第三十三話「ドラゴンボール」
晴男は清々しい気持ちでマットから降りた。
依然として観客の声援が会場に轟いている。
まるでウィルスに対するワクチンの様に、敵と環境によって戦略を変える。
これこそがただ戦いに明け暮れ、経験を積み、数多の武術を習得した己にふさわしい奥義であると確信していた。
今日、ここに「矢吹晴男流武術」が誕生したのである。
そして、もう一つ、愛弟子、真島のことである。真島の魔門にばかり気を取られてしまっていた。
真島はまだ不完全な武人だ。
善にも悪にもなる。それを導いてやることこそ師匠の務めではなかろうか。
確かに一時期、女と地位と権力に身を落としたことがある。それがなんだと言うのだ。
晴男は担架で運ばれていく真島を見つめる。
お前が意識を取り戻したら、また一から鍛え直してやる…
晴男は心にそう誓ったが、2人が次に再会する時、事態はもう取り返しのつかない事になっていた。
「総合力じゃ勝ち目はねえな」
原龍徳はそう呟いた。
選手入場口である。
「うす、でも自分は横綱の勝利を確信してるっす」
ハロウィン力士であり、今回セコンドとして急遽駆けつけてくれた藤岡はそう言った。
藤岡もまた剛の者であった。
藤岡は先のハロウィンで高級車シボレーの上でダンスを踊り狂い、シボレーを破壊。
今日は大晦日だと言うのに、シボレーの弁償金の為にコンビニでバイトをしている。
1回戦にはシフトの関係で間に合わなかったが、2回戦には駆けつけてくれた。
「そう、勝つのは俺たち、関東の田舎もじゃ」
原はニヤリと笑って見せた。
藤浪ドラゴンはただ、薄暗い選手入場口で念入りにストレッチをしていた。
実力は明らかに己の方が上である、しかし、原は軽トラックをそしてダンプカーを破壊した男である。油断はならない。
奴は圧倒的に不利な状況だった一回戦で見事逆転勝利を収めている。
最初は愛する軽トラックを破壊したNTR野郎だと思っていた。リョナはNGなんだよ!!!可哀想なのじゃ抜けない…と思っていたが、
奴とハロウィンで戦い、そして今日奴の戦いを見て、好敵手であると藤浪は認めざるを得なかった。
いざ決戦の時…
2回戦第二試合原龍徳対藤浪ドラゴン
藤浪は原の姿を見た時、唖然となった。
原は車に仮装していたのだ。
その様はまるで出来損ないのシンカリオン!!
こいつ…考えたな…俺が車を愛する男だから、車に仮装すれば手が出せないと思ってやがる…
笑止
ドラゴンカーセックスはもともと車相手に組み伏す為の武術
それに、むしろ興奮する…昂る…それに俺は男の娘もオッケーときてる…そりゃ悪手じゃろ…力士…
冷静沈着な藤浪の心がたぎる。藤浪は明らかに興奮していた。普段なら試合前は激情を抑えるべきだろう、しかし、藤浪は敢えて抑えなかった。この熱を全てこの哀れなオンボロ車にぶつけてやろうと決意したのである。
それはドラゴンカーセックスに生きる男の矜恃であった。
ギィいいと藤浪は両の口元を釣り上げた。
試合開始の合図が鳴る…
と同時に、2人はがっぷり四つで組み合った。
互いの両手がガッチリと互いのズボンを掴み、身体を密着させ、押し合う。
力は互角、拮抗状態に入る…かと思われたが、違った。
「藤浪よ…ハロウィン力士相手にがっぷり四つに組むのは悪手だろ」
そう言ったと同時に原の両手に万力の力が加わる。
そう、原はハロウィン力士。
そう、力の優れた士(男)なのである。
その握力たるや、藤浪のズボンを引きちぎることなど容易い。
ズボンはビチビチと音を立てて引き裂かれ、そのままの勢いで上に吊り上げた。
「すげえ!!!藤浪の身体が持ち上がった!」
「相撲の吊り上げだ!!!」
「こりゃ座布団投げねえと!!!」
観客が沸きに湧く。
「おい、見てみろよ!!!藤浪のズボンとパンツが釣り上げられてTバックみたいになってるぞ!!!」
観客が叫ぶ。見ると、まさにその通り、筋肉質な尻が露わになり、尻に布が食い込んでいる。
原は尚も上に上に持ち上げていく、その様はまるでたかいたかいをするお父さんの様だ!!
「まずい!!!藤浪の金玉が潰れる!!!スタッフ止めろ!!!」
「年の瀬に汚ねえもん見せるな!!!」
観客の怒号が飛ぶ。
そう、この形、最早藤浪の金玉はいつ潰れてもおかしくない。
これは全て原の計算だったのである。
どうだ?藤浪よ…この姿の目的はお前に手を出させない為じゃねえ…お前が興奮する為にしたんだ。
興奮したお前は我を忘れてがっぷり四つに組みに来ることくらい分かってたさ…
俺の策略の勝利だ。
原は苦悶に歪んでいるであろう藤浪の姿を見るため、藤浪を見上げた。
藤浪は笑っていた
「原よ…お前は俺と戦うと言う選択肢をしたことが悪手なんだよ」
藤浪はそう呟いた。それと同時に藤浪の股間をいじめていた布が限界を迎え裂けた。
それと同時に藤浪の股間が露わになった。
観客は汚物を視界に入れない為に皆目を背けた。
しかし、そこにあったのは汚物ではなく、
銀メッキでコーティングされた二つの玉と棒であった
「俺がセックスするのは車だぞ?普通の生殖器などとうの昔に捨てている…手術済みよ…!!!」
藤浪は自らの股間の表面を全て銀細工で加工してあったのである。
恐ろしい金額と苦痛を伴う手術であったが、藤浪はやり切った。
そう、愛する車のために…
藤浪がストンと、地面に降り立ち、原と藤浪は互いに後方に飛び、十分に間合いを取った。
藤浪は絶望に打ちひしがれているであろう原を見つめた。
しかし、原は笑っていた。
「藤浪よ…今更玉と棒が銀だって驚かねえよ…それより…俺がお前相手に奥の手を考えてねえとでも思ってるのか?」
原はその出来損ないのシンカリオンの様な衣装をキャストオフした…
その姿を見た藤浪ドラゴンは絶句した。