第4話・エンゲージ
皆様、ご無沙汰しております。木天蓼です。
台風21号と北海道地震で亡くなられた方々に心から哀悼の意を表します。
私も台風21号で被災しました。
台風と地震で不自由な生活を強いられている皆様、避難生活を余儀なくされている皆様に心からお見舞い申し上げます。
‶ブロッケン警報が発令されました。繰り返します。ブロッケン警報が発令されました。今すぐ地下シェルターに避難して下さい″
ストリート内の至る所に設置された、さっきまで華やかなCMやアトラクションの待ち時間の情報を流していたモニターの映像が、シェルターへの避難誘導のそれへと切り変わっていく。
だが、人々はそんなものには目もくれず、各々の携帯端末を見ていた。
そこに映し出されていたのは、北極のヘルゲートと、それを囲むエンジェルハイロウを捉えた映像だった。
ヘルゲートの表面を無数の波紋が埋め尽くしたかと思うと、全ての波紋の中心から鋭い槍が伸びてエンジェルハイロウを串刺しにしていた。
あっけなく砕け崩れ落ちる天使の輪。そして一瞬にして膨れあがった黒球から異形の怪物が姿を現した。
それは巨大な黒い球体を埋め尽くすように鋭い槍が伸びる、ウニのような形のブロッケンだった。
しかし、それでもストリートを埋め尽くす人々は、まるで他人事のように、そして食い入るようにその映像を見つめていた。
それは、一度もブロッケンの襲撃を受けたことがないガリレオの人たちにとっては、まだ対岸の火事に過ぎなかったのだ。
その時だった。
ブロッケンの全身から伸びる棘が槍のように伸びて、周りを囲む壁と、その上から砲撃を浴びせていた砲台を串刺しにしたかと思うと、突如としてブロッケンの周りに黒い円盤状の物体が次々に出現し始めた。
いや、それは出現したのではなかった。空間に穴が開いたのだ。
さほど大きくない黒い穴。
それが、空中に浮かぶブロッケンをぐるりと囲むように全方位に現れたかと思うと、全身の槍が突き出るように伸びて、その黒い穴の中に吸い込まれるように消えていった。
そして、それは起きた。
マイたちの頭上の空間に幾つもの黒い穴が開き、そこから巨大な黒い槍が飛び出して来て、ミルキーウェイストリートの大地に次々に突き立てられたのだ。
そしてそれは、ここだけの出来事ではなかった。
黒い穴はガリレオの至る所に、いや、それだけではない。同じ物が世界中に出現し、そこから姿を現した巨大な槍が、人々が暮らす都市に突き立てられていた。
そう。この5年で月に避難出来た人の数は全世界で50万人にも満たず、大多数の人が地球での生活を余儀なくされていたのだ。
‶ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガっ″
轟音と共にお店の天井が崩れ落ちた。
その瞬間、マイの眼前に巨大な黒い壁が突き立てられ、今の今まで彼女の顔を心配そうに覗き込んでいた女性店員が、お店ごと消えていた。
それは北極のブロッケンが突き立て槍の先端だった。
「みんな早くシェルターへ避難して。すぐ横の大通りに入り口があります」
マイが叫ぶ。
その時だった。
ミルキーウェイストリートの、いや、ガリレオの、そして世界の至る所に突き立てられた無数の巨大な槍の、その表面を覆う巨大な鱗が一斉に起き上がったかと思うと、全方位に向けて撃ち出されていた。
‶ドガっ、ドガっ、ドガっ、ドガっ、ドガっ″
車イスに乗ったマイが壁だけになったお店から出るのと、その壁を打ち砕いて巨大な鱗が四方八方に撃ち出されたのがほぼ同時だった。
建物の壁や、道に並ぶファーストフードを売る屋台に大きな鱗が次々に刺さっていく。
そして、辛うじて生き延びた人たちは見た。
巨大な鱗が大型のSUVほどもあるサソリのような姿に変形していくのを。
人間など一掴みで切断できるほど巨大で鋭利な2対のハサミ状の爪。
どんな複雑な地形も走破する多関節の6本の脚。
そしてその後ろには縦横無尽に動き回る長い尻尾があった。
しかもその先端には鋭利な鈎爪を持つアームがあり、その中心から鋭く尖った槍のような巨大な針が飛び出ていた。
