第2話・強撃
南極。
エンジェルハイロウを囲む壁の上。
防寒具に身を包んだ見張りの男性が、双眼鏡で遥か上空を見ていた。
それは、上で何かがキラッと光ったからだった。
そんな彼の目に双眼鏡越しに飛び込んで来たのは、どこまでも広がる青空を貫くように、白い軌跡を描きながら、こちらに向かって落ちて来る真っ赤な炎に包まれた物体だった。
「総員、防御態勢」
3機の飛行体が、地上すれすれで急上昇するのと同時にワイヤーを切り離す。
そして、真っ赤な炎に包まれた異形の怪物は、天空から振り下ろされた槍の如く南極の大地に突き立てられていた。
〝ドゴゴゴゴゴゴゴオオオオオオオオ~~~~ンっ″
その場に居合わせた誰1人として、今まで聞いたことがない大爆音が響き渡った。
超高熱の物体が衝突した際に発生した天文学的なエネルギーによって、永久凍土の大地が瞬時に蒸発して大爆発したかと思うと、超高温の蒸気を含んだ衝撃波が大気の壁となって、氷の大地を蹂躙しながら壁を飲み込んでいた。
〝ゴゴゴゴゴゴゴゴオオオオオオ~~~~~~っ″
【ギニャアアアアアア~~~~~~~~っ】
その衝撃もまだ収まらない中、黒板にチョークを突き立て字を書いた時のような、悪寒が背骨を通って頭に突き抜けるかのような甲高い声が、辺り一面に響き渡った。
次の瞬間。
まだ高熱を発するクレーターから、なにかが飛び上がり、遥か彼方の場所に着地していた。
ドゴオォォォォオオオンっ。
そこは壁の上だった。
鋭い鈎爪が伸びる禍々しい巨大な足が、偶然にもその場にあったリニアカノンを装備した最新鋭の砲台を、まるで紙のおもちゃのように踏み潰していた。
そして、そのまま踏み抜いた壁を崩しながら滑り落ちるように着地したそれは、ゴリラのような姿の巨大な怪物だった。
全身を棘状の鎧のような外皮が覆い、巨大が動くたびにそれがスライドして、その隙間から黄色い炎がこぼれ見える。
それは、先程まで宇宙ステーションを攻撃していた、ブロッケンと呼ばれる異形のモノが見せる新たな姿だった。
【ギャイヤアアアアアア~~~~~~~~っ】
甲高い咆哮をあげると同時にゴリラ型ブロッケンが、その巨大からは想像もつかないほどの軽やかな動きで、壁を登り始めた。
〝ババババババババババババアアアアアンっ″
その時だった。
突然、ブロッケンの身体中から閃光と共に火花が弾け飛んだ。
それは、対ブロッケン用に開発された60ミリ貫通型特殊鉄鋼弾機関砲による攻撃だった。
【!】
ブロッケンが砲弾が飛んで来た方を見ると、その視線の先には3機の飛行物体が見えた。
「陸戦型のパワータイプか。私達はパス。マイ、アンナ、まかせた」
「了解。ハルカ、リン、エマ、アヤ、サポートよろしく」
「了解」
「いくよアンナ」
「OK」
インカム越しに威勢よく会話するマイとアンナ。
彼女たちが搭乗する機体がブロッケン目掛けて急降下を開始した直後、それは起こった。
急降下を始めた1機が2つに分離したかと思うと、それぞれが変形し人型の機動兵器=ロボットに姿を変えたのだ。
だが、2機は同じ人型をしているにも関わらず、見た目にもかなり違う形状をしていた。
アンナが搭乗するロボットはシャープなフォルムの人型だが、マイが搭乗する方は、マイのそれより身長も高く、体型もがっしりした、人と言うより獣に近いフォルムの人型だった。
「ダイバーズ・ギア、ディネス」
「モード・イェーガー」
「「クロスイン」」
2人の掛け声と共にアンナの巨漢型ロボットが変形し開始した。
そして、それに合わせて姿を変えたマイの機体がアンナの機体に合体し、ディネスと呼ばれる巨大なロボットが誕生していた。
だが、それで終わりではなかった。
2人が搭乗するコックピットはそれぞれの機体の胸部にあり、2機が重なるように合体したことで、コックピットも前後重なる位置に移動していた。
2人を遮る隔壁が次々に開き、前と後ろから、装着するパワードスーツごとディネスの胸部奥に運ばれるマイとアンナ。
壁が2人を包み込むように球型に変形し、その内側が全面スクリーンになって外の景色が映し出される。
そして、スーツを装着したまま、前にアンナ、後ろにマイという格好で重なるように並んだ次の瞬間。
