第9話・迫りくるモノ
それは、ハーケリュオンがフェニックスへと姿を変え、地球に向けて飛翔する少し前のことだった。
パリの市街地では、現場に到着したチーム22によるブロッケンへの攻撃が始まっていた。
3機のうちの2機が上空から急降下しながらの波状攻撃を仕掛ける中、残りの1機が直上からブロッケン目掛けて急降下していく。
「「ダイバーズギア、ダリアント、モード・アイアンバウンド、クロスイン」」
ダリアントと呼ばれた飛行体は分離しながら変形、再合体し、巨大な鋼の獣へとその姿をかえていく。
「合体完了。システムオールグリーン」
「行くよ、ミラ」
「OK」
合体して1つになったパワードスーツ型コックピットの中で、四つん這いになり身体を重ねるダリアントのパイロット、ミラとリンダが自身を鼓舞するように叫ぶ。
空中でブースト加速するダリアントの肩や背中、大腿部や下肢、更には口の左右からも折り畳まれて収納されていた巨大な刃が姿を現し、鋼獣は真上からブロッケン目掛けて一気に襲い掛かった。
‶ザシャアァァァっ″
無数の刃が、全方位に向けて放物線を描くように伸びる、シェルターに突き立てられたブロッケンの帯状の触手を全て切り落としていた。
ドドドドドドドオォォォォォォンっ。
それを待っていたかように、上空2機が切り落とされ姿を変えようとする触手を次々に破壊していく。
「こちらは引き受けた。早くトドメを刺しちゃって」
「まかせて、ミラ」
「OK」
「「バイブレーション・ソード」」
仲間からの言葉に背中を押されたミラとリンダが声を合わせて叫ぶとダリアントの全身から伸びる刃が超高周波で振動を始めた。
それは、ブロッケンの装甲さえも切り裂く、ダリアントの切り札だった。
機体の各所から姿を現したスラスターノズルから青白い炎を噴き出し、凄まじい勢いで加速しながらブロッケンに迫る。ソードスラッシュ。
ドガガガガガガガガガガっ。
それはまさに、ダリアントがブロッケンに飛び掛かろうとした瞬間の出来事だった。
鋼獣は、その全身を無数の黒い槍に串刺しにされていた。
「なに?どこからの攻撃?」リンダが叫ぶ。
その瞬間、2人の足下からコックピットブロックを突き破り黒い円柱状の物体がドリルのように回転しながら球体内に突き立てられていた。
「!?」
それはダリアントの全身を貫く槍のうちの1本だった。
鋼獣は地中からの攻撃で串刺しにされていたのだ。
「こ、これって、まさか」2人の悪い予感は最悪の形で的中していた。
槍が突然バラバラになり始めたかと思うと、それらは、小型のブロッケンへとその姿を変え、更には、アメーバーのようになりながらコックピットブロックの内壁を侵食し始めた。
そう。シェルターを攻撃するために地下へと侵攻した小型のブロッケンが融合し、槍のようになって地中から攻撃して来たのだ。
「ミラっ、リンダっ」
仲間を助けるべく、上空から急降下する2機。
だが、鋼獣の全身を串刺しにする槍が、アメーバー状になりながら、あっという間にダリアントを飲み込んでいた。
「ダリアント聞こえますか?ミラ、リンダ、返事して」
オペレーターの少女が呼び掛けるも返事はなく、その間にもブロッケンに包み込まれたダリアントは元の大きさより二回りほども大きい、黒い獣のような姿形になっていた。
「ダリアントのコントロールをこちらに回せ」サンドラが叫ぶ。
「だめです司令、信号が拒絶されました」
「ブロッケンに融合されたのか?」
「ミラ、リンダ、返事して」
‶ザ、ザザっ″
その時、突然通信が回復し、ノイズしか聞こえなかったスピーカーから2人の声が聞こえてきた。
「・・・ち、違う、違う。私は悪くない」
それは、リンダの声だった。
「どうしたの?リンダ」しかし、彼女からの応答はなかった。
まるで、こちらからの呼び掛けが聞こえていないのか、リンダは一方的に話し続けた。
「あなたが自殺したのはあなたが弱かったからよ。わたしのせいじゃない。ギア・パイロットの選抜試験には1人しか合格しないことは分かってたでしょ?落ちたのは私のせいじゃない。あなたに実力がなかったからよ」
「リンダ、何を言ってるの?ミラ、聞こえてる?返事して」
「・・・違う」
それはミラの声だった。
「え?」
「私は、私はあなたを見捨てたりしていない」
「ミラ、2人とも、さっきから何を言ってるの?」
