第十話 「見せろ!!!天狼抜刀人」
住宅街の外れに大きな公園がある。
緑に囲まれた公園で人々は思い思いの時間を過ごす。
家族と過ごすもの、恋人と過ごすもの、中でも多いのは犬を連れている人だ。
その中に妙な少年がいた。
少年自体はどこにでもいる普通の少年だ。
まだあどけなさが顔に残り、体躯は華奢だ。
彼は手にリードを持っている。リードの先の首輪をつけているのは犬ではない。
肌色の岩が蠢いているのである。
それはよく見ると全裸の人だった。ただの人ではない。全身の筋肉が隆起している。その為に岩のように見えるのだ。
「楽しいかい?ハル?」
少年が顔を綻ばせてその岩に話しかける。
「ワオ!!!」
岩も破顔し、舌を出しながら尻を振り、少年の言葉に答えた。
その岩の名を矢吹晴男と言った。
ひどい雨だった。
全身を雨に打たれながら男は道を歩いていた。
矢吹晴男は出所した後、いくあてもなく町を彷徨い続けていた。
職もなく、宿もない、金もない。ただひたすらに歩き続けていた。衣服は破れ、髭はのび、ひどい有様であった。
腹がひどくすいていた。全身にふる雨の冷たさで凍るように寒かった。
晴男はその場に倒れ込んだ。目がかすみ、身体が震える。
このまま死ぬのか…晴男がそう思った刹那、雨が止んだ。
いや、誰かが傘を晴男にさしてくれているのであった。
見上げればまだ小学校に入ったばかりと言った歳の少年が傘を自分に差し出し、濡れないようにしてくれている。
「大丈夫?うちに来る?」
少年は心配したように、晴男の顔を覗き込んだ。晴男は小さく頷いた。
ありがたい、これで久しぶりに屋根の下で寝れる。
晴男は少年に手を取られ、その手にすがるように歩いた。もう、前を向いている余裕もない。
「ここだよ」
少年が言う、顔をなんとか持ち上げて見やると、大きな屋敷の前である。
しめた、これはいい飯にもありつけそうだな。晴男がそう思っていると、また少年に手を引かれて歩き出した。
少年は真っ直ぐ玄関には向かわず、玄関を迂回して、庭まで晴男を案内した。
「ここだよ」
晴男に少年が告げる。目の前にあったのは犬小屋であった。
「ごめんね、お母さんに拾ってきたのは中に入れるなって言われてて…」
少年はしゅんとした表情でそう言った。
ふざけるな!普段の晴男ならそう一喝しているところだろう。しかし、その時の晴男は極限状態であった。腹も減り、気力も削がれ、ただ、この雨をしのげるのならそれでいい。
晴男はモゾモゾと犬小屋の中に入っていた。
犬小屋の中から少年を見つめる。
「すぐご飯持ってくるからね!!!」
少年はそう言ってかけて行った。
しばらく世話になるのも悪くないだろう。
晴男は体を丸めて犬小屋の中で眠った。
数ヶ月後
「ハル!!!行くよ!!!」
少年ことカズキが晴男の名前を呼ぶ。
犬小屋から全裸の成人男性が四つん這いで飛び出してきた。
「ワォ!!ワォ!!」
成人男性は嬉しそうにカズキの周りを歩き回る。
この男、もちろん矢吹晴男である。
晴男はこの数ヶ月で身も心も犬となった。
カズキは晴男のことを可愛がった。
3食の飯はもちろん、散歩にも連れて行ってくれる。晴男にとっては久しぶりに感じる人の優しさであった。
こんな生活も悪くねえな…そんな風に感じていた晴男も数日過ごせば、こんな生活がいいワン!!!とすっかり犬として調教されていた。
そんな1人と一匹は公園にいた。
晴男の散歩の為だ。
「楽しいね!晴男!!!」
カズキが屈託のない笑みを晴男に負ける。
「ワォ!!!ワォ!!!」
晴男が答える。
これは人の言葉に置き換えると、『楽しいですね!!!ご主人様!!!』と言っているのである。
すっかり人である事を晴男は忘れ、犬ライフを楽しんでいた。
「あら汚い…」
そんな言葉が1人と一匹の耳に届いた。