アンナのスーツの後面とマイのスーツの前面の装甲がスライドしながら開き、そのまま重ね合わさるように合体して1つになっていた。
背後から現れたアームによって、球型空間の中心に固定される合体したパワードスーツ。
その内部では、自分たちの動きをコンマ1秒でも早く正確に、そして確実に伝達するために開発された特殊な顔料を、全裸の肌に、ボディペイントのように直接吹き付けられた2人が、まるで二人羽織りのように身体を重ね密着させてパワードスーツの中に収まっていた。
「今回も私たちで決めるよアンナ」
「もちろん」
マイの方がアンナより10㎝ほど背が高いうえに身体を密着させているため、マイはアンナの肩口から顔を突き出すように前を見て会話をしていた。
「一撃必殺でコアを潰す」
「了解」
【ギニャャアアアアアア~~~~~~っ】
おぞましい咆哮と共にブロッケンが大地を蹴ったかと思うと、それは信じられないほどの跳躍を見せ、ディネスに襲い掛かって来た。
「「スクリューブースター・パァ~ンチっ」」
2人が呼吸を合わせて右の拳を同時に前に突き出すと、その動きを鋼の巨人がトレースする。
右上腕部から螺旋状に姿を現したスラスターから噴き出す青白い粒子。
その勢いのままに、青白い粒子が光りの渦を巻きながら、轟音と共に凄まじい速さで回転する拳が空を裂くき、迫り来るブロッケンの顔面に必殺の一撃を見舞わせていた。
〝ドゴオォっ″
ガリレオ・チタニウム合金製の拳と、鎧のような外皮が激突する鈍い音が響き渡り、ブロッケンが一瞬怯んだ。
「ビームブレード」
「了解」
ディネスの肘と膝頭から放出された眩いレーザーの光りが集束し、刃を形作る。
「エルボー」
「ニー」
「「ダブルインパクト」」
ディネスは一瞬の間も与えず、ビームブレードが突き出た肘と膝頭で、ブロッケンの頭を上下から挟むように必殺の一撃を与えていた。
【ギャン】
頭が上下から異様な形に陥没し、外皮の隙間から、まるで血のように黄色い炎を撒き散らして悲鳴をあげるブロッケン。
だが、次の瞬間。
ブロッケンの激しく損傷した頭部がアメーバのようになりながら姿を変え始めた。
「いまだ」
鋼の巨人が大地を蹴ってジャンプしたかと思うと、今度は右足の膝から爪先にかけての部分が、青白い光りに包まれながら超高速で回転し、光りの切っ先と化した。
「「スクリューブースター・キィ~ックっ」」
そのまま急降下し、ブロッケンに必殺の蹴りを浴びせるディネス。
〝ドッゴオオオオオ~~~~ンっ″
その衝突のあまりの凄まじさに、氷の大地が砕け、クレーター状に陥没し大音響が響き渡る。
そこから何かが起き上がった。
それはディネスだった。
「ハルカっ」
悔しさをにじませながら見上げるマイの視線の先に映っていたのは、コウモリとドラゴンを組み合わせたような翼竜に姿を変え、空高く舞い上がったブロッケンと、それに向かって急降下してくるハルカとリンが搭乗する機体だった。
「いくよリン」
「OK、ハルカ」
「ダイバーズ・ギア、ヴァレリア」
「モード・フリューゲル」
「「クロスイン」」
ディネス同様、分離し、それぞれが異なる形、異なる大きさの人型に姿を変える2つの機体。
だが、更に変形しながら合体したその姿は、ディネスとは大きく違っていた。
それは大きな翼を持つ鳥の姿をしていたのだ。
「「シャイニング・スライサ~~~っ」」
合体したパワードスーツの中で、ハンググライダーを操るかのように、うつ伏せで前を見つめるハルカと、その上に身を重ねるリンが声を合わせて叫ぶと、急降下するヴァレリアの機体が光りに包まれながら瞬時に加速し、急上昇して来たブロッケンと交差した。
ドガっ。
その刹那。激しい激突音と共に、ブロッケンの羽根が肩口から腕ごと斬り落とされていた。
【ギャンっ】
失速しそうになり、異形の怪物は空中で新たな姿に変形しようとした。
その一瞬をハルカとリンは見逃さなかった。
全身から発生させたビームブレードで、すれ違いざまにブロッケンを斬り裂いたヴァレリアは、空中で急静止しながらクルリと向きを変え、変形中の敵に向け尻尾を突きだした。
「「ガトリング・テイル」」