「お姉ちゃんも必死にあなたの手を握っていたわ。でも、みんな初めて見るブロッケンにパニックになって、人の波に呑み込まれて、・・・手が離れちゃったのよ。本当よ、わざとじゃない」
2人は涙ながらにそう訴え続ける。
「サラ、どうしよう?」
その通信を鳥型に変形合体するギア、ガルーシアのコックピット内で聞いていたティナが不安そうにサラに話し掛けた。
「ブロッケンを倒す。2人を取り戻すにはそれしかない」
「でも、もう」
「諦めるな。私たちが諦めたら本当に終わる。だから私は絶対に諦めない。レイン聞こえる?」
彼女は上空で待機するもう1機のギアに話し掛けた。
「まかせて。グラスティアが囮になる。その代わりブロッケンは倒してよ」
「誰に言ってるの?ガルーシアの一撃必殺戦法で倒せなかった敵が今までいた?行くよティナ」
「了解」
「「ダイバーズギア、ガルーシア。モード・バークサス。クロスイン」」
ガルーシアが急降下しながら2つに分離、再合体し、バークサスと呼ばれる鳥型のロボットへとその姿を変えていく。
ドガガガガガガガガガガガガガガガガっ。
その瞬間だった。
ガルーシアに漆黒の野獣と化したダリアントが襲い掛かっていた。
ダリアントは、2体に分離し、変形、再合する途中のガルーシアの機体の間に自らの身体を潜り込ませていた。
「ば、はがな、こんなことが」
「サラっ」
その刹那、ダリアントの全身から黒い槍が飛び出るように伸び、一瞬にしてガルーシアを串刺しにしていた。
「サラ、ティナ、脱出してっ」
グラスティアのコックピットでレインとヨーコが叫ぶ中、ガルーシアもまたダリアントと同じように黒いアメーバーのような液体状のブロッケンに全身を覆われ、本来のバークサスよりも二回りほども大きな鳥型の怪物のような姿になっていた。
「サラ、ティナ、2人共返事して」
レインが必死に呼び掛ける。
だが、
「ち、違う、私は悪くない」それは、サラの声だった。
「あれは事故だ。私はちゃんと訓練前に点検し確認した。本当だ、パラシュートが開かなかったのは私のせいじゃない」
「サラ、どうしたの?」
「違う、違うの、お願い、ちゃんと話を聞いて。そんな目で私を見ないで」
ティナが涙声で訴える。
「ティナ?」
「だって、ブロッケン警報が出てたんだよ。いくら遊ぶ約束してたからって警報が出たらシェルターに避難するでしょ?まさかあなたが、あの公園でずっと私を待ってるなんて思わないよ。なんで?どうして待ってたの?なんで逃げてくれなかったの?」
「グラスティア聞こえるか?レイン、ヨーコ。今すぐ撤退しろ」
それはサンドラだった。
「しかし2機が・・・」
「このままだとチームが全滅する、これは命令だ。ただちにその空域から離脱しろ」
「り、了解」苦渋に満ちた表情で、そう答えたのはレインだった。
「レイン!!」
「私も逃げたくない。でも、このままじゃ・・・」そう言いながらレインはヨーコを見た。
「ヨーコまで失いたくない」
「レイン」
「この空域から離脱する、メインスラスター、オーバーブースト」
「オーバーブースト」
機体後方のメインスラスターから、ロケットの打ち上げを彷彿させるほどの激しい炎を噴き出し上昇を始めるグラスティア。
ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガっ。
その瞬間、上昇し始めた機体は、ブロッケンと化した2体のギアに上下から挟み撃ちにされていた。
それはギアの活動限界を遥かに凌駕するスピードだった。
「ば、バカな」グラスティアは2体のブロッケンに挟まれ、上下からアメーバー状のそれに包み込まれながら、そのまま大地に激突していた。
ドゴゴゴゴオオオォォォォォォンっ。
「ヨーコ、レインっ」
大爆発とともに発生した衝撃波が辺り一面を埋め尽くしていた瓦礫を吹き飛ばし、大地をクレーター状にえぐり取るように消滅させていた。
そしてその、大地を溶かすほどの灼熱の炎の中に蠢く複数の影が見えた。
「!!」
それは4体のブロッケンだった。
その中に、さっきまでいなかった黒く禍々しい半魚人のような姿のものが見えた。
「し、司令、識別信号を確認しました。あれは、あのブロッケンは・・・」
「グラスティアか」
そしてスピーカーからレインとヨーコの懺悔の声が聞こえてきた。
「ち、違う」それはレインの悲鳴にも似た叫びだった。
「違う、私のせいじゃない。