ハサミや脚や尻尾が動くたびに、漆黒の鎧のような外皮がスライドし、その隙間から黄色い炎が溢れるように垣間見える。
「ブロッケン」
マイが呟く。
そう、サイズはかなり小さかったが、それはブロッケンそのものだった。
異形の怪物は、ゴミ箱の中に逃げ込んだ人を巨大なハサミでゴミ箱ごと切断し、壁の向こうに隠れた人を、尻尾の先端の槍で壁ごと刺し貫いて殺していく。
そして、その間にもブロッケンは更なる追い討ちをかける。
全ての鱗を撃ち尽くした槍が大地から引き抜かれ黒い穴の中に消えたかと思うと、それと入れ替わるように、別の穴から新たな槍が姿を現し、大地に突き立てられ、そこからまた、数え切れないほどの鱗が撃ち出されていくのが見える。
さっきまで笑顔と笑い声が溢れていた場所が、阿鼻叫喚の地獄に変わっていく。
そんな中を、幼いわが子を抱いて走る若い母親がいた。
彼女は、パニックになって逃げ惑う人の波にもみくちゃになりながらも、何とか最寄りのシェルターの入り口にたどり着いていた。
だが、何故か人々がシェルターの入り口からこちらに、死に物狂いの形相で逃げて来る。
そして彼女は見た。
地下シェルターへと続く階段を1体のブロッケンが上がって来たのだ。
逃げなければ殺される。
だが、女性はあまりの恐怖に泣き叫ぶわが子を抱いたまま、身動きひとつとれずにいた。
ドガっ。
そして、間髪入れず巨大なハサミが振り下ろされ母子を押し潰した。
いや、2人は無事だった。
その直前、誰かが2人を突き飛ばしたのだ。
それはマイだった。
彼女は逃げ惑う人々を誘導しここまで来た。
だが、間近に迫るブロッケンの恐怖に皆途中て散々になってしまい、ここまでたどり着いた時には彼女だけになってしまっていた。
そして、今まさに母子がブロッケンに襲われるのを目撃した彼女は、そこに車イスを突っ込ませ、その勢いのまま2人を抱きかかえるようにジャンプしていた。
巨大なハサミに破砕されたのは車イスだった。
ハサミが車イスから引き抜かれ、ブロッケンがマイたちの方を向いた。
「逃げて」
マイは小さな声でそう言うと、近くに転がっていた鉄パイプのようなものを握り、それを支えにして何とか立ち上がった。
全身がガクガク震え顔が苦痛に歪む。
「私が囮なります。その間にシェルターの中へ」
満身創痍の少女のものとは思えぬその言葉に戸惑いながらも、何とか立ち上がろうとする母親。
だが、脚が動かなかった。
あまりの恐怖に腰が抜けてしまっていたのだ。
【ギャギャ~っ】
雄叫びをあげブロッケンが襲い掛かって来た。
それに鉄パイプで立ち向かうマイ。
‶グジャっ″
何かが串刺しにされる音が響いた。
そして、鉄パイプを紙のように切断し、マイのすぐ脇をかすめて、巨大なハサミが大地き突き刺さっていた。
見ると、ブロッケンの身体はランスによって地面に串刺しにしていた。
巨大なサソリの、鎧のような身体が崩れ落ちていく。
すると、ランスが黄色い炎を噴き出す太陽のような塊を刺し貫いているのが見えた。
それは、小さかったが、間違いなくブロッケンのコアだった。
「大丈夫ですか?」
声が聞こえて来た方を見上げると、ランスを投げたパワードスーツが降りて来るのが見えた。
ダイバーズ・ギアのコックピットがパワードスーツになっているのは、このような事態に対応するためでもあったのだ。
そして、それが始まりの合図でもあったかのように、通路や搬入口から凄まじい数のパワードスーツが姿を現し、異形の怪物たちとの混戦状態へと突入していった。
「ここは私が防ぎます。あなたたちは今すぐシェルターの中へ・・・」
ドガっ。
その刹那。スーツを装着はした兵士の言葉が途切れた。
彼女は、目にも止まらぬ速さで直上から飛んで来たドリルミサイルのような形のブロッケンに空中で串刺しにされ、マイたちの目の前で大地に激突していた。
その衝撃で弾け飛んだスーツのパーツが血しぶきと共にマイたち降り掛かる。
「早く逃げて」
マイが母子の方を見てそう叫んだ。
その瞬間、彼女は信じられないぐらい長く伸びた尻尾の先に全身を横殴りされて弾け飛び、建物の壁に激突していた。
