08 仲良いですかねぇ
駄菓子屋の中でそんな調子でしょうもない事を言い合ったり、老婦人に駄菓子やお茶をご馳走してもらったりしていると、ほどなくして水菜がやってきた。
「水菜? 任務じゃなかったのか?」
「終わらせてきた。アルシェから連絡が入ったから。それから頑張った」
結構な期間本部から離れてやっていた仕事を、頑張ったくらいで終わらせるのかと思ったが。
「ちゃんと後始末とか終わってないなら、あとで手伝うわよ。でもやっぱりこういう時には、来てくれたのね」
「ええ、待った?」
ああ、途中やりの可能性もあるのか。
区切りの良い所でって感じ?
なんか申し訳ないな。
俺の力が必要になるかどうか分かんねぇけど、後で出来る事があったら手伝おう。
先程より元気が出た理沙は水菜に向かって言う。
「待ってないわ、牙の相手がちょうど面倒臭くなってきた所だけど」
よく言うよ。
疲労たっぷりのこっちに、尽きない会話を続けてきたのは理沙の方だと言うのに。
俺は悪くねぇ。
「それで本部は寄ってきた? 組織の方はどんな様子だったの?」
「混乱している様子はなかった。表立っての事ではないと思う。おそらく、秘密裏に処理するのが狙い」
「そう、それで、全て終わった後に都合の良い様に事実を公表するつもりなのね。はぁ、嫌になるわね、巻き込まれる方としてはたまったものじゃないわ」
理沙は額に手を当てて、頭痛でもこらえるような仕草だ。
確かにな。
ナイトメアと戦う組織にいるというのに、奴等と戦わずに人間どうしで争う事になるなんて、本末転倒も良いところだろう。
「なあ、奴らが言ってた情報漏洩って何の事なんだ?」
「そうそう、それよ。あいつら一体何で、落ちこぼれのあたしなんかを狙って来たのかしら」
「水菜ならともかくな」
「一言余計よ」
へいへい。
問われた水菜は少し考えた後に、言葉を紡いでいく。
確信は持てないが、という様子だ。
「仮定の話になってしまうけれど、今度抗体組織が一般向けに何らかの会社を立ち上げるという話を父から聞いた事がある。おそらくそれに関係する事柄のはず。それに関係して、情報の行き違いが起きているというのを聞いた記憶があるから」
「そう……」
「確か……疾病に関するワクチンを開発する会社らしいわ。医療薬を製造し、販売する為の。組織が持っている知識は、一般の商法薬にも応用できるらしいから。その情報を会社に活かそうとしているけれど、上手くいっていないようね」
「それだけ見ると良い話じゃない」
ナイトメアウイルスとの戦いで培った技術が、一般の病気にも聞くのは初耳だ。
だが、それだけならまぎれもなく良い事だ。
こんな事に巻き込まれたりしなければ、手放しで喜んでいた事だろう。
「問題なのは、おそらくその行き違いの情報の事よね。奴らは漏洩って言ったわ。なら、問題は、何の情報が盗まれたと思われているか……よね」
「アルシェにもう一度連絡を取ってみるわ」
それからも、色々と二人はあれこれと言い合っていたが、専門的な話の割合が大きすぎて俺にはとても割り込めるものでは無かった。
手持ち無沙汰でその様子を眺めていると、理沙のおばあさんに話しかけられた。
ついでにお茶をくれる親切さんだ。
この優しさ、どうして理沙には受け継がれなかったのだろう。
残念でならない。
「あの子と仲良くしてあげているようですね、ありがとうございます」
「い、いえ。とんでもない」
謙遜ではない。
仲良しくしている事など、牙の記憶の限り一つもなかったように思えるから、過大評価も過ぎる。
「両親が失踪してしまってから、あの子は親しい友達を作らずにいたので」
「失踪……?」
何気なくもたらされたその情報に耳を疑う。そんな事は一言も本人から聞いていなかった。
「他に良い人が出来たんでしょうね、父親が最初にいなくなって、その後母親まで、残された理沙はそれ以来、男性の事をあまり良く思わないようになってね。小さかった彼女の、元に両親はとうとう戻らずに、私が世話をすることになったんですよ」
「それで……」
あんな男嫌いになったのか、と納得する。
何かするたびに、野獣だのなんだの言われている理由がやっと分かった。
だからと言った所で、どうにもならないのが悲しいが
紳士になれとか、無理だ。
だって、男だから野獣な部分はどうしてもあるんだもん!
はぁー。
これからも色々言われるんだろうな。
「何で俺にその事をわざわざ?」
だが、気になるのは、どうしてそんな大事な事を船頭牙なんかに話したかだ。
「ふふ、さてどうしてでしょうね。あの子と仲が良かったからか……それとも牙さんが弱い人を助けてくれるような人に見えたからかしらね」
「……」
そういう返しは反則だぜ?
俺、なんて言って良いか分かんないし。
ただ、一つ分かった事は「やっぱこの人ただものじゃねぇ……」だった。