じゃあどうすればよかったの?あの状況であなたを助けに行ってたらチームは全滅してた。私にはリーダーとしての責任が・・・ 」
「レイン、しっかりして」
オペレーターの少女が叫ぶ。
「私を責めるのはやめて」そこに割り込むように飛び込んで来たのはヨーコの声だった。
「ダイビング前のボンベの点検は基本中の基本よ。それをサボったのはあなたでしょ。確かに私たちはパートナーだったかもしれない。でも、酸素欠乏症になったのはあなた自身のせいよ。私は悪くない」
そこにチーム45が到着した。
「こちら45リーダー、ブルック。戦闘空域に到着した。ブロッケンが4体確認出来るがチーム22の姿が確認出来ない。というかブロッケンのうち3体からチーム22の個体識別信号が発せられている。どういうことか説明されたし」
「気を付けろ45。その3体はチーム22だ。ブロッケンに機体を乗っ取られて操られていると考えられる」
「パイロットは?」
「皆、生きている。今のところはな。45、その4体から距離を取れ。接近すると22の二の舞になるぞ」
「しかし司令、じゃあどうすればいいんですか?指示をください」
「残る1体のブロッケンがチーム22をブロッケン化した親玉だ」
「あれが?」
それは、上半身が失われ、下半身のみにもかかわらず全高が500メートルはあろうかという巨大なブロッケンだった。
シェルターを攻撃するために放射線状に広げて伸ばした上半身はダリアントに切断された箇所から丸めるように戻され、それが集合し巨大な球体のようなって腰の上に乗っかっていた。
「あれを倒せばあるいは」
ドガガガガガガガガガガガガガガガガっ。
だが、次の瞬間。
その通信は、チーム45を襲った激震によって掻き消されていた。
ブロッケンとなったチーム22の3機が、回避する暇はおろか瞬きする暇さえ与えずチーム45に襲い掛かっていたのだ。
そして45は、抵抗する間も反撃する間も与えられず、漆黒のアメーバーにあっけなく呑み込まれてていた。
「チーム45、ブルック、ナンシー、ヘルダ、皆返事して」
だが、返ってきたのは懺悔と贖罪の言葉だけだった。
「司令、このままでは味方が全てブロッケン化されてしまいます」
「くそ、これじゃまるでゾンビ映画、・・・そうか、それが目的か!。AIギアは?」
「到着まであと2分・・・」その時、遥か上空から眩い光りの塊が大気を刺し貫きながら急降下して来るのが見えた。
そしてそれは、輝く光りの炎を纏う鳥から、機体を覆う無数の装甲の隙間から、金色の炎を噴き出す巨人へとその姿を変えていた。
「行っけぇぇぇ~~~っ」
太陽のように光り輝く、その胸の中心の奥でツルギとマイが叫ぶ。
ハーケリュオンは更に加速しながら、自らの身長ほどもあるランスを突き出すように構え、一際巨大なブロッケンの腰の上の球体めがけ突っ込んだ。
その瞬間、それは起きた。
ハーケリュオンのランスが突き立てられるのを待ち構えていたように、球体がぱっくりと開いたのだ。
しかしその内部には一回り小さい球体があり、それが開くと、その内側にも更に一回り小さい球体があるという具合に、まるでキャベツかレタスでも剥いているかのように次々に球体が開き、ハーケリュオンがその一番奥まで到達するのと同時に、それが一斉に閉じていた。
「閉じ込められた?」ツルギが叫ぶ。
「罠?」そうツルギに聞き返すマイの全身の傷は、ハーケリュオンの加護の光りによって既に治癒していた。
「落ち着いてハニー、こんな罠、ハーケリュオンなら・・・」
その時だった。
ハーケリュオンを閉じ込める球体の内側の壁がスライドするように開き、なにかが姿を現した。
「なに?」
「目玉?」
そう。それは、大きな巨大な目だった。
白目の部分が血のように真っ赤で、その真ん中に浮かび上がるように金色の目玉がこちらを見つめていた。
「・・・おかあさん」
それと目があった瞬間、マイが突然話し始めた。
「ハニー?」
その声はツルギだけでなく、リストバンドを介してガリレオの司令室にも届いていた。
「お母さん、助けてお母さん。マイ泳げない」
「どうしたのハニー?」
「何を言ってるのマイ?」
ツルギとアンナはそう同時に口にしていた。
「司令、マイさんの脳波を測定できました。彼女は催眠状態です」
「なに?パイロットの脳へのあらゆる干渉を直ちに遮断しろ」
「ダメです。すでに深層心理にまで干渉が及んでいます」
