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シンクロナイズド・ダイバーズ  作者: 木天蓼 亘介
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第8話・キスとスキの距離

 


「え?」

 あまりに突然の出来事に、皆一瞬キョトンとなってからハッと我に帰った。

「ま、マイっ。待ちなさい」とハルカ。

「転んだら大ケガしますよ」とエマ。

「待って」とアヤ。

「マイちゃんが誘拐されたっ」とリン。

 ハルカはリストバンドに内蔵された携帯端末に話し掛けた。

「司令、ツルギがマイを連れ去りました。ハーケリュオンでパリに向かうつもりです。阻止して下さい」

「なんですって。わかったわ」

 ツルギとマイのリストバンドのモニターが呼び出し音と共に赤く点滅した。

「なに?」

 それに答えたのはツルギだった。

「何やってるの、あなたは?」

 スピーカーの許容量を遥かに越えるサンドラの声に、マイは一瞬ビクッっとなったが、ツルギはマイをお姫様抱っこしたまま走り続けていた。

「ハニーとハーケリュオンで出る」

「バカなこと言わないで。パリにはすでに22と45の2チームに加え周辺諸国のAIギアも向かっています。

 あなたたちが出撃する必要はありません。許可もないのに、あなた達が出て行ったら現場が混乱するだけです。

 マイ・スズシロ、あなたからもツルギにめるよう言って」

「・・・そんなこと言ってたら手遅れになる」小さな声でそう呟いたのはマイだった。

「え?」

 と驚きの声をあげたサンドラとは対照的に、その言葉を聞いたツルギは、してやったりな笑みを浮かべてマイを見た。

「なに?」

「ううん」

 その顔を見たマイの問い掛けに、ツルギは笑顔で返し走り続ける。

 ‶ビ~ッ、ビ~ッ、ビ~ッ、ビ~ッ、ビ~ッ、ビ~ッ″

 その時、通路の各所に備え付けられた非常灯が回転しながら点滅し、ブザーが鳴り響いた。

 そして、通路の隔壁が閉じ始めた。

 それを見たツルギは更に加速し、天井と床下から同時に迫る分厚い隔壁が閉じる寸前の隙間を、マイを抱きかかえたまま、ハードルでも飛び越えるように潜り抜けていた。

 その後も、ツルギ閉じ行く隔壁を次々にクリアしていく。

 だが、ついに目の前で隔壁が完全に閉じて閉まっていた。

「やるなサンドラ。ならこっちも、来い、ハーケリュ・・・」

「だめ」

 ハーケリュオンを呼ぼうとしたツルギを止めたのは、意外にもマイだった。

「なんで?」

「今呼んだら、ハーケリュオンは()()に来るんだよね?」

「うん」

「ガリレオのなかを破壊しながら?」

「うん」

「そんなことしたら多くの人が死ぬ。だからダメ。誰も傷つけないで」

「・・・分かった」

「ほんと?」

「うん」

 ツルギはそう言うと、マイを抱いたまま、閉じた隔壁に向かって駆け出した。

「え?待って隔壁・・・」

 ドゴォォォンっ。

 次の瞬間、隔壁が飴細工のようにひしゃげながら弾け、そこからマイを抱いたツルギが飛び出していた。

 なんと彼女はブロッケンの一撃さえも防ぐ特殊合金製の隔壁を飛び蹴りで破壊したのだ。

「隔壁が破壊されました」

 オペレーターの少女が叫ぶ。

「これじゃあ‶ブロッケンと彼女、どっちが危険なんだ″って言われるのもうなずけるわね」サンドラはモニター越しにツルギをみながら呟いた。

「もう一度隔壁を閉じて」

「お言葉ですか司令、これ以上隔壁を破壊されたら・・・」

「麻酔ガスを使用する。用意して」

「ガスですか?以前ツルギにあれを使った時は全く効果がなかったですよね?それにあれを使ったら、マイ・スズシロは確実に死にますが・・・」

「誰が対ブロッケン用の麻酔ガスを使うと言った。使うのは人間用だ。マイが意識を失えばツルギも出撃をあきらめざるをえないはず」

「わ、わかりました。麻酔ガス、スタンバイ。繰り返す、麻酔ガス、スタンバイ」

 そして再び2人を閉じ込めるように前後の隔壁が閉じると同時に、シュ~っという微かな音が漏れ聞こえてきた。

「この音は?麻酔ガス」その瞬間、ツルギの表情が変わった。

「どうしたの?」

「ハニー、息を止めて、これはブロッケン用のガス、ニンゲンが吸ったら即、死ぬ」

「!!」

 その頃、司令室でも異常を知らせるブザーが鳴り響いていた。

