09 窮地
予想だにしない形でのナイトメアとの交戦。
直前にされた話からの動揺もあって、水菜達は苦戦していた。
「っっ!」
飛び上がった水菜の拳を、素早い動くで交わすナイトメア。
闘争本能のままに動いているという印象があった初回遭遇時のそれとは違って、ところどころ理性の見える行動が厄介だ。
「このっ」
入れ代わりに、理沙の鞭が命中するが相手はダメージどころか痛みも感じていない様だった。
「だったらっ」
理沙が、能力を使って時間を止める。
相手の動きを数秒止める間に、彼女達が攻撃を加えていくが、元々の体力が違い過ぎるのか、それも大した害にはなっていない様だった。
『グルルル……』
図体がでかくて、打たれ強くて、しかも素早い
おそらく水菜たちの経験した他のナイトメアよりも、数弾も手ごわいだろうその個体は、それだけ攻撃を加えても倒れる気配を見せなかった。
だが……。
「牙!」
「任せろ!」
木の上でずっとスタンバっていた俺は、眼下に誘導されてきたナイトメアを見下ろして能力を使ってそれを落とした。
「雪国の産物だ、受け取れ」
木の枝を芯にして公らせた人工つららだ。
かたっぱしから作ったそれを叩きわって落としていく。
だが、それだけではナイトメアの頑丈な表皮を木津つける事はできないだろう。
だから、押し込むのだ。
「だらあああ」
全体重を預ける様に木から飛び降りる。
降り注ぐつららの雨の中、手にしていたつららを突き立てた。
「寒さなめんな!」
突き刺さったそれをとって、傷口を起点に能力を使う。
表から駄目なら、中からダメージを与えればいい。
「食らいやがれ」
氷結の世界が周囲を覆っていく。
舞い散る氷の結晶が、降り積もる頃には、ナイトメアは動きを止めていた。
経ったまま凍てつくその巨象をみて、飛び降りる。
「やったよな。これ死んでないといいけど」
威力は一応一部分にだけ集中させたが、まだまだ未熟故に力加減を誤って死なせていやしないか心配になる。
「先程まで戦っていた相手の心配とは、余裕じゃの」
そんな俺達に近づいてくるのは、遠くから戦いを見守っていた瞳だ。
「だか、まあ及第点としといてやるのじゃ。アイスはもらうがの」
「あとは、本部に引き渡す為に拘束しなくちゃいけないわね。でもいつ戻るのかしら。大きいと運ぶの面倒なのよね」
「おそらくそう長くはないはず。人に戻ってから拘束した方が良いかもしれないわ」
後の事を考えてあれこれお言い合っうが、かすかに身動きの気配。
見ると、枯谷が飛ばしていた意識を取り戻していたところだった。
だが、ダメージを考えると戦闘続行は困難だろう。
水菜も理沙も、そう判断してるから悠長に会話で来ていたのだが、まだ俺達は相手の力をみくびっていたらしい。
「ゆ……だん、は、だめ、よね……」
唇にかすかに笑みを刻んだ枯谷。
その言葉に警戒心を高めるが、遅かった。
周囲から一斉に何体ものナイトメアがとびかかってくる。
「な、何よこれ。なんでこんなにナイトメアが」
「まさか、仲間を……」
頼れる先輩ズの動揺する台詞を聞きながら、見落としに気づく。
隠れ家には数人分の生活の痕跡があった。
なのに、ここにいたのは枯谷一人だった。
万が一に備えて、枯谷は伏兵を用意して俺達を囲んでいたのだ。
「くそ、一人でも厄介だって言うのに」
「こやつら、そうも簡単に人の姿を放棄できるのか。薬物の摂取に慣れておるな」
あわてて、構える。
全方位から満遍なくおしよせてくるナイトメアの姿に、パニックにならないのは事態が急すぎるのと、逆に脅威のインフレが起きすぎて現実味が欠けているためだろう。
とにかく、この場に戦闘に不慣れな面々が二人もいる。
隠密系の瞳お嬢ちゃんを誰にフォローさせるのかが問題だが……。
……水菜に任せるか、
……理沙に任せるか。
悩んだ末に、俺は理沙に任せる事にした。
「理沙、お子様優先だ!」
「言われなくとも!」
指示を飛ばせば彼女は瞬時に理解してくれたようだ。
「誰がお子様か!」と喚いてるお子様を守る様に、彼女は移動する。
俺は新人とはいえ、年下の少女よりも体力はあるだろうし、修羅場をくぐった経験もある。
自分の身ぐらいは自分で守れるはずだ。
だが……。
「っ!」
俺は、混乱する状況の中でもう一人の存在を忘れていた。
小さく呻き声をあげた水菜が、首を抑えている。
彼女の背後にまわったのは、枯谷で手元には注射器が。
まさか。
水菜に?
「このやろう!」
頭に血がのぼって後先考えずに枯谷に殴りかかろうとしたが、それは水菜に手で制される。
彼女は真っ青な顔をしながら、俺の手を引いて、ナイトメアの集団から逃走を図る。
「え?」
「駄目よ。状況が変わった。理沙、撤退!」
「了解!」
そう言って、俺は立ち並ぶ木々の間を縫いながら散り散りとなって逃げていく。
幸いなのは、ナイトメア集団に小回りがきかないことか。
何とか距離を詰められずに、逃走中だ。
俺は、冷や汗をかいている水菜に話しかける。
どうやら予想とちがって、ナイトメアになることはなさそうだったが……。
代わりに別の問題に悩まされているらしい。
彼女の首元に向けている俺の視線に気が付いたのだろう。
前を走っている水菜は、ポツリと呟いた。
「力が無効化されたみたいだわ。今の私は一般人と何も変わらない」
「んなっ」
何だって。