それは、ドリルからサソリとスズメバチが融合したかのような姿に変形したブロッケンの仕業だった。
そして、瞬きする間も与えずに、尻尾の先の鋭い槍で母子を串刺しにした。
「!!」
いや、その瞬間、母子はまた突き飛ばされていた。
咄嗟にわが子を庇いながら大地に倒れた母親がそちらを見ると、自分たちがいた場所に、こちらを向いて立つ1人の少女の姿があった。
それはブロッケンに横殴りにされたはずのマイだった。
そして、彼女のみぞおちのあたりから、巨大な注射針のようなものが飛び出ていた。
彼女の腰のあたりに、ブロッケンの尻尾の先の鋭い槍が突き刺り、その身体を貫通していたのだ。
「いや~っ」
幼子を抱いたまま母親が手を伸ばしマイを掴もうとする。
‶ガチャン″
だが、その指先がマイに届くより早く尻尾の先のアームが閉じ、マイを挟んだままそれを大きく振ってブロッケンが迫って来た。
「・・・っ、ぐっ、げほっうぇぇっ」
全身が砕けたかと思えるほどの衝撃と、刺し貫かれたままの腹部を襲う息も出来ないほどの激痛に襲われながらマイは吐血していた。
「くっ」
尻尾の先のアームが閉じマイの身体を挟み込む。
だが、彼女はされるがままだった。
身体がバラバラになったかのようにピクリとも動かない。
そんな彼女の視線に映ったのは、自分を捕獲したブロッケンが、あの母子に迫り行くところだった。
「や、やめろ~」
マイは自分の身体を挟むアームをこじ開けようとしたが、ビクともしなかった。
「クソ、離せ~」
そこで彼女は気付いた。
自分が何かを握っていることに。
それはさっきブロッケンに串刺しにされ、大地に激突したパワードスーツから飛び散った物の中の1つだった。
マイは、ブロッケンに横殴りにされ壁に激突した直後、母子を助けるために起き上がった。その時、大地に突いた手の場所に偶然あったそれを無意識のうちに握っていたのだ。
それを握ったままスイッチを押すと、折り畳まれていた刃が伸びて帯刀のようになった。
刃の部分に青白い光りが走るのが見える。
それは、電磁ソードだった。
マイは腹部の傷口が開き、血が噴き出すのもお構い無しに身体を思いっきり捻り、帯刀を背後にいるブロッケンの尻尾の、黄色い炎が揺らぎ見える関節の隙間に突き刺した。
【ギャギャギャギャ~~~っ】
尻尾の先を斬り落とされ悲鳴をあげるブロッケン。
その刹那、彼女を挟んでいたアームは崩れ落ちていた。
が、みぞおちに刺さった槍だけはそのまま残っていた。
それでもマイは攻撃の手を緩めなかった。
「やめろ~~っ」
ソードでブロッケンのハサミを弾く度に、腹部を貫く槍を伝って滴る血が激しく飛び散る。
だが、今の彼女は怒りが痛みを凌駕していた。
しかし、その間にも尻尾が再生していくのが見える。
「くそっ」
マイはハサミの波状攻撃を掻い潜り、その1つを斬り落とした。
が、次の瞬間。返す刀で斬り落とそうとしたもう1つに、刃を受け止められてしまっていた。
「しまっ・・・」
‶ドゴォっ″
それはまさにトドメの一撃だった。
再生し、ハサミをも上回る巨大なハンマーと化した尻尾の先がマイの身体を横殴りにしていた。
‶バキバキバキっ″
身体中の骨が砕ける音がして、マイは再び背中から壁に叩き付けられていた。
「がはぁ」
地面に仰向けに落ちた彼女は全く動くことが出来ず、ただ血を吐き続けていた。
だが、それでもその手はソードを離してはいなかった。
‶ぐしゃっ″
それは、ソードを握る彼女の腕をブロッケンが踏み潰した音だった。
「あぁぁ」
声にならない声をあげるその顔目掛け巨大なハサミが振り降ろされた。
グサッ。
ハサミの先端がマイの顔を挟む格好で地面に突き立てられた。
そして、ブロッケンはバラバラになりながら崩れ落ちていた。
残されていたのは、黄色い炎を噴き上げるコアと、それを刺し貫く槍のような針だけだった。
ハサミが振り下ろされた瞬間、マイが自分のみぞおちからそれを引き抜き、ブロッケンに突き刺していた。
目の前でパワードスーツのランスがコアを刺し貫くのを見た彼女は、それまでの実戦の経験から、コアがどのあたりにあるのかが分かっていたのだ。