機体後部にあるメインスラスターをぐるりと囲む無数の鋼の尾翼。
それが高速で回転しながら先端からビームの刃を撃ち出し、ブロッケンの身体を次々に串刺しにしていった。
【ギャギャギャギャギャ~~~っ】
手足を切り裂かれ、身体の半分を失い落ちて行くブロッケン。
だが、それでも異形の怪物は生きていた。
「くそ、ヤツのコアはどこだ?」
ハルカたちを嘲笑うかのように、イカのような姿に形を変えながら、ブロッケンは巨大な水柱をあげ海中に消えた。
「エマ、アヤ。お願い」
「まかせて。行くよ、アヤ」
「うん」
そう言うと、エマとアヤの2人を乗せた機体が海面目掛けて垂直に急降下を始めた。
「ダイバーズ・ギア、マギーネ」
「モード・レーヴェン」
「「クロスイン」」
その掛け声と共に、機体はまたも2つに分かれ、人型から更に姿を変えて空中で合体し、そのまま海中に突入していた。
【ギニャャャャャ~~~~~~~~~~~~~っ】
その瞬間。
無数の太く長い触手が、その機体に一斉に襲い掛かった。
レーヴェンは、エマが操縦する人型を、アヤが操縦する巨大な人型が変形し挟み込むように合体して完成する、海洋性哺乳類のような姿の機体だ。
その鋼の全身を、全方位から巻き付いた触手が有無を言わせず締め上げる。
しかもそれと同時に、その触手の付け根の中心で信じられないぐらい大きく口が開いていた。
ブロッケンは、その奥に螺旋状に並ぶ、刃のような歯を超高速で回転させながら、レーヴェンを正面から丸飲みにしようと襲い掛かって来ていた。
「女の子だからって、なめてかかると」
「大怪我するわよ」
叫ぶエマとアヤ。
2人は、ヴァレリアのそれと同様に重なりながら寝そべって身体を密着させていた。
だが、その操縦方法は根本的に違っていた。
2人の重ね合わされた脚が収まるパワードスーツの下半身は人魚のようにモノフィンになっていて、エマとアヤが息を合わせて行う水を蹴る動作が推進力へと変換されて水中を進んでいた。
「「トリトン・バスタ~~っ」」
2人が声を合わせてそう叫ぶが早いか、レーヴェンの背びれと胸びれの外装がドーナツ状に開き、そこからせりだしたリング型の物体が神々しい輝きを放ちながら超高速で回転し、眩い光りの渦が放たれた。
ババババババババババババババババっ。
光りの渦は、大きく開いた口を、その中で回転する歯ごと粉砕し、そのまま身体を突き抜けていた。
【ギュワギャギャギャギャ~~~っ】
身体を真っ二つにされ、断末魔の叫びをあげながら、再び地上に這いあがるブロッケン。
その視線の先にはディネスが立っていた。
【ギイギイギイギイギイ】
ブロッケンは、悔しそうな悲しそうな、それまで聞いたことがないような声を張り上げると、かなり小さくなってしまった身体を、再び全身の外皮から無数の角が生えた豹のような姿に変え、ディネス目掛けて突進してきた。それに対し、ディネスもまた大地を蹴ってブロッケン目掛けて駆け出していた。
「ダイバーズ・ギア、ディネス」
「モード・ファングっ」
「「クロスイン」」
掛け声と同時にディネスが、前転でもするかのように前に飛び出したかと思うと、その手脚にマイの機体の手脚が合体して獣型の四肢になり、人型の頭に覆い被さるように獣型の頭が現れ、収納されていた尻尾が伸びて、ディネスは人型から獣型へとその姿を変えていた。
そのコックピットの中では、四つん這いになったアンナの背中にマイが身体を密着させる格好で四つん這いになってパワードスーツの中に収まり、球体の中心にアームで固定されていた。
「行くよアンナ」
「OK」
そして、疾風の如く駆け抜ける2機の鋼鉄獣が、氷の大地で激突した。
【ギニャアアアアアア~~~~~~~~~~っ】
「「スレイブ・ソード・アタア~~ック」」
ドガガガガガガガっ
激しい激突音を残し、それぞれが着地した時、すでに決着はついていた。
ディネスは、機体のあらゆるところから出現させた光りの刃=レーザー・ブレードを輝かせながら、ブロッケンの身体の中を突き抜け、木っ端微塵に斬り刻んでいた。
細切れにされバラバラになったブロッケンの身体が、禍々しい炎を噴き上げながら崩れ落ちる。
対するビーストモードのディネスは、鋼の牙が連なるその口に、黄色い炎を噴き上げて燃える、何か塊のようなモノを咥えていた。
