第5話・キスキスキス
「っあぁ~~~っ」
その瞬間。マイは飛び起きていた。
だがそこは、今の今までいたはずの、あの少女がハーケリュオンと呼んでいたギアのコックピットの中ではなかった。
彼女がいたのは、白い壁に囲まれた殺風景な部屋だった。
何処、どうして自分がここにいるのか?が理解出来ず辺りを見渡す。
そして彼女は、自分が厚めのタオルケットのような布団を掛けられ、医療用のベッドに寝かされていることに気付いた。
それを見て、マイは自分が病室にいることを悟った。
‶気がつきましたね。ここはガリレオ内の病院です。ただいまナースコールしています。看護師がまいりますのでしばらくお待ちください″
マイの意識が回復したことを天井のカメラが感知したらしい。
スピーカーから流れる音声を聞きながら、彼女はどこまでが現実でどこからが夢だったのか?と考えていた。
幾重にも斬り刻まれた腕の傷は跡形もなく消えていた。
踏み潰され、粉砕骨折したであろう右腕もなんともない。
マイは恐る恐る生地の上からお腹と腰を触ってから、寝間着の胸元を引っ張り、胸越しに腹部を見た。
そして、少しお尻を浮かせて真っ白な寝間着を胸元までたくしあげ、みぞおちを見た。
腹部を貫いた傷は、完治し、ほんのわずかな傷痕を残すのみとなっていた。
そしてそれが、ガリレオがブロッケンに襲われたことが夢でなかったことを証明していた。
あの2人は無事だろうか?
マイはふと、あの母子のことを思い出した。
そして、そう思った瞬間。2人と自分を助けてくれたあの少女のことが頭の中で甦り、彼女は思わず指で唇を触っていた。
顔がみるみる赤くなり耳まで火照っていく。
「あれも夢じゃなかったんだ」
マイはそう言いながら、身体を支えるために左手をベッドに置いた。
‶むにゅ″
無意識に体重を掛けた手のひらを、押し返さんばかりの張りと弾力。
「?」
左手の先を見ると、はだけたタオルケットの下で、飼い主に甘える子猫のように自分に身体を密着させ、こちらを見つめる少女の姿があった。
「!!」
マイはその姿に見覚えがあった。
それはさっきあの母子を、そして自分を助けてくれた赤い瞳の少女だった。
しかもタオルケットの下の少女は全裸で、マイの左手は彼女の胸を鷲掴みにしていたのだ。
「おはよう、ハニ~」
ハトが豆鉄砲を食らったような表情のマイを置き去りにしたまま、少女はそう言いながら元気一杯に起き上がると、マイの首に腕を回しキスしていた。
「!」
‶バタンっ″
「マイっ、意識が戻ったの・・・」
2人がキスしたのと、ドアが開き病室にアンナが飛び込んできたのがほぼ同時だった。
「・・・」
その瞬間、時間が止まった(笑)
「・・・ちょ、ちょっとあなた誰?マイになにしてんの?」
「おはようのキス」
「な、な、なんですって~」
あまりに平然とそう答えた少女の態度が、アンナの怒りに火を付けた。
すぐさま2人の間に割って入り引き離そうとする。
「マイから離れなさいよ」
だが、少女は余裕の表情を見せる。
「ムリ」
「え?」
「だって私とハニーはエンゲージして、身も心もひとつになったから」
そう言って超嬉しそうに差し出した彼女の左手薬指には、金の装飾が施され赤い宝石が埋め込まれた黒い指輪がはまっていた。
「ね、ハニぃ」
マイを見てにこっと笑う。
「???」
その言葉に促されるようにマイは自分の左手薬指を見た。
するとそこには、目の前の少女のものと同じデザインの指輪がはまっていた。
「???な、な、なんじゃこりゃ~っ」
「もうハニーったら。忘れたの?ハーケリュオンの中でエンゲージしたの」
「エンゲージ?」
「ハニーの全身の傷もハーケリュオンが加護の光りで治してくれたんだよ。その指輪はエンゲージの証し」
「・・・てことは、この指輪は・・・もしかして、え、エンゲージリングぅ???」
「あなた、その‶ハーなんたら″の中でマイになにしたの?」
「キス」
「き、き、き、キスぅ」
動揺しまくりのアンナの言葉が、マイに追い打ちをかける。
「やっぱり夢じゃなかったんだ。ファーストキスだったのに」
耳まで真っ赤になった顔を両手で覆うマイ。
「あなたマイになんてことを・・・」
「ダイジョウブ」
「なにが?大切なファーストキスを無理矢理奪われて大丈夫なワケがないでしょう。あなたも女の子ならそれくらい・・・」
「私も初めてだったから」
「え?」
「それに・・・したのは、キスだけじゃないよ」