マイは動くことが出来ず、そのまま寝転がっていた。
もはや見る影もないほどボロボロになった白い寝巻着の腹部のあたりから赤い染みがどんどん広がっていく。
頭上をいくつものパワードスーツやブロッケンが行き交うのが見える。
だが、ブロッケンがマイに襲い掛かることも、スーツが救助に来ることもなかった。
それは、端から見れば自分はもう助からないということなのだと彼女は悟った。
だが、それでもマイは諦めてはいなかった。
「いやだ。こんなんで、こんな所で死ねない。あいつらを根絶やしにするまでは・・・」
が、意識が遠退いていく。
「お~い」
その時だった。
突然、そう、あまりに突然にその声は聞こえた。
我に返ったマイが目を開けると、目と鼻の先に自分を見つめる顔があった。
「すごいね、生身のままでブロッケンを倒した人間なんて初めて見た」
それは、小麦色の肌にショートカットの髪と、大きな瑠璃色の水晶のような瞳が可愛いとしか言いようがない美少年、いや、美少女だった。
アスリートの如く鍛え上げられた長身に、紺色の袖なしワンピースといういで立ちの少女は、こんな状況下にあるにもかかわらず、マイに興味津々の様子だった。
「ねぇ」
少女がマイの耳元で囁く。
「あいつら倒したい?」
少女が柱のように直下立つ槍を見ながらマイに視線を送る。
こくっ。
マイは小さくうなづいた。
「よし」
少女はニコっと笑うと跳ねるように起き上がった。
そこに、ブロッケンが襲い掛かる。
‶バギっ″
ドゴっ。
巨大なハサミが振られると同時に、弾き飛ばされたなにかが、柱のような巨大な槍に叩き付けられていた。
「み~つけた」
そう言ったのは、ハサミに殴り飛ばされたはずの少女だった。
そう、殴り飛ばされて槍に叩き付けられ、その衝撃でひしゃげていたのは少女ではなくブロッケンの方だったのだ。
「きゃ~~~」
その時、か細い叫び声が聞こえた。
その主はさっきの母親だった。
彼女はブロッケンに囲まれていた。
「来い、ハーケリュオン」
少女はそう言いながら駆け出すと、母子に襲い掛かろうとするブロッケンの間を流れるような動きですり抜け2人の前に立っていた。
それだけではない。
彼女はその肩にマイを担いでいた。
「もうダイジョウブだよ」
そう言いながら泣き叫ぶ幼子の頭を優しく撫でる。
その瞬間、周りを埋め尽くしていたブロッケンの体から破裂するようにコアが飛び出し、次々に崩れ落ちていた。
そして少女は、何事もなかったかのようにシェルターのインターホンに話し掛けた。
「もしもし。えっと、あの~中に入れて欲しいんですけど・・・聞こえますか?」
なんともたどたどしく言葉を紡いで話す少女。
‶ガチャン″
その時、分厚い扉が、人ひとりがやっと通れるぐらい開いた。
「よし。早く行って」
少女は母親の背中をそっと押した。
幼いわが子を抱いた母親は押されるままに扉の奥に駆け込んだ。
そしてマイたちの方を見た。
それは手を伸ばし、マイを担ぐ少女の手を引っ張るためだった。
だが、
「もういいよ。早く閉めて」
少女はそう言い残すとマイを担いだまま階段をジャンプでかけ上がって行ってしまった。
「え?ちょっと待って」
‶ガチャン″
母親の必死の呼び掛けを掻き消すように扉が閉じられた。
その時だった。
隔壁が紙のようにあっけなく貫かれ、1機のギアが姿を現した。
自らの伸長をも上回る巨大なランスを手に持つそれは、少女とマイのすぐ近くに降り立つと、腰を落とし片膝を大地に着けた。
「あ・・・」
マイはその姿に見覚えがあった。
全身を覆う重ね合わせた黒い装甲。
額から突き出た2本の鋭いツノと赤く光る4つの目。
それは、南極でマイたちを助けてくれたあの漆黒のギアだった。
だが、その姿は前に見た時とは違っていた。
全身の装甲の隙間と、何よりその胸の中心に開いた穴から噴き上がっていた赤い炎が見えなかったのだ。
それは、見えないというより、炎が消えてしまっていると言ったほうがいいかもしれない。
だが、それでもその全身から放たれる威圧感は凄まじく、その姿を見た途端、小型のブロッケンたちが散々に逃げていく。
