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シンクロナイズド・ダイバーズ  作者: 木天蓼 亘介
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第6話・ブリーフィング

 

 


 シャワーのあと、マイはロッカールームで制服に着替えていた。

 だが()()は、一般的に制服と呼ばれるものとは随分デザインが違っていた。

 その制服は医療エリアでマイが着ていた寝間着と同様に、肩から太股までの長さの生地を身体の前後にあてがい、それを紐でつなげただけの貫頭衣タイプで、しかも彼女たちは下着をつけていないため、真横からだと裸に見えてしまうという代物だった。

 だが、それにはちゃんとした理由があった。

 ギアでの出撃は一分一秒を争ううえに、スーツに搭乗する時は必ず全裸にならなければいけないため、いつでもすぐに出撃できるように、このような制服になったのだ。

 ギアのパイロット、ギア・ファイターの証しであるこの制服は全ての少女たちの憧れであり、マイたちにとっても()()を着れることは誇りだった。

 そして、制服に身を包んだマイとアンナはブリーフィングルームに入った。

 そこは、教壇を中心に扇形に広がる場所に、一例に連なる机と椅子がすり鉢状に並ぶ大学の講義室のような広い部屋だった。

「マイ~っ」

「マイ」

「マイちゃん」

「マイさん」

 先に入室していたチーム36のメンバーが駆け寄り、皆で久し振りの再会を喜んだ。

 一番最初に口を開いたのはリーダーのハルカだった。

「マイ、もう、みんながどれだけ心配したか分かってる?」

「ほんとうだよ」とアヤが続く。

「ごめん」

「カプセルから出たらマイさんが意識不明って聞いてもうビックリ。しかも小型のブロッケンを生身のままで倒すなんて」とエマ。

「ホント、死ぬとこだったんだよ」リンが今にも泣きそうな声で訴える。

「え?それなんで知ってるの?」

「ストリート内に設置された防犯カメラの映像です」

 マイの疑問にエマが答える。

「ネット上に公開されてますよ」

「え?マジで」

「マジでです」

 その時、ブリーフィングルームの前方のドアが開き、サンドラが入って来た。

「え!」

「あ!」

 あれは誰だろう?そんな戸惑いの表情を見せる4人とは対照的に、驚きの声をあげたのはマイとアンナだった。

 無理もない。サンドラの後に続き2人の人間が部屋の中に入って来た。

 そのうちの1人は技術部の人間だと制服で分かる。

 問題はもう1人の方だった。

「私たちと同じ制服?だよね」

 リンが口にした通り、そこにいたのは、マイたちと同じ制服に身を包んだツルギだった。

 マイを見つけたツルギがにこっと微笑みかけながら小さく手を振る。

 それに気づいたマイが顔を真っ赤にしてうつむくのと、彼女をガードするかのようにマイの前に立ちはだかったアンナが、ツルギに向かって思いっきり舌を出して‶べ~″したのがほぼ同時だった。

 だが、ツルギはそんなアンナを、上から見下すような余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)の表情で見つめていた。

 》そして小バカにするかのように舌を〝ぺろっ″と出した。

(なによ、あの女っ。うっきぃ~~~っ(怒))