そう言いながら、頬を微かに赤く染め、はにかむ少女。
「え?え?えぇ~~っ。マイっその指輪捨てて。私がもっといいのプレゼントするから」
「え?」
思いもよらなかったアンナの一言に、マイは驚きの声をあげた。
「あ、え、その、もう。いいから外しなって」
アンナが大慌てでマイの指から指輪を抜こうとする。
「やめといたら」
「何を言って・・・」
そこまで言ってアンナは言葉を失っていた。
少女が、全てを射抜くような、氷のような眼差しで自分を見つめていたのだ。
「その指輪を外したらハニーは死ぬよ」
「は?何を言って・・・」
「じゃ、やってみれば、人間に、ううん、例えそれが神だったとしても、それを外せるワケがないけど」
「2人とも止めなさい」
その声が聞こえた方を見ると、ドアの所に制服に身を包んだ女性が立っていた。
「サンドラ司令」
そう。そこにいたのはガリレオのダイバーズ・ギア部隊を統括する司令官、サンドラだった。
「マイ・スズシロ。意識が回復したようね」
「はい」
「医師からの許可も得ています。現時点をもって退院し、部隊への復帰を命じます」
「はい」
「本当なら休暇をあげたいのだけれど、緊急事態なの。他のチーム36のメンバーと共に2時間後ブリーフィングルームに集合すること。いいわね?」
「はい」
そして、サンドラはマイから少女に視線を移した。
「こんなところにいたのね。ダメでしょ?ここは病室よ」
「だってハニーが・・・」
「だってじゃありません。あなたは私と一緒に来なさい」
「え~、ハニーと一緒にいたい」
「わがまま言わない」
「は~い」
少女はしぶしぶ返事をすると、ベッドから降り立ち、サンドラの方へスタスタと歩いていく。
「ちょ、ちょっと、なにしてるの?そのまま外に出る気?服を着なさい」
「あ?」
少女はサンドラに言われて自分が全裸なことに気付いた。
「誰か彼女に何か着るものを、寝間着でいいから持ってきてあげて」
「はい」
サンドラに言われて看護師の女性が慌てた様子で何処かへと駆けていく。
だが、その時すでに、少女はマイの前に立っていた。
「ハニー、バンザイして」
「え?」
「いいから早く」
「・・・えっと、じゃあ」
とマイが両手を上にあげた瞬間。
少女はマイの寝間着の裾を掴み、一気に引っ張り上げていた。
「!!」
元々治療時に脱がす為、意識がない患者さんでも脱がしやすくすることを前提に作られた、貫頭衣のような寝間着は、上に引っ張られただけであっけなく脱がされていた。
その勢いで上に反り上がった身体が下がり、その反動で、露わになったマイの大きすぎない程よい巨乳が‶ぷるるん″と揺れる。
当然ながら、彼女は治療時に邪魔になる下着類は一切身に着けておらず、寝間着の下は全裸だった。
「きゃ~~~~~っ」
慌てて両手で胸を隠すマイ。
「あなた何を・・・」
そして、それを見て驚きの声を上げるアンナ。
だが、少女は平然とマイから奪い取った寝間着を着ていた。
寝間着の胸元を引っ張り、鼻を近づけて‶くんくん″する。
「ハニーのにおいがする」
「何を言って・・・」思わず言葉を失うアンナ。
対するマイは頭から湯気が出るくらい真っ赤になって少女を見つめていた。
「ハニー、これ借りるね」
呆然と見つめる2人に、少女はニコっと微笑みかけると、小さく手を振りながらサンドラに続いて病室を出ていった。
頭上からお湯が雨のように降り注ぎ、視界を遮るように湯気が沸き立つ。
そこは大浴場の、幾つも並ぶシャワーの一つ一つをパーテーションで仕切って作られた、簡易のシャワールームだった。
その狭い空間で思いっきりシャワーを浴びる人影が見える。
「ふぅ、生き返る」
それはマイだった。
彼女は久し振りにシャワーを浴びていた。
鼻歌を口ずさみながら、ボディソープを泡立たせたスポンジで身体中をごしごししていく。
そして、スポンジを持つ右手が、左手の指先で止まった。
マイの視線の先には、左手の薬指にはまる指輪があった。
「・・・」
「ハニ~」
「!」
その時だった。
突然頭上から聞こえたその声に思わず顔をあげると、パーテーションの上からあの少女がこちらを見ていた。
そんなバカな!!とマイは思った。
シャワールームに入った時、自分以外にシャワーを使っている人はいなかったし、後から誰かが入って来た気配もなかった。
何より、シャワールームの入り口には、頼んでもいないのにアンナが見張り役を買って出て立っている。
もちろん、少女の侵入を阻止するために、だ。
