08 枯谷千草
「ふふふ、私の能力は戦闘向きではないけれど、日常生活では多大な力を発揮するわ。私の作った誓約書を、誓約を守らせたい相手にかかせれば、強制的に守らせる事が出来るという能力なの。だから私は牙君に、水菜が死んだらその命をあげるようにって誓約させたの」
枯谷はなおも饒舌に喋り続ける。
囲んだ水菜と理沙は無言だ。
そして、動かない。
なぜなら、いつもは一番に相手に向かう役である水菜が動く意思を見せないからだ。
彼女は明らかに、話の内容が気になっている。
「水菜、こんな奴の事、聞いちゃ駄目よ。話なら、後で聞き出せないいじゃない」
「……駄目よ。拘束班に引き渡せば情報は秘密裏に処理されてしまう可能性がある」
「だけど……」
「賢明な判断ね。そうよ。私の語った事がちゃんと貴方に伝わるとは限らないわ。組織は厳しいものね」
四対一だというのに、状況は膠着してしまっているようだ。
「続けるわよ。私の遺伝子は、ナイトメアウイルスには高い抵抗値を出している。私の娘の貴方もきっとそうなのでしょうね。だから、産んだ後はすぐに抗体組織に保護させたの。ウイルスを無力化する薬を開発させるために。人々の為でもあったのよ、分かってくれる?」
「……そう、貴方の話は分かったわ」
その話を鵜呑みにするならば、という条件付きだが、枯谷の言う事を信じるならば水菜を一人にさせた事に、そこに悪意はなかったかのようにとれる。
だから未踏鳥は、彼女と水菜との関係がどこまでかわ知らないが、分かっていたから、今回こちらに依頼を回したのだろう。
「一つだけ聞かせて、貴方はどうして抗体組織に入って自分で研究しなかったの?」
水菜は、静かに枯谷へと問いかける。
しかし、その問いに答えた言葉は勝手なものだった。
「そんな事したら、自分の研究が出来なくなっちゃうじゃない。人に任せられることは任せる主義なのよ」
「そう……」
「な、あんた……、それでも水菜の親なの!」
枯谷の行った事が信じられないとでも言わんばかりに、里沙が怒号を放つ。
俺だって、色々と文句を言いたかった。
後先考えずに叫びたかったが、そうしていてはせっかく姿を消しているというのに、その意味がなくなってしまう。
「あんたの言い分なんか認めないわ」
「それでも結構、私の事は私自身が認めているもの」
理沙が噛みついているのを有難く思いながら、その時を慎重に待ち続ける。
本心では滅茶苦茶言い返したかったが。
あれだな、怒ってる人を見ると、逆に冷静になって来るってやつ。
「話はそれだけね、貴方は犯罪者。拘束させてもらう」
「あらあら、困っちゃう。逃げたいから、逃げさせてもらうわね」
一歩踏み込もうとする水菜だが、困ったように喋った彼谷は、その場で懐から取り出した注射器を自分の首に打った。
「私の研究成果、見てくれる? 時限付きの狂暴な爆弾」
そして、見る見るうちに、その体が肥大化していって、皮膚の色を変え、異形の姿へと変貌させていく。
それは、一度白銀の土地で見た事のある、忘れられない脅威。
いや、それよりも、かなりサイズが大きかったそれは、ナイトメアだった。
時限付き、と言う事は、おそらく一定時間を過ぎたら元に戻るのだろうが……。
自分からあんな異形になりにいく、その精神が理解できない。
「って、おいおい。いきなり難易度上がってんじゃねぇか」
『グ ル オ オ オ オ オ オ ォ ォ ォ』
小さくこぼす俺の言葉は、ナイトメアの咆哮にかき消されていった。