「よし、いくよ」
少女が、肩に担いだ瀕死のマイに話し掛けた。
その時だった。
‶ビ~ビ~ビ~″
マイの耳のインカムが鳴った。
だが、マイは到底受け答えなど出来るはずもない。
少女はマイの耳からインカムを抜き、自分の耳にはめた。
「もしもし?」
「あなた、自分がなにをやっているか分かってるの?」
「あ、もしかしてサンドラ?」
だが、その声の主は少女の問いかけを無視して言葉を続けた。
「今すぐやめなさい。その子は医療班にまかせなさい。
いい、よ~く聞いて、最高評議会がトールハンマーの使用を許可したの。このままだと北極が炎に飲み込まれるわ。その前にブロッケンを倒して」
物凄い剣幕でまくし立てる声と共に、インカムから目の前に映像が投影される。
そこに映し出されたのは、北極上空に静止する攻撃衛星に装備された超々高出力レーザー砲〔トールハンマー〕にエネルギーが充電されていく様子だった。
「それムリ」
「え?」
「今のままじゃハーケリュオンでもムリだよ」
その時、北極のブロッケンの真上に大きな黒い穴が出現した。
それに向けて伸びる巨大な槍がその穴の中に吸い込まれていったかと思うと、攻撃衛星の直下に黒い穴が開き、そこから飛び出した槍がトールハンマーごと衛星を貫いていた。
「あれを倒すにはこの子が必要なんだ」
「何を言ってるの?その子が運命の人だっていう根拠はなに?」
「かん」
「え?」
「かん、直感だよ」
「あなた正気・・・」
そこで通信は切れた。
少女はインカムを耳から抜き捨てていた。
そして、マイを肩に担いだままギアの機体を駆け上がり、胸の中心に開く穴の中に躊躇することなく飛び込んでいた。
穴の入り口には見えない壁のようなものがあるらしく、2人がそこに入った瞬間、ガリレオの中枢にある指令室のモニターに映っていた、マイの反応が消えていた。
「信号途絶しました」
「くそ」
オペレーターからの報告を受けたサンドラは思わずそう叫んでいた。
その頃、少女とマイはハーケリュオンの胸の穴の奥にある球状の空間の中にいた。
少女はマイを肩から降ろし、後ろから支えるように前に立たせた。
そして逃げ場もないほどマイに身体を密着させてえいた。
少女はマイの手を恋人つなぎで握ると、その耳元にささやきかけた。「ねぇ」
「・・・ん?」
「ブロッケンをやっつけたい?」
「・・・うん」
ほとんど意識がないはずのマイが‶こくっ″とうなづく。
「ハーケリュオンに受け入れられなかったら、加護の焔に焼かれて死ぬよ。それでもいい?」
・・・こくっ。
それは、ほとんどわからないぐらい小さなものだったが、マイ確かにうなづいていた。
「よし、じゃあ、私が言う通りに言って。その後キミに合わせ私も言うから、ゆっくりでいいよ。いくよ。パンツァー・シュラウド、ハーケリュオン。ほら言って」
「・・・ぱ、」
かすれそうな声をなんとか絞り出すマイ。少女がそれに声を合わせていく「「パ・・・パン・・ツァー、・・」」
「シュラウド」
「「・・・シュ・・ラ・ウ・ド」」
「ハーケリュオン」
「・・は、」
「「ハー・・ケリュ・・オン」」
「そう、もう少しだから頑張って。クロス」
「・・・ク・・」
少女が、息も絶えだえのマイに合わせゆっくりと言葉を紡いでいく。
「「クロス・エンゲージ」」
2人が声を合わせてそう言った、その瞬間、2人がいる空間が、まるでその場に太陽が出現したかのごとき眩い光りに満たされた。
その神々しい輝きはハーケリュオンの胸の穴からフレアのように激しく噴き上がり、装甲の隙間を走って全身を駆け巡り、ハーケリュオンそのものが黄金の輝きを放っていた。
その頃北極では、ブロッケンに対しダイバーズ・ギアによる総攻撃が行われていた。
だが、全ての攻撃がブロッケンに到達する前に、その周りにある黒い穴=ワームホールに吸い込まれて消滅し、損害を与えたることはおろか、本体に近づくことさえ出来ずにいた。
ワームホールから突如として凄まじい勢いで飛び出した槍が、逃げ遅れたギアを串刺しにして黒い穴の中へと引きずり込む。