「よし、休め」

 怒りまくりのアンナをよそに、サンドラの号令がかかり、立っていた6人は着席した。

 そして、サンドラが重い口を開いた。

「皆、本来なら休暇のはずなのに召集をかけてすまない。緊急事態だ。

 先の戦闘で多くの犠牲者と負傷者が出た。

 その結果4つのチームが全滅し6つのチームが活動停止状態に陥っている」

「え?」

「うそ?」

「なんで?」

「・・・」

  皆に動揺が広がる。

「皆、知っての通り50あったチームも実質稼動出来るのは40にまで減っていた。それが今回の戦闘で更に10減り、30になってしまった。

 この状況をどう見る?君たちの意見を聞きたい」

「無理です」

 開口一番ハルカが話し始めた。

「これからも今まで通りのペースでブロッケンが出現し続けると仮定するなら、単純計算でも出撃回数が今までの2倍近くになります。

 もしそうなったらパイロットも、いや、それだけじゃありません。ギアの整備とか私たちの生活を支えてくれる全ての人たちがオーバーワークになります」

「その通りだ」

 ハルカの言葉をサンドラが引き継ぐ。

「我々もこの状況を手をこまねいて見ているほどバカではない。

 かろうじて全滅を免れた6つのチームにはギア・アインを配備するか新兵を補充する」

 ギア・アイン。

 それは、元々はパイロットが単独で訓練を行うために開発された機体である。

 シュミレーターでの技能検定に合格し仮免となったパイロット候補生2人が実際に訓練機に乗り込むと、あまりの緊張から2人共パニック状態に陥ってしまうことがある。

 そこでAIを搭載したアンドロイドが組み込まれたコックピットに1人で搭乗し、操縦訓練が行えるように造られた機体がギア・アインなのだ。

 だが、やはりと言っては何だがAIでは人間には劣る。

 たしかに反射速度や武器の選択、状況判断は的確かもしれない。

 が、パートナー同士が長年かけて培ってきた阿吽の呼吸や忖度のようなものが失われることは、パイロットにとっては、一瞬の判断ミスが即、死につながる戦場においては致命的だった。

「残りの6チームも、当面の間はAIギアを配備してしのぐ」

 AIギア。

 こちらも文字通りパイロットが1人も搭乗せず、全ての判断をAIが行い動かず完全自動化されたギアだ。

 これも、通り一辺倒な相手なら効果もあるかもしれない。

 だが、状況に合わせて常に姿を変えるブロッケンには対応が追い付かず太刀打ちできないのが現状だ。

 そしてそれこそが、ギアがプログラミングや遠隔操作ではなく、人が直接乗って操縦するという時代遅れな方法をとらなければならない最大の理由だった。

「が、これでは抜本的な対策にはならない。

 新たなチームの編成も急いでいるが、実戦に耐えうるまで養成するにはそれなりの時間が必要だ。

 そこで我々はかねてからの計画を実行に移すことにした」

「計画?」

「オールラウンダー・プロジェクトだ」

 サンドラの言葉と共に、技術部の制服を着た女性が1歩前に出た。

「紹介しよう。彼女はメリル。ガリレオのギア技術開発部のリーダーだ。ここからは彼女が説明する」

 そして、サンドラと入れ替わるようにメリルが教壇に立った。

「チーム36の皆さん、初めまして。今、紹介に預かりましたガリレオのギア開発部主任、メリルです。

 これからオールラウンダー・プロジェクトについて説明します。まずはモニターを見て下さい」

 壁一面を覆う巨大なモニターに映し出されたのは、マイたちが搭乗するチーム36のギアたちだった。

 CGで描かれた3体のギアが6機に分離したかと思うと、マイが搭乗するディネス1が他の機体、ヴァレリア1、2やマギーネ1、2と次々に合体し5通りの姿になったのだ。

 同様にヴァレリアやマギーネも次々に他の機体と合体し次々に姿を変えていく。

「・・・これは?」

 困惑の声を漏らしたのは、アンナだった。

「知っての通り、ギアは特定の機体同士でしかクロス・イン出来ません。これは、それを解消する事によって、いかなる状況にも臨機応変に対処できるようにすることが目的です。