が、彼女がそんなことを考えるより早く、少女はマイの目の前にするりと降り立っていた。
もちろん全裸で。
「ハニー」
満面の笑みを浮かべる少女の顔が、唇がシャワーに濡れながら近付いてくる。
マイは思わず両手で顔をガードしようとするが、その指に少女が自分の指を絡ませ、恋人つなぎになった手を力ずくで組み伏し、下におろして押さえ込む。
そして少女は、泡まるけのマイの身体に自分の身体を密着させて、壁に押し付けていた。
大きな胸と胸が押し付け合わされ、押し潰そうとする互いを、互いが弾力で押し返して‶たわわ″に弾み、その中に埋もれた、つんと尖る桜色の小さな突起がこりこりと擦れ合う。
狭い密室内に逃げ場などあるはずもなく、マイは壁に背中を押し付けられ、キスされていた。
唇が離れる。
「な、なんの用?」
最初に口を開いたのはマイだった。
「ハニーともっといっぱい話がしたい」
「話?」
「うん。さっきは邪魔が入ってゆっくり話が出来なかったから。だから追い掛けてきた」
「それなら・・・」
何か言いかけたマイの唇を少女の唇が再び塞ぐ。
そして、また離れた。
「ハニーの名前、マイ・スズシロっていうんだね。いい名前」
「あ、ありがとう。あなたの名前は?」
「私?私の名前はツルギ」
「ツルギ」
「うん、さっき決めたんだ」
「さっき決めた?」
「サンドラが私に、皆を守る盾になれって言うんだけど、盾じゃ敵は倒せない。
だから私は、盾じゃなく敵を倒す刃になりたかった。
でも、1人じゃ盾にすらなれなかった。
けどハニーのおかげで刃になれた。
だから私の名前はツルギ。
でもこのことはまだ誰にも、サンドラにも言ってないよ。一番最初にハニーに知らせたかったんだ。だから追い掛けてきた」
そう言いながら三度重なる唇。
キスしていて口が塞がっているうえに、シャワーが流れ込むため鼻でも息が出来ず、苦しさにマイが口を開けるとツルギの舌が口の中に入ってきた。
「!!」
ツルギの舌がマイの舌に絡まり、別の生き物のように口の中で蠢く。
「・・うっ・・うん」
マイは声を出すことも出来ず、ただツルギを受け入れることしか出来ない。
降り注ぐお湯が、押し返し合う2つの双丘の谷間に溜まり、それがぷるぷると揺れ弾むたびに、表面張力の限界を越え溢れ落ちる。
こぼれたお湯は、ふくよかな丸みを伝い、くっつき合う鍛えあげられた腹筋からおへそを介して下腹部、そして脚へと滴り落ちていく。
‶バンっ″
その時、シャワールームのドアが勢いよく開いた。
「マイっ、大丈夫?」
そこに立っていたのはアンナだった。
「!!あなた、そこで何してるの?」
「私に力を与えてくれたお礼だよ」
そう言うと、ツルギはびしょ濡れのままジャンプし、幅が2センチあるかないかのパーテーションの上に、シャワールームを跨ぐ格好で立っていた。
「じゃあねハニー、また後でね」
そう言いながら笑顔で手を振ると、ツルギは全裸のままパーテーションの上を軽快に走り、天井に開いた穴の中にジャンプして消えていた。
それは、金属製のカバーがはずされ剥き出しになった排気口の穴だった。
「あんな所から・・・もう、なんてヤツなの」
半分呆れたようにそう話すアンナの目の前で、マイが、崩れ落ちるようにその場にへたり込む。
「マイっ大丈夫?」
服が濡れるのもお構い無しにアンナはマイに駆け寄った。
「あんまり遅いから貧血でも起こしてるんじゃないかって心配で様子見に来たの。本当によかった。ねぇ、大丈夫?返事して」
「・・・うん、ありがとう、・・大丈夫」
「何もされてない?」
「うん、キスだけ」
「もう。あいつ絶対に許さない。立てる?」
「ちょっと無理」
「え?」
「膝に力が入らない。腰も抜けちゃったみたい」
「全然大丈夫じゃないよ、救急呼ぼ・・・」
「そんなに心配しないで、大丈夫だから」
「でも、」
「あの子が怖くて腰が抜けたんじゃないから」
「え?じゃあ、なんで?」
マイの言葉をどう受け止めていいか分からず困惑するアンナ。
だが、その視線の先のマイも、戸惑いと恥じらいが入り混じったような、自分でもそれをどう受け止めていいのか分からないという困惑の表情をしていた。
そして顔を耳まで真っ赤にして自らの唇に指でそっと触れていた。
「あの子、刃になりたかったんだ。・・・私と同じ」
マイは小さな声でそう呟いていた。
だが、その声はシャワーに掻き消され、アンナの耳には届いてはなかった。
〈つづく〉