夕暮れ
自由になるための文章が書きたかった。太陽が山の尾根に沈んでいくのを新幹線の中から見つめていた。眼下に広がる棚田がオレンジ色に染められている。僕は今この瞬間だけは自由だった。
新幹線がトンネルに侵入し、鏡に映った僕が僕を見つめていた。限界だった。僕が涙を流すと、彼もまた涙を流していた。一体何がそんなに悲しいのか。僕にはわからなかった。
一貫性があることが物語ならば、人の人生は物語にはなれない。僕は物語の語り手にはなれないのだ。キヨスクで買ったコーヒーが名残惜しそうにカップの下に残っていた。駅に着いたのだ。降りなくちゃ。
ホームに降り立つともう太陽はほとんど沈んでしまっていた。空では太陽が残していったやけに青みがかった若い夜が僕を見下ろしていた。夏が目前に迫っているのを感じる。