 そして何より、これが最も重要なことですが、これによりパイロットの生存率は格段に上がります。ですから、このプロジェクトは何としても成功させなくてはなりません。

 それにあなたたちチーム36が選ばれました」

「・・・あの質問よろしいですか?」

 手をあげたのはエマだった。

「もちろんです」

「何故私たちなんですか?他にもっと優秀なチームがあると思うのですが・・・」

「もっともな疑問だと思います。でも、撃墜率が良いのとチームワークが良いのとは、全く別の話です。

 あなたたちは撃墜率もさることながら、チームワークの良さが群を抜いています。

 これは機密事項ですが、チーム36は元々この計画の候補にあがっていたんですよ」

「では何故今なんですか?」それはハルカだった。

「パイロットの養成が進み、欠番のチームが復活してからでもいいのではないでしょうか?」

「敵は現れる度に強くなっています。

 そして何より、今回ガリレオが直接攻撃されたことで、最高評議会は最早もはや一刻の猶予もないと判断しました。

 そしてその時、タイミングよくと言ったら怒られてしまいますね、あなたたちの機体がオーバーホールしなければならない程の損傷を受けてガリレオのハンガーに入った」

「じゃあ、私たちのギアは?」

「はい。すでに大改造に入っています。生まれ変わるために」

「いつまでかかりますか?」ハルカが矢継ぎ早に質問を飛ばす。

「それは分かりません」

「え?」それはハルカにとって、いや、他の誰にとっても予想だにしなかった答えだった。

「こんな大改造は私たちにとっても初めてのことだし、それに計画自体急に前倒しになったから大変なんです。

 でも期待通りに、いいえ、それ以上に完璧に仕上げます。私たちを信じてください」

「じゃあ私たちは?」

「もちろん休んでるヒマなんかありません。

 みんなには新しい機体、新たなクロスインを少しでも早く体験してもらうためにシュミレーターに乗ってもらいます。

 既に専用のシュミレーターも作ってあります。しごくから覚悟してください。

 ただし、シュミレーターの調整にあと1日かかりますから、今日は長時間の治療でこわばった筋肉と関節を解すための水中リハビリをしてもらいます」

「プールですか?」とリンが嬉しそうに笑う。

「ええ」そう言いながらサンドラもにこっと笑った。

「では他に質問は?」

 サンドラがそう言うのと同時にスッと手が上がった。

 皆がそちらを見ると、手を上げたのは、マイのすぐ横に座るアンナだった。

 だが、その瞬間、彼女を除く5人は言葉を失った。

 アンナの顔が、今まで誰も見たことがないほど怒りに満ちていたのだ。

「司令、その隣にいるもう1人の女性は誰ですか?」

「あぁ、紹介しよう。・・・名前は決まったのか?」

 サンドラにそう問われたツルギがうんと頷いた瞬間、彼女はその場からシュっと消えていた。

 そして皆が、「え?」と思わず声を漏らして瞬きするより早く、ツルギはマイの隣に座っていた。

「わっ!!」皆が驚愕の声をあげるなか、マイの腕に自らの腕を絡ませ、甘えるようにもたれかかる。

「私の名前はツルギ、ツルギだよ」

 そう言いながら満面の笑みを浮かべるツルギとは対称的に、アンナは額からツノが生えたのではないかと思えるほどの怒りの形相で彼女を睨み付けていた。

「あ、アンナ?ど、どうしたの?」とハルカ。

「アンナさん?」エマも‶どうしたらいいか分からない″といった様子で彼女を見つめる。

「アンナちゃんが怖い」リンに至っては、今にも泣きそうな声で怯える始末。

 だが、そんなみんなの声も今のアンナには届いてはいなかった。

 彼女は怒りの表情そのままにサンドラに食って掛かった。

「司令、彼女をどうするつもりなんですか?まさか36に配属するなんて言いませんよね?」

「そのまさかだ。彼女の、ツルギのたっての希望で・・・」

「反対します」

「え?」

「チーム36は全員一致で彼女の配属に反対します。それが受け入れられない場合は最高評議会に異議申し立てをします」

「は?アンナ、あなた何を言ってるの?」あまりに唐突なアンナの言葉に戸惑うハルカ。

「え?わけがわかんない」とリンも続く。

「いや、て言うか、いつ全員一致したの?」とアヤ。

「その前にツルギさんて誰?そして何者?」とエマがもっともな疑問を口にした。

「残念だがそれは無理だ」

 が、アンナの提案はサンドラにあっけなく一蹴されていた。

「何故ですか?」食い下がるアンナ。

 だが、

「すでに最高評議会の承認は得ています」

「え?」

「それに、命の恩人をそう邪険に扱うものじゃない」

「え?」

 サンドラのその言葉を聞いて、アンナの、いや、マイを除く全員の視線が一斉にツルギに注がれた。

「たしかに、このままじゃチームがまとまるまでに一悶着(ひともんちゃく)起きそうだから特別に見せてあげる」