そのコックピットに備え付けられた小型カメラが捉えたのは、ワームホールに突入した瞬間、2人のパイロットがコックピットごと、いや機体ごと全方位から押し潰される様だった。
そしてその瞬間、それは起こった。
その穴から、黄金の輝きを放つ光りの塊が飛び出して来たのだ。
それは太陽のごとく神々しい輝きを放つ一機のギアだった。
「いくよ」
「OK」
その胸の奥、神々しい光りに包まれたコックピットの中にいたのは、あの美少女とマイだった。
その身に着けていたものは光りに焼かれて全て消滅し、2人は全裸でそこに立っていた。
3D映像で浮かび上がったランスを握る、2人が重ねた手を前に突き出すと、光りの巨人も巨大なランスを前に突き出し、一瞬にしてブロッケンの身体を貫通し着地していた。
そしてそのランスの先端には、黄色い炎を巻き上げて激しく燃えるコアが突き刺さっていた。
ブロッケンが崩れ落ちていく。
「やったね!ハニー」
「は、はにぃ?」
少女が放ったあまりに突然の一言に戸惑うマイ。だが、興奮気味の少女は、そんなマイにお構い無しに言葉を続ける。
「私たち、あのブロッケンを倒したんだよ」
その言葉に促されるように、マイはブロッケンの残骸を見た。
「・・・すごい。これ私がやったの?」
「そう。私たちがやったの。ハニーのおかげだよ」
その時、少女のブレスレットから声が聞こえた。
「北極にいる全部隊に通達」
それはサンドラの声だった。
「たった今北極のブロッケン目掛けてBH弾が発射された。これはブロッケン及びコアの消滅が確認される直前に発射されたもので、BH弾は完全自立型兵器の為、外部からの干渉が出来ず自爆もさせられない。全員退避。繰り返す、全員退避」
「間に合わない」
マイが悲痛な表情で呟いた。
BH弾とは人工的に造り出されたブラックホールを封じ込めた弾頭の略で、文字通り爆発と同時に標的とその周り、200㎞四方の全てのものを吸い込み消滅させる兵器だ。
人類が初めてブロッケンと遭遇したあの日、ニュージーランド上空に現れたブロッケンを倒したのがトールハンマーで、日本に出現したブロッケンを文字通り消滅させたのがBH弾だったのだ。
だがそれは、日本の地図を書き直さなければならないほどの甚大な被害と引き換えだった。
「しっかりしてハニー。大丈夫、今のハーケリュオンなら、私たちならBH弾に勝てる」
マイは振り返り少女の顔を見た。
「本当?」
その顔はまだ不安と疑念に雲っていた。
「うん。私を、私たちの力を信じて」
少女はそう言いながら繋いだままのマイの手を更にぎゅっと握ると、マイの唇に自分の唇を重ねた。
「え?」
自分に何が起きたのかをマイ自身が理解する前に唇が離れた。
「ハニー、前見て」
「え?えぇっと・・・はい」
マイは戸惑いながらも言われるままに前を見た。
「大丈夫、私が言う言葉をそのまま言うだけだから。いくよ、いい?」
「OK」
「「パンツァシュラウド・ハーケリュオン、モード・フェニックス。クロス・エンゲージ」」
2人が声を合わせて叫ぶと、ハーケリュオンと呼ばれた巨人は氷の大地を蹴ってジャンプしていた。
そして、全身から黄金の炎を噴き出し2体に分離しながら全身の装甲そのものが複雑に形を変え、再び1つになった時、それは巨大な翼を広げる伝説の鳥を模した姿になっていた。
その機体は本来漆黒なのだが、羽毛や羽のように変形した全身の装甲の隙間から噴き出す神々しい炎に包まれた姿はまさにフェニックスそのものだった。
「このままイッキにいくよ」
「うん」
フェニックスとなって飛翔したハーケリュオンが、光速に迫る速さで急上昇して行く。
「「いっけぇぇぇ~~~っ」」
そしてそれは、ワープ速度に迫る速さで急降下してきたBH弾と正面から激突した。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンっ。
その瞬間、北極上空に小型の太陽が出現したかのような大爆発が起こり、その光りが全てを飲み込んだ。
それはガリレオからも、いや、月からも肉眼で見えるほどの輝きだった。
〈つづく〉