「大変です。今流入しているのは対ブロッケン用のガスです。人間用のものではありません」

「なんだと!今すぐ止めろ。早く」

 その頃、辺りを見渡していたツルギは通路の壁の()()()()に気付いていた。

 それは小さな液晶モニターだった。

 ツルギがそれにリストバンドをかざすと、壁の一部がスライドしながら開き、彼女はマイを抱きかかえたままその中に飛び込んでいた。

 そこは2人がやっとはいれるぐらいの狭い場所だった。

 壁がすぐに閉じられ密閉された。

 その様子は、監視カメラを通じて司令室にも流れていた。

「大変です司令、2人がゴミ箱の中に・・・」

「分かっている。第67番カタパルトのシステムを今すぐカットしろ」

「だめです。すでに射出フェーズに移行しています。止められません」

「カタパルト内は見れるか?通信は?」

「だめです。前回の戦闘でブロッケンにケーブルを切断されたままです。カタパルト内、映像も通信も繋がりません」

「くそっ」

『隔壁の密閉を確認、衝撃吸収ジェルを注入します』

 アナウンスと共にジェル状の液体が流れ込んでくる。

 自身がいるその円筒形の狭い空間に、マイは見覚えがあった。

「これって、もしかしてゴミ箱のなか?」

 そうそれは、例えばテロリストよって仕掛けられた爆弾や細菌兵器などの不審物が見つかった時に、それらを衝撃吸収ジェルで包み、一瞬のうちに宇宙に撃ち出し破棄するためのレールキャノン、通称ゴミ箱と呼ばれるリニアカタパルトの砲身の中だった。

 2人がいるのは、そこに2人の人間がギリギリ収まるほど巨大な砲弾の内部だったのだ。

 足元がみるみる間にジェルに満たされていく。

 マイは社会見学でガリレオに来た時に受けた説明を思い出していた。

(レールキャノンが撃ち出される際のGや衝撃はジェルが吸収してくれる。

 けど、宇宙空間に出たら爆発の衝撃を吸収するため弾頭は展開し球形になる)

「宇宙に出たらハーケリュオンを呼ぶから」

「うん」

(恐らく、いや、間違いなくハーケリュオンは私たちを助けるために弾頭を破壊するだろう。

 それはつまり、私たちは生身のまま宇宙に放り出されるということ。

 宇宙は真空で0気圧で気温は-270℃。宇宙に出た瞬間に、水着から露出している皮膚の毛細血管は全て破裂する。

 もし目を開けたら、眼球の水分が凍結し目玉が凍って砕け散る。もし口を開いたら、肺の中の空気中の水分が一瞬で凍結し、肺が凍って死ぬ。

 いや、そんなことを考える暇もなく身体が凍り付いて、・・・)

「ハニー」

 そんなことを考えていたマイにツルギが話し掛けた。

「ハニーはニンゲンだから宇宙に撃ち出される衝撃で意識を失うかもしれない。でも、すぐにハーケリュオンが来る。絶対にハニーを助ける。私を信じて」

「うん、分かった」

「え?」

 あまりに呆気あっけなくマイが返事を返したことで、逆にツルギの方が戸惑いを隠せない様子だった。

「なに?」

 マイは、当たり前のこと言っただけなのに、といった感じで言葉を返す。

「だって、サンドラも他のみんなも私のことなんか信じてくれないから。ほんとに信じてくれるの?」

「もちろん」

「なんで?」

「もう3回も命を助けられたんだもん。信じるの当然でしょ」

 すでにジェルはおへその辺りまで来ていた。

「は、ハニー」ツルギが戸惑い気味に話し掛ける。

「なに?」

「あ、あの、ハニーは、私とキスはイヤ?」

「え?」あまりに場違いな質問に、マイはどう返事をしていいか戸惑う。

「あ、あのね、私、サンドラと一緒に暮らしてるんだけど、サンドラには彼女がいて、彼女のことハニーって呼んでるの。その彼女が遊びにくるたびにキスしてるんだよ」

「そ、そうなんだ」

「で、聞いたの、なんでキスするの?って」

「それ聞く?」

「そしたら、感謝の気持ち、嬉しいって気持ち、あなたが好きだって気持ちを伝えるためだよって。

 言葉で伝えることも大事だけど、キスだとそれ以上に気持ちが伝わるからって。でも、ハニー、キスしてもちっとも嬉しそうじゃないし、私とキスするのイヤ?」

「いや、その、嫌とかそういうことじゃないんだけど、・・・え?え?てことは、まって、じゃ、じゃあ、もしかして、さっきシャワールームも?」

「うん、あれもそう。前にサンドラの彼女がうちに泊まっていった時に、夜中に目が覚めたら2人がいなくて、どうしたのかなって思って捜したら、シャワールームで同じことしてた」