バリンっ。
ディネスはそれをあっけなく噛み砕いた。
「こちらチーム36、ハルカ。任務完了。ブロッケンを撃破、コアを破壊を確認しました。
壁に損害多数。援護を要請。これより人命救助にあたり、救護班到着後に帰還します」
そう。ディネスが噛み砕いた炎の塊こそ、ブロッケンのコアだったのだ。
「待って、チーム36」
インカム越に飛び込んで来たのは女性の声だった。
「今そちらに新しいエンジェルハイロウを送ったわ。それが到着するまで任務続行をお願い」
「司令。すでに任務超過です。私達は2時間前から休暇のはずですが・・・」
「分かってる。この任務が完了したら休暇の36時間の延長を認めます。それならどう?」
「分かりました。チーム36、任務続行します。通信終わり」
通信が切れた途端、3機のコックピット内は歓喜の声に包まれた。
「やったね、みんな」 とリン。
「聞いた?休暇延長だって」とアヤ。
「ええ、もう少し頑張りましょう」 とエマ。
「あ~~疲れた。早く帰ってメシにしようぜ 」とマイ。
「もう、マイったらお行儀が悪い」 とアンナ。
「はいはい 」とマイ。
「よし。任務完了まで頑張るぞっ」 とハルカ。
「お~っ」とマイ、リン、アンナ、アヤ。
〝ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガっ″
その時だった。
激震がディネスを襲った。
見ると、太く長い槍のような物がディネスの身体を串刺しにしていた。
しかもそれは1本ではなかった。
ビーストモードの両肩、両肘、両手首、両股関節、両膝、両足首。
そして、頭と腹部と胸部。
それは計15ヶ所を同時に貫いていた。
「な?なに?」
慌てて槍が伸びて来た方を見たマイたちの目に飛び込んで来たのは、壁を貫き、こちら目掛けて真っ直ぐに伸びる無数の黒い槍だった。
そして、それらと同じ槍の束が更に2組、壁を突き破って伸びていた。
その1組は、ディネスの近くで、もう1組は、前方の海上で直角に曲がり、それぞれが真上と真下に伸びて、ヴァレリアとマギーネを同時に串刺しにしていたなのだ。
しかも、壁の上に陣取る11台の砲台も同時に槍に貫かれていた。
〝バババババババババババアアアアアアンっ″
砲台が次々に爆発していく。
「そ、そんな、こんな短時間に2体目が出現するなんて」
そう。それはヘルゲートからの新たな攻撃だった。
「しまった」
ハルカは思わず唇を噛んだ。
文字通りヘルゲートを塞ぐ役割を果たしていたエンジェルハイロウもなければ、それを監視していたピーピング・トムも機能していないのに、ブロッケンを倒した安心感から監視を怠ってしまった。
その考えの甘さに自分のバカさ加減を呪った。
「くそ、身体が動かない・・・」
そう。変形し合体したままの状態で各駆動系を貫かれた3機は、ヒューマノイドモードへの変形はもちろん、分離することも出来ずにいた。
〝バキバキバキっ″
胸部装甲を貫いた黒い棘が、その奥の球体を突き破り、コックピット内に侵入して来た。
すると、その先端が解け、数え切れない程の黒い糸のようになったかと思うと、髪の毛よりも細いその1本1本が、まるで生きているかのように2人が収まるパワードスーツに巻き付いた。
次の瞬間、それは起きていた。
2人を守っていた鋼鉄の鎧がバラバラになって下に落ちていた。
無数の黒い糸が一瞬でスーツを切り刻んでいたのだ。
全ての支えを失ったマイとアンナは下に落ちた。
いや、2人は落ちてはいなかった。
裸で身体を重ね合う2人は、そこから落ちる前に、全方位から襲い掛かった黒い糸に全身をがんじがらめにされ、蜘蛛の巣に捕らえられた蝶の如く身動きがとれないでいた。
全身に巻き付いた細い糸が、腕を、脚を、胸を、腹部を、そして首を締め上げていく。
「・・・っかぁ」
糸が食い込む箇所があっけなく切れ、血が滴り落ちる。
が、彼女たちにはどうすることも出来なかった。
意識が朦朧とする中、マイの目に映るのは、ドローンから送られてくる自分たちの映像と、仲間たちの声にならない叫びだった。
