01 まだまだ雑魚い
抗体組織東京本部 訓練室
抗体組織に入って二か月が経った。
「ぜぇ、はぁ……。ひぃ、ふぅ……」
入った当初と何ら変わりのない現状に嫌気がさしてきそうだ。
もう、毎日が死にそう。
一週間が過ぎて、一か月が過ぎて、もう二か月となるというのに、一向に訓練に慣れる気配がない。
果たしてこんなハードな日常に慣れる日がくるんだろうか。
あ、もうだめ。
「……ぐぶべっ」
船導牙こと……俺は、未だに訓練室で割り当てられた訓練メニューの全てを消化する事が出来ないでいた。
自分がどれだけ普通人間なのか、思い知らされる日々で、精神的にも死にそう。
いや、これは普通を通り越して落ちこぼれなのではなかろうかと思えてくる。
「ちょっと! 勝手にヘタレてんじゃないわよ」
潰れた俺に話しかけてくるのは理佐だ。
高圧的で尊大な態度は一週間と言う時間を隔てた今も、まるで変わらず……いいや以前よりも拍車がかかって来ているように思えた。
ちなみに水菜の姿はない。
遠くの任務で、しばらく本部を開けているからだ。
寂しい。
「さっさと起き上がりなさいよね。まだ終わってないわよ」
「無理」
起き上がりたいのはやまやまだが、体が言う事聞いてくれないんだからしょうがない。
かろうじて動く手を挙げて、バッテンを作ると何を思ったのか、彼女はこちらの腹を踏んできた。
「ぐえぇ」
「怠けてんじゃないわよ、そんなんじゃエージェントとしてやっていくなんて無理に決まってんじゃない」
「お、お前なぁ……」
恨みを込めた視線を送るが、彼女は涼しい顔で、手に持っていた紙切れ……俺の訓練メニューが記されたそれをすらすらと読み上げていく。
「この後は、加重訓練に、持久走、銃の扱い方を教えてもらって、あとは爆発物の取り扱いの勉強もあるのよ。アンタには、地面に悠長に寝転がってる暇なんてないの!」
「んな、ことぐらい分かってるっての。いちいち言うな。あーあ、お前に水菜くらいの優しさと思いやりがあればな」
「何よ、文句あるの。そういう事言える立場なの? 新人のくせに」
カチンときた。
理佐といると接している半分の時間くらいは、そんな感じだが、本日のそれはいつもの日ではない。
水菜という緩衝材がないので、これまでは気をつけてきてはいたが、ちょっと我慢の限界に達しそうだった。
とにかく頭に来たのだ。
「先輩だからってそんなに偉いのかよ」
その場から起き上がり、理沙に背を向ける。
「あ、ちょっと。まだ元気あるんじゃないの!」
「うるせぇ、ちょっと休憩だ。あのな、まだ朝の七時だぞ、俺はこれから学校あんの。ここで全力出してたら授業中、潰れちまうだろうが。先輩だってんなら、ちょっとくらい優しさ見せろ」
「な、何よー! 年下のくせに! 年下のくせに! あたしにだって優しさと思いやりぐらいあるわよ」
文句を言えば、今までの三倍くらいの口数になって猛烈な言葉を放ってくる理沙だが、それに付き合っていられるだけの体力が残っていなかった。なので、牙はベンチに転がって近くにあった冷たいタオルで頭を冷やした。
東京にある抗体組織の支部、そこにエージェントとして入って二か月。
それだというのに、もう自分の限界が見え始めた事に落胆が隠せない。
未だ正式な任務は貰っていないし、こなしていない。
戦力として数えられる日がくるのだろうかという思いに悩まされない日はなかった。
以前は、特別な能力を持っていれば、特別な人間になれると思っていた。
だが、所詮普通人間である船導牙は、特別にはなれやしないのかもしれない。