07 スタンバイOK?
来た道を戻る様にして林に向かうと、もれなく人の姿が視界に入って来た。
一人は見慣れた少女、若山瞳だ。
もう一人は知らない女性。おそらく以来のターゲットだろう。
瞳ちゃんは若干涙目になってこちらに抗議してくる。
「お、遅いではないか。そやつ、無駄に体力あって走っても走っても追いかけてくるし、能力使って透明になってても木の葉を踏む音で補足してくるし、大変だったのじゃぞ!」
偉そうに言ってても、やっぱり怖い物は怖いらしい。
あからさまにほっとした様子を見せられて罪悪感が湧いてくる。
「わ、悪かったな」
向かい合う瞳ちゃんとターゲットの間に水菜が割り込む。
よゆうができたのか、小っちゃい女の子は大きなため息をついた。
そして、こんな罰を言い渡してきた。
「後で、アイスじゃからな」
「へいへい」
アイス一つで命の危機帳消しにするとか、その度量の大きさに驚けばいいのか、その子供らしいチョイスにほっこりすればいいのか分からねぇな。
今月のお小遣いの残量と財布の心配を詩ながらも、とっとと任務を終わらせるために、視線の先にいる女性へと声をかける。
「で、本題に入るけど。お縄についちゃくれねぇ?」
相手の歳は三十代後半か四十代くらい。
目の前にいるのは、あまりお洒落には気をつかってなさそうな、汚れた作業着姿の女性だ。
聞いた通りの情報を思い出しながら問いかける。
「確か、枯谷千草だって?」
「その通り、私が貴方達の組織の貴重な薬を盗んだ犯人よ」
確認の意味で問いかければ、応じる言葉。
一応こっちと会話をする気はある気らしい。
「こっちは四人、あんたは一人。四対一だぜ? 面倒だから、大人しく捕まってくれると嬉しいんだけど?」
「それは無理ね。私にはこれから先も研究を続けていくと言う目的があるもの」
自首を進めて見たものの、相手の反応はすげないものだった。
考えるのも馬鹿らしいとばかりに肩をすくめてみせる。
そして、枯谷はなぜか水菜へと視線を向けて、表情を綻ばせる。
「せっかく十数年前に蒔いた種が成長して現れたんだもの。飛びつかずにはいられないわ」
「あ?」
言われた言葉の意味が分からない。
水菜の様子を伺ってみるが、彼女も心当たりはないらしく首を振って見せるだけだった。
ならば適当な事を言って、逃げる機会でも窺っているのだろうか。
しかし、そう考えた思考を否定する様に女性は続ける。
「いいえ、本当の事よ。私はその子を産んでから、十年以上も待ち続けた。でも、死んじゃったら困るから、牙くんに契約書を書かせて、助けに行かせた事もあったわね」
「は……ぁ?」
水菜の生みの親。
言われた言葉に理解が追いつかない。
けれど、よく見てみると両者の纏う雰囲気や顔立ちに似ている所があるような気がしてくる。
だが……。
「戯言よ、聞かない方がいいわ。こんな怪しい奴の事」
理沙の言葉に、相手のペースに乗せられてしまっている事に、気づく。
素人であるこちらと違って完全に仕事モードだ。
こういう時は頼りにならなくもない。
「水菜、囲むわよ」
「……ええ」
「そんなひどい事言わないで、私とお話しましょう。気になってるんでしょう?」
背後を取ろうと動く水菜。
その水菜をサポートしやすいように、理沙は枯谷の前へ陣取る態勢だ。
俺は、まあ……遊撃という事で。
だが、濡れ衣をかけらえて理沙と共に追いかけられたの時から少しは成長している。
「つっ、頼むから、役に立てよ俺」
意表を突く事にかけては、そうそう右に出るものがいないと自負するところなので、欠点を伸ばすべく自分にできる事だけ専念する。
「瞳お嬢ちゃん、透明化よろ!」
「子供扱いするでない」
非戦闘員である少女の手を借りて、何かあった時の為に即座に動けるようにスタンバっておくことにした。