「くそ、一体何を見させられているんだ?」
「・・・まさか」
「アンナ、心当たりがあるのか?」意味深な言葉を口にしたアンナにサンドラが尋ねる。
「はい、思い出しました。マイが3歳の時に両親と3人で初めて海に行ったそうなんです。
でもマイがはしゃぎすぎて溺れて、それを彼女のお母さんが助けて、マイは助かったんですが、・・・お母さんは亡くなったと聞いています」
「え!?」チームの皆が驚きの表情を隠せぬままアンナを見た。
「それで・・・」
「それで?」口ごもるアンナを促すようにサンドラが聞き返した。
「お葬式に行った祖父母が父母に話していたのを聞いてしまったのですが、・・・まだ3歳だったマイは棺の前で無邪気にはしゃいで、なんでお母さんは寝てるの?いつになったら起きるの?って、でも、まだ3歳の子供です。人の死を理解出来なくて当然です。ですが、一人娘を失ってしまった母方の祖父母は、それを見て理性を失い、その怒りをマイにぶつけてしまったと聞いています」
「どうしたの?おじいちゃん、おばあちゃん。なんでおかあさん起きないの?え、なに言ってるの?ち、ちがう、ちがうよ。マイはおかあさんを殺してなんかいないよ?どうしてそんなこというの?ちがう。おかあさんは寝てるだけ。マイ、人殺しなんかじゃないもん」
マイの声はいつの間にか幼児のような声になり、必死にそう訴えながら泣きじゃくっていた。
「ハニー、しっかりして」
ハーケリュオンの全身の装甲の隙間から溢れ出ていた神々しい光りの炎が、赤色のそれへと変わっていく。
「エンゲージが解けた・・・」
‶ジュゥウっ″
「あああ~っ」
その瞬間、ツルギの言葉は何かが焼けるような音に掻き消され絶叫に変わっていた。
「どうしたツルギ?」
「うぅ、くっ、よ、溶解液だ」
「なに、あの、ブロッケンは食虫植物か」
球体の内側から滲み出てきた液体がハーケリュオンに降り注ぐ度に、どす黒い煙が立ち込め装甲が溶けていく。
‶ジュウウウウゥゥっ″
「あああああ~~っ」
そして、ハーケリュオンが傷付く同時に、ツルギの身体の同じ場所にも、同じ傷が刻まれていた。
「司令、ツルギちゃんはどうしたの?何を苦しんでるの?」
その、あまりに壮絶な叫び声にリンが涙目になってサンドラに問い掛けた。
「・・・マイ、目を覚ませ。頼む逃げてくれ」
だが、そんなサンドラの必死の叫びを嘲笑うかのように、大量の溶解液が雨のように滴り始めた。
‶ジュジュゥウウウウウウウウウウっ″
「ああああああ~~~っ~」
ハーケリュオンの全身から煙が立ち上り装甲が容赦なく溶けていく。
それに呼応するかのように、ツルギの全身にも焼かれたような傷が次々に刻まれていく。
「くっ」歯茎から血が滴るほど歯を食い縛り、意識を失うほどの痛みにツルギは辛うじて耐えていた。
「・・・ハニぃ」
「まってて、おかあさん。今、マイがたすけるから」
だがマイは、そんなツルギの呼び掛けに反応することもなく、そう泣きわめきながら必死に両手で水を掻くような仕草を繰り返していた。
「ハニ~~~っ」
ツルギは全身を襲う激痛に顔を歪ませながら手を伸ばし、空を掻くマイの指の間に自らの指を絡めるようにして、その手を握った。
そして、抵抗して暴れる腕を無理やり引き寄せ、力まかせに押さえ付けた。
「ハニー」
「は、はなせ。マイはおかあさんを助けるんだから」
「ハニーっ」怒りの形相で自分を睨み付けるマイの唇に、ツルギは唇を重ねていた。
「!?」
マイが一瞬驚きの表情を見せた。その刹那、マイの手をツルギの手がしっかりと握りなおした。
その時、2人の指輪が重なった。
すると、重なり合ったそれから目も眩むような神々しい光りが溢れ出た。
「!!」
その暖かく優しい光りがコックピット内を満たすと、泣きわめいていたマイがウソのように泣き止み、眠るように意識を失っていった。
そして重なっていた指輪が離れると、光りは失われ、マイはガクっと崩れ落ち、後ろからツルギに抱き締められていた。
そのままマイを足元に横たえると、ツルギは彼女の顔を見た。
その顔はさっきまでのマイからは想像も出来ないほど憔悴し、力なく閉じられた瞼からは涙が溢れ続けていた。その目元を指でそっと拭うとツルギはスッと立ち上がった。
「貴様らよくも」その顔はまさに百鬼か修羅の如く怒りに満ちていた。
「よくも、よくもよくも私のハニーを」
ツルギの瞳が赤く光った。
〈つつ”く〉