3機を貫いた棘は、串刺しにした獲物を包み込んで黒い塊になりながらヘルゲートの周りに集まっていた。
その塊が雑巾でも絞るかのようにギュっと収縮した。
その瞬間。
バキバキバキバキっ
金属が捻れ断裂する音と共に、マイのアンナが閉じ込められた球体も捻れ、壁に無数の亀裂が走り、あちこちで火花が散り、小規模な爆発が起こった。
「・・・っげほっ、・・・マイ、・・ハルカ、・・たす・・け・」
インカム越しに届いた悲痛な叫び。
それはエマの声だった。
互いのコックピットを捉えたモニターを見ると、ハルカとリン。そしてエマとアヤもまた自分たちと同様に、黒い糸に全身の自由を奪われていた。
だが、その中の一組にだけ、他とは決定的な違いがあった。
エマとアヤだけが水の中にいたのだ
「!」
それを見て、2人の身に何が起きているのかをマイは一瞬で理解していた。
そう。棘に串刺しにされた時、マギーネは水中にいた。
棘がコックピットを刺し貫いた時、内部に大量の海水が流れ込み、そのまま機体が包み込まれた為、2人は閉じ込められてしまったのだ。
南極の冷たい海水の中に。
しかも裸の状態で。
「・・・エマ、・・アヤ・・」
だが、自らが死に直面した今のマイには、いや、マイ以外の誰にも2人を助けることなど出来るはずもなかった。
「・・・うぅ、くぅ」
全身が切り刻まれ、意識が遠退いていく。
ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガっ。
その時だった。
凄まじい衝撃が2人を襲い、次の瞬間には、マイたちは再び何かに激突するかのような衝撃に見舞われていた。
辛うじてモニターを見た、マイのぼやける視線が捉えたのは、自分たちを押し潰さんとする3つの黒い塊が落下し、氷の大地に激突する様だった。
それと同時に3つの繭が崩壊し、その中からヴァレリアが、自分たちが搭乗するディネスが、そして大量の海水に押し出されるようにマギーネが姿を現していた。
見ると、3機を閉じ込め、締め上げていた棘が全て切断されていた。
それと同時に、マイたちの全身を締め上げていた黒い糸も解かれるように崩れ、6人はそのまま力無く落ち、崩壊寸前の球体下面に叩き付けられていた。
そしてマイは見た。
ヘルゲートの真上に跪く人影を。
それが足元のヘルゲート内に潜んでいるであろうブロッケンに巨大なランスを突き立てていたのだ。
〝バシュンっ″
炸裂音が大気をつんざき、人影の身長ほどもある巨大なランスの円錐刃が漆黒の黒球奥深くへと打ち込まれる。
すると、そこから真っ赤な炎が血飛沫のように吹き上がり、もがき苦しむように暴れ回っていた棘が、まるで糸が切れた操り人形のように、一斉に大地に崩れ落ち、崩壊していった。
真っ赤な炎を返り血のように全身に浴びたまま、ランスを引き抜き立ち上がる巨大な人影。
「・・・ギア?」
それを見たマイは消え入りそうな声でそう呟いていた。
そう。それはマイたちが搭乗しているのと同じダイバーズ・ギアだった。
だが、その形状は彼女たちのそれとはかなり違っていた。
全身を覆う黒鋼色の装甲の各所には、攻撃と防御を兼ね、見る者に威圧と恐怖を与えるであろう無数の角を有し、しかもその装甲の隙間からは、真っ赤な炎が溢れ出ていた。
それだけではない。
額から鋭く伸びる2本のツノと、真っ赤な炎のような光が溢れる4つの目。
そして何より特徴的だったのが、その胸部だった。
幾つもの装甲が重なり合う胸部の中心に、何故か穴のような菱形の隙間があり、そこから、煌々と赤い炎が燃えあがる様が見えていた。
そう。それはまるで・・・
「・・・ブロッケン」
そう呟きながら、マイは気を失っていた。
〈つづく〉
今回初めて読んで頂く皆様、初めまして。
『ロスタイム~金碧と漆黒のディスティニアス』を読んで頂いていた皆様、お久しぶりです。
木天蓼です。
今回の小説は、・・・『ダリフラ』のフランクスの2人1組の操縦方法を思いついた方の、その発想力に衝撃を受けた私が、二人羽織りを見て「これだ」っと思ったのがきっかけで書き始めました。
なので、ロスタイムとはかなり毛色の違う内容になるとは思いますが、なにとぞお付き合いの程よろしくお願いいたします。
木天蓼 亘介