第十八話 「ワンオペと言う戦場」
かつて、どことは言わないが、深夜帯はワンオペの牛丼屋があった。
人件費削減の為、アルバイトを深夜の牛丼屋に一人配置すると言う悪魔のマジック。
それにより、令和のキッズ達は知らないだろうが、どことは言わないがその牛丼屋を狙った強盗が多発したのであった。
その劣悪な環境はまさに戦場。アルバイトには牛丼を提供しつつ、強盗と戦うと言う高いスキルが求められた狂った時代があったのだ。
筆者の友人もその、どことは言わないが牛丼屋でバイトをしていた友人がいたが、彼はあまりの過酷さに「人が働く環境じゃねえ」とやめてしまった。
そんな戦場を生き抜いた一人の戦士がいた。
彼の名は『ルシアン(ハンドルネーム)』
彼はその戦場で無敵の力を誇り、そしていつしか彼は生きた伝説となったのであった。
そう、加賀八明と戦うまでは…
最初に動いたのは牛丼田中丸であった。
一気に晴男との間合いを潰し、放った左拳は回避不能の最速拳、当たると分かっていても避けきれない拳、ジャブであった。
拳を晴男は避ける素振りも見せず、顔面で受けに行った。ジャブは腰の入っていないパンチなので、打たれると分かっていれば我慢できる。
ヘビー級の牛丼田中丸の拳の方向に首を回転させて威力を半減させる、スリッピングアウェーで受ける。それが晴男の考えだ。
晴男の顔に浅くジャブが入る、その時、晴男は首と身体を半回転させて威力を殺す。殺しながらも、瞳は真っ直ぐに田中丸を見据えていた。
顔面を攻撃をされると、本能的に目を瞑ってしまうが、晴男は訓練により、本能を殺しているのであった。
牛丼田中丸が拳を戻すと同時に晴男の拳撃が宙に直線を描く、中段突きである。
晴男の拳が深々と牛丼田中丸の腹を刺す…はずであった。
しかし、晴男の拳が牛丼田中丸の腹を刺す前に、牛丼田中丸の右拳が晴男の顔面を捉えていた。今度は先ほどの浅い打撃ではない。
腰の入った重い一撃だ。ジャブは布石だったのだ。次から始まる連打への…
牛丼田中丸は最速の連打を有している。
それは牛丼屋と言うたった一人の戦場で、客と強盗と戦う為に生み出された連打。
その名を牛丼だくだくパンチ!!
器から溢れんとする汁の様に、拳を春生に叩き込んでいく牛丼田中丸。
晴男は亀の様に両手を上げ、硬くガードを固めるしかなかった。
分かるかな…晴男くん…?私が君の師匠から受けた屈辱が…
連打の中、牛丼田中丸は思い出していた。
晴男の師匠である加賀八明にレスバトルで負け、SNSを特定され、インターネットは祭り状態…その模様がまとめサイトに転載され、それが原因で娘が学校で「牛丼の娘」といじめに遭い家族離散…
それもこれも、晴男の師匠、加賀のせいなのだ…許すまじ、加賀…その一心で牛丼田中丸は己の拳をここまで磨き上げたのであった。
思いを込めて一撃、一撃を振り落とす。
「もう十分か?」
連打の中、晴男が言った。
牛丼田中丸は耳を疑った。
晴男の声は息も上がっていない、落ち着いた声だったからだ。
馬鹿な…効いていないのか?牛丼田中丸の背筋が凍る。また拳を春生に叩き込む。今度は当たらなかった。
晴男はボクシングのスリップのように、身体を滑らし、牛丼田中丸の拳を避けた。
スリップの利点は避けると同時に撃つ姿勢になっていることだ。
スリップと同時に牛丼田中丸の腹に鈍痛が走る。一撃を喰らったのだ。
しかし、怯まずに牛丼田中丸は打ち続けた。そして、晴男は避け、拳を打ち出した。
第一試合から凄まじい打ち合いとなった。
二人の拳が宙で交差した。避ける晴男、己のフィジカルを信じて耐える牛丼田中丸。
牛丼田中丸の拳が疲労から短調に、そして遅くなった瞬間を晴男は見逃していなかった。
一瞬の隙をつき、牛丼田中丸の顔面にワンツーを決めた。
牛丼田中丸は鼻から、目元から血がが溢れ出し、膝から崩れ落ちそうになるが、片膝をつき、ギリギリのところで耐えた。
満身創痍、血だらけのその顔面に向けて晴男のミドルキックが跳ね上がった。
足は牛丼田中丸の顔面にクリーンヒットする。後ろに倒れ込む牛丼田中丸。
牛丼田中丸がその刹那思い出したのは愛妻と愛娘の姿であった。
背中からマットに倒れ込む。この愛しい家族を奪った男の弟子を許してなるものか…
最早、牛丼田中丸の意識はほとんど体外にもれ出ようとしていた。それでも牛丼田中丸は立った。ふらつく身体を無理やり叩き起こし、晴男と向き合ったのである。血と肉と骨を焼くほどの恨みが彼を動かしているのであった。
真っ直ぐと晴男を見据える牛丼田中丸の顔は血と狂気で鬼と化していた。
「さぁ、打ち合おう」
ファイティングポーズをとる牛丼田中丸。
しかし、晴男は構えない。
「何故だ!?俺はまだ戦える!!!」
牛丼田中丸が吠える。
「牛丼田中丸…お前は師匠のSNS暗殺術により、人生を見誤った…しかし、SNS暗殺術は活殺自在の術…」
そう言うと、晴男は客席の一角を指差した。
牛丼田中丸がその指の軌跡を追う。
そこには四十ほどの中年の女性と、セーラー服を着た女学生の姿があった。
牛丼田中丸の妻と娘である。
「おとうさーん!!」
娘が声を張り上げる。その声は涙でかすれていた。
「な…」
言葉が出ない牛丼田中丸はただ立ち尽くした。
「SNSでお前の家族を見つけた…娘さん、あんたの作る牛丼…食べてみたいってさ…」
「う…うおおおおお!!!」
牛丼田中丸は突っ伏して泣いた。
「あんたの拳は俺を殴る為じゃない…あの子を抱きしめる為に使ってやってくれないか?」
「ああ、俺の…俺の負けだ…」
牛丼田中丸は血と涙で濡れた顔で呟いた。
その顔は仏のように優しかった…
第一回戦 矢吹晴男対牛丼田中丸」
勝者!矢吹晴男!!