 サンドラがそう言うと、彼女の後ろの巨大なモニターに映像が映し出された。

 それは、南極点でチーム36を壊滅寸前まで追い込んだブロッケンを、漆黒の巨人が、見る者に瞬きする間さえ与えないほどの速さで、しかも一突きで撃破する様子だった。

「あれは、ブロッケン?」

 自身の全高を越えるほどの巨大なランスを手に持ち、ヘルゲートの上に立つその姿にリンが呟く。

「違うよ」とツルギ。

「え?」

「あれは私たちのギア、ハーケリュオン。この世界の唯一にして最後の希望」

「あれが、ギア?」エマも困惑の声をあげる。

 無理もなかった。全身を覆う、無数のツノを有する黒鋼色の装甲。

 しかもその隙間からは真っ赤な炎が溢れ、4つの目が赤く光る顔に至っては、額から鋭い2本のツノが伸びていた。

 その姿は、ギアというよりブロッケンそのものだった。

「そして彼女は、正確には彼女とマイだが、我々を、ガリレオをも救ってくれた」

 サンドラがそう言うと、映像が切り替わった。

 そこに映し出されていたのは小型のブロッケンによって、見るも無惨に破壊され蹂躙じゅうりんされたミルキーウェイ・ストリートだった。

「あ、マイちゃん」

 リンが思わず声を荒げモニターを指さした。

 その先には、まさに満身創痍の状態で瓦礫の中に倒れるマイの姿があった。

 真っ白だったはずの寝間着は汚れてボロボロに切り裂かれ、体中が血まみれだった。

 右腕がひしゃげながら、ありえない方向に曲がり、更には、みぞおちの辺りから真っ赤なシミがどんどん広がっていく。

 今すぐ病院に連れていかなければ、もはや死が免れないであろうことは、誰の目にも明白だった。

 そして、ネットに公開されている映像はここまでだった。

 だから皆、マイはこのあとすぐに救助されたと思っていた。

 だが、映像の中ではパワードスーツとブロッケンが死闘を繰り広げ、マイの存在は完全に忘れ去られたかのように誰も彼女を助けには来なかった。

「え?え?これどうゆうこと?」

「なんで誰も助けに来ないの?」

 アヤとリンが思わず声をあげた。

 その時、紺色の袖無しワンピースに身を包んだ少女が突然現れ、マイの顔をのぞき込むように立っていた。

「あ?あれって、ツルギさん。だよね?」

 アヤの言う通り、それはマイの隣に座るツルギに間違いなかった。

 ツルギはマイの目と鼻の先まで顔を近付けると、笑顔で何やら話しかけた。

 そして、彼女を肩に抱えたままブロッケンの群れの間をすり抜け、あの母子を助けていた。

「・・・すごい」アンナが思わず呟く。

 そして2人は、隔壁を突き破って現れた、あの黒いギアの胸の穴の中に姿を消した。

 すると、その全身から溢れでる赤い炎が眩い黄金色に変わり、ギアは空中に開いた黒い穴の1つの中に飛び込んで行った。

 その直後、映像が北極点に切り替わると同時に、異形の怪物を取り巻く黒い穴の1つから黄金の光りを炎のように纏ったハーケリュオンが飛び出し、その勢いのまま巨大なランスと共にブロッケンの身体を突き抜けていた。

「すごい」

 ハルカもそれ以外の言葉が出てこなかった。

 そこで映像は終わった。

「今の映像を見てもらえば分かる通り、我々が置かれている状況を鑑みてもツルギとハーケリュオンは絶対に必要な存在だ。

 そして彼女は自らの意志で36への加入を希望した。

 それを否定する理由も拒否する理由も、何よりそんな悠長なことを議論している余裕も今の我々にはない。いいですね?アンナ・ササザキ」

「・・・」

 そう言うサンドラに対し、アンナは何も言い返せなかった。

「それって、今後マイさんはハーケリュオンに搭乗するということですか?」 それはエマだった。

「え?じゃあ、ディネスはどうなるの?ギア・アインになっちゃうの?」

 リンが核心を突く事を思わず口に出してしまう。

「もしくは新たなパイロットを補充するか?」

 ハルカも疑問を率直に口にしていた。

「今のところ、そのどちらも予定もありません」

「え?それってマイが両機のパイロットを兼任するということですか?」

 メリルの言葉にエマも驚きの声をあげた。

「それも含め全て未定です。だから皆さんも憶測で話しをするのはやめてください」

 メリルの言葉をサンドラが引き継ぐ。

「今はこれからのリハビリに集中して。

 浮わついた気持ちでいると逆にケガをするわよ。

 では解散」

 その号令と共に、チーム36全員が起立し敬礼した。

「ハニー、プールだって。楽しみだね」

 ツルギがマイの横顔を見ながらニコッと笑う。

 だが、マイからの反応はなかった。

「ハニー?」

「マイ?」

 そしてそれは、アンナに対しても同じだった。

 マイは虚ろ目でただ前を見つめていた。





                              〈つづく〉




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