見ると、濃い化粧をした妙齢の熟女がトイプードルを連れてそこに立っていた。
熟女の身なりはブランド物で固められており、如何にも成金と言った出立であった。
トイプードルも綺麗な服を着せられている。
「あなた、なんでそんな汚い男を連れているの???景観が損なわれますわ…」
熟女は鼻をつまみ、手をひらひらとさせながら言った。明らかに侮蔑が滲んだ声色であった。
その時、トイプードルが屈み、ブリブリとクソをひりだした。
トイプードルが全てクソを出し切るのを確認すると、熟女はクソがあることなど気にも止めず歩き出した。
「あの、おばさん、公園にウンコを置いてっちゃダメなんだよ…それにハルは汚くないよ、可愛いワンちゃんだよ…」
カズキは勇敢にも立ち去る熟女の後ろ姿に語りかけた。
その言葉を聞いた瞬間、キッと熟女はカズキに振り返った。
「あなた、さっき、おばさんって言った?私のことおばさん???汚い男を連れて、おばさんって言って、あなた本当に育ち悪いのね!!」
熟女は唾を飛ばしながら叫ぶ。
その言葉にカズキは目を潤ませて俯いてしまった。あと少しで涙が流れ出そうなのを必死で我慢していた。
2人のやりとりを見て、トイプードルはカズキを嘲笑うかのように「キャンキャン」と笑った。
その瞬間であった。
トイプードルの身体が震えた。全身が震えた。何故震えているのか最初理解できなかった。
生まれた時から室内で守られ、育てられてきたトイプードルには理解できない感覚であった。
何故震えているのか、それは生まれて初めて殺気を全身に当てられているからであった。
殺気の方向を見れば、晴男が先ほどトイプードルがひりだしたクソをバクバクと食べていた。
これは珍しい現象ではない。犬は過度なストレスを感じると食糞をするのはよく知られている。
晴男はトイプードルと熟女を睨みつけながらバクバクとクソを食べている。
バクバクとクソを食べる晴男に熟女も気がついた。晴男の姿を見た瞬間ギャっと叫んだ。
「なんなの!?この男!!!気持ち悪い!!!サイテー!!!」
熟女が怯えたように叫ぶ。
「ハルはサイテーなんかじゃない!!!お前がサイテーなんだ!!!」
カズキは目に涙を溜めながら叫んだ。
「がぁぁぁぁあ!!!」
晴男が四つん這いのまま叫んだ。目だけが爛々と輝いている。
晴男と目があった瞬間、熟女とトイプードルは失禁していた。自分の死が避けられないものだと感じたからだ。
実はこの時の晴男は武術を使っている。
否、この数ヶ月の犬ライフは全て武術取得のための修行だったのだ。
武術の名は「象形拳」
動物なら身体能力は人間の比ではない。
その為、昔から人は虎や鷹などの動物の動きを模した武術を造り出してきた。それが象形拳だ。
この数ヶ月間、晴男は犬の動きを全て模倣し犬拳法を体得しようとしていたのである。
犬の身体能力は人間とは比べものにならない、そのしなやかな筋肉、鋭い牙を用いれば人1人殺すことなど容易いのである。
こう言う話がある。大昔、巨大な熊と犬が森の中で対決した。普通は熊が勝つと思われるだろう、しかし、熊は犬の牙により首を切り落とされてしまったのである。
その時、犬が使った奥義は…
晴男の後ろ足がパンパンに膨れ上がる。
筋肉に力を入れたのだ。
全身が押さえつけられたバネのように地面に下がっていく。
次の瞬間、晴男は弾丸の様に熟女に飛び出して行った。
全身を回転させ、牙を剥き、熟女の胸に飛び込んでいった。
その時、熟女の肋骨がバキバキと折れる音がした。
熟女が倒れ込む。トイプードルも余りの恐怖に口から泡を吹いて倒れた。
「ハル…」
カズキが晴男に呟く、そのカズキに晴男は優しく微笑み、晴男はカズキの元から駆け去って行った。
次回…銀○-流れ星○-編スタート!!!(嘘




