗いトイレを後にしようとした。その後ろ姿に本郷は飛びかかっていた。
日本武道館医務室のベッド、山口ヴィクトロヴィッチタッカーシーは全身を包帯でぐるぐると巻かれ、その上から氷嚢で打撲した箇所を冷やしていた。
無事な箇所は全身どこもない。左手に至っては先ほどの試合で完全に折れた。
つまるところ、片腕で怪物本郷太郎と戦わねばならないのである。
「棄権したほうがいい…」
隣でテーピングや全身のマッサージを手伝っていた前田修人はそう呟いた。
ボロボロだ。選手生命に、いや、ここから先の怪我は人命に関わる。
「僕はね、僕は、サンボしかできないのよ、サンボでしか生きれないのよ。俺からサンボとったら死んじゃうのよ…」
山口はそう言って力なく笑った。
前田はそんな山口の前でこれ以上棄権を進めることができなかった。
「もう、止めやしねえよ…ただ、少しでもやばいと思ったら、試合は俺が意地でも中断させるからな…」
「マスターハッチャン!オヒサシブリデスネ」
スティーピーワンダーと加賀八明は並んで日本武道館の通路を走っていた。
「そうだな、こんなに急を要する状況じゃなければ飲みに行きたいくらいだ」
そう八明が言うとスティーピーは高笑いした。
「アナタツカマッテルキイタヨ?ドウシタノ?ワタシオシエテイタトキミタイニジュギョウリョウブンダクッテタンデショ?」
「違う、今回捕まったのはオレオレ詐欺流スマホ術を老人の格闘家集団に使ったせいだ。弟子から金を巻き上げていたのとはまた別件だ」
スティーピーはまた爆笑した。
「デ、ドウスル?トーナメントニガイモンガイルミタイダケド…」
「そっちは晴男に任せよう、俺たちは魔門だ」
「ア、チナミニトーナメントニデテルガイモンハ…」
「いい、言わなくても察しはつく」
男子トイレの中、原が倒れ込んでいる。
その身体はヌメヌメと全身にまるでローションをぶちまけられた様に光、そして濡れていた。
原は意識がないらしい。
それだけでなく、身体も幾分か萎んだ様に見える。
それを見下ろして、乂門幹部の1人本郷太郎は呟いた。
「あんまり舐めたこと言ってるから、お前も刈り取られちゃったんだよぉ〜」
そう言うとまたニヤニヤと笑った。




