第18話・ただ、生き残るために・・・
『1、ゼロ』
その瞬間、アンナたちは眩い光りに飲み込まれていた。
〔・・・〕
そして光りは一瞬にして消えた。が、そのまま1秒経っても2秒経っても何も起きなかった。
今の今まで全方位から押し寄せ、皆の目と鼻の先まで迫っていたブロッケンたちが、まるで静止画のように止まっていたのだ。
〔なに、これ?〕
〔何が起きたんでしょうか?〕
ハルカとメリルがそう言うのも無理なかった。
周りを埋め尽くすブロッケンたちは、まるで石膏で作られた彫像のようになっていた。
眼前まで迫っていたツメの先端に、リンが恐る恐る指を伸ばしていく。
〔お、おい、リン〕
エマに制止され、リンは“ごくっ”と唾を飲み込みながらツメの直前で指を止めた。
〔アンナっ〕
その時、突然耳に飛び込んできた大きな声に、リンは思わず“びくっ”となり、思わずツメ先でブロッケンを“ちょん”とつついていた。
〔ばかっ〕
それを見たハルカがそう叫んだ瞬間、ブロッケンはリンの指先が触れた箇所から、まるでドミノ倒しのように崩れていた。
〔こちらマイ、みんな聞こえる?〕
〔ま、マイなの?〕
アンナが即座に応答する。
だが、
〔こちらマイ、みんな、聞こえたら返事して〕
ブレスレットから返ってきたのは、なおも皆を呼び続けるマイの声だった。
〔聞こえてるよマイ、みんな無事だよ〕
〔マイさんのブレスレットの受信システムに不具合が生じたようですね〕
マイからの応答がなく困惑するアンナにそう話し掛けたのはメリルだった。
〔不具合?〕
〔ええ、設計上はワープにも耐えられるはずだったのですが・・・〕
〔みんな生きてるよね?時間がないので現状報告します。私もツルギも無事でハーケリュオンの中にいます〕
〔マイ、よかった〕アンナが安堵の声をあげ、
〔マイちゃん、ツルギちゃん〕リンはもう泣きそうになっていた。
〔ブラックホール爆弾をヘルゲートの中に投棄し、ブロッケンも倒しました〕
〔そんなメチャクチャな・・・〕そう絶句するサンドラとは対照的に、
〔まぁ、マイならそれぐらいやるだろうな〕とハルカが、
〔うん、マイちゃんらしい〕とリンがくすくす笑っていた。
そして、極度の緊張状態から開放されたせいか、それにつられて皆が笑いはじめた。
その時、
〔なにか大切なことを忘れてる気がするのですが・・・〕
ただ一人笑っていなかったメリルがそう呟くのと同時に、
〔でもね、ガリレオが地球衝突の阻止限界点を突破するのは防げなかったんだ。だよね?ハニぃ〕
と、あっけらかんと言うツルギの声がスピーカーから聞こえていた。
〔え?〕その瞬間、皆の動きが止まった。
そう。ブロッケンのコアがガリレオではなく地球の、しかも多くの人が避難する地下都市を目指したのは、ガリレオが阻止限界点を突破するまでハーケリュオンを引き付けるためでもあったのだ。
〔ちょ、ちょっとツルギ〕
〔でね、これからハニぃとハーケリュオンでガリレオを押し返すから、みんなにはその間に一人でも多くの人を脱出させて欲しいんだって。そうだよね?ハニぃ〕
〔う、うん〕
〔うんって、マイさんそれウソですよね?エイプリルフールには早いけど〕それを聞き狼狽するアヤ。だが、そんな彼女を尻目に、
〔じゃあ、通信終わり〕
と、ツルギはあっけなく報告を終わらせていた。
〔え!?ちょっとマイ、ツルギ、なに言ってるの?ハーケリュオン一