「なに見てんの、あなた」マイの顔は耳まで真っ赤になっていた。

「で、何してたの?ってあとから聞いたら・・・」

「き、聞くな~~っ」

「あれはキスじゃ伝えられない気持ちを、身体全部を使って伝えてたんだよって言われた。だから私もハニーに、なのにハニーったらちっとも・・・」

「どうしよう。もう司令の顔、まともに見れないかも」マイが困り果てた顔でつぶやく。

「で、その、ハニー」

「なに?」

「キ、キスして」

「え?」

「おまじない。前にサンドラと見たドラマで、捕らわれのお姫さまを旅の若者が助けて2人で逃げるんだけど崖に追い詰められて、飛び降りることを迷ってる若者にお姫さまがキスしてこう言うの、『上手うまくいきますように』って、キスは『そのためのおまじないよ』って。・・・だから、あの、イヤなら別に、その・・・」

 次の瞬間。そう言いながら耳まで真っ赤にしてうつむくツルギの頬を両手で包み、マイは彼女にキスしていた。

 そしてそのまま抱きついた。

「は、ハニー?」

「離さないでよ。私、意識を失うかもしれないんでしょう?

 水着で宇宙に放り出されて、あなたと離ればなれになって、孤独死して凍り漬けになって宇宙を永遠に漂流とか絶対に嫌だからね」

「うん」そう言うと、ツルギもマイを抱き締めていた。

 そして2人は抱き合ったままジェルに飲み込まれた。

『ジェルの注入完了を確認。射出5秒前』

 砲身内が青白い輝きに満たされていく。

『3、2、1、0、射出』

 次の瞬間。2人は宇宙空間に撃ち出されていた。

「こい、ハーケリュオン」

 砲弾が開き、球形に変形すると同時にツルギが叫ぶ。

 その刹那、凄まじい衝撃と共に、弾頭は巨大ななにかに刺し貫かれていた。

 そしてそれが引き抜かれると、その衝撃で大きく歪んだ弾頭が、その内部から激しくジェルを吹き出しかながら崩壊し、ツルギとマイもジェルと共に宇宙に吐き出された。

 その瞬間、ジェルが一瞬で凍り付いて四散し、2人は生身で抱きあったまま宇宙に放り出されていた。

 マイの水着からすらりと伸びる四肢や顔、そして首筋の毛細血管が一気に破裂し、あまりの激痛に飛びそうになる意識をなんとか繋ぎ止めながら痛みに耐える全身がみるみる凍り付いていく。

 その頃、基地の中でも一際ひときわ分厚ぶあつい扉が開き、複数の人間が司令室に駆け込んで来ていた。

「司令、マイは、マイは無事ですか?」

 それはチーム36の仲間たちだった。彼女らは水着姿のまま()()まで走って来ていた。

「!!」

 アンナたちの視界に飛び込んで来たのは、正面の巨大なモニターに映し出されていたマイたちの映像だった。

「マイっ」

 水着のまま抱き合い宇宙を飛んでいく2人の、マイの身体がみるみる凍り付いていく。

「マイっ」

 アンナの絶叫が司令室に響き渡る。

 その時、2人の前に巨大な壁が立ち塞がっていた。

「!!」

 真っ暗な宇宙空間と同化することを拒否するかのように、漆黒の全身から漏れるようにあふれ出る赤い炎と不気味に光る4つの目。

 突然2人の前に現れたそれはブロッケンにしか、いやブロッケンよりも禍々《まがまが》しい存在にしか見えなかった。

 だが今は、皆、その姿を羨望せんぼう眼差まなざしで見つめていた。

「ハーケリュオン」

 そう、それは、ツルギが呼んだハーケリュオンだった。

 ハーケリュオンが2人を包み込むように添えた手に導かれ、ツルギとマイはその胸の中心に開いた穴の中に吸い込まれるように入っていった。

「司令、通信は、会話はできますか?」

「ええ、今なら出来ると思うわ」

「マイっ」

 アンナは、あらん限りの声てリストバンドに向かって話し掛けた。

「マイ、聞こえる?聞こえたら返事して、お願い」

 だが、返信はなかった。

 モニターのなかのハーケリュオンも、装甲の隙間から弱々しく揺らぐ赤い炎がかろうじて見えるのみで、ピクリとも動かず宇宙を漂っていた。

「司令、大変です」

 空気が凍り付く程の重苦しい静寂を破ったのは、オペレーターの少女だった。

「何事だ?」

「パリでブロッケンと交戦中のチーム22と45が・・・」

「マイっ」

 その間も呼び掛け続けていたアンナの声に絶望にも似た色が混ざり始めたその時、それは起こった。

 ハーケリュオンの全身から溢れる、かろうじて見えていた弱々しい炎が、凄まじい勢いで噴き上がるように燃え広がったかと思うと、それは、ハーケリュオンの全身を飲み込みながら、禍々しい赤から神々しい金色へと変わっていた。

「マイっ」

「「パンツァーシュラウド・ハーケリュオン。モード・フェニックス。クロスエンゲージ」」

 マイとツルギ、2人の声がリストバンドからハモって聞こえたのと同時に、ハーケリュオンは目も開けていられないほどの眩い光りに包まれていた。

 そして、再びフェニックスへとその姿を変え、光りの矢となって地球へと飛翔して行った。



                              〈つつ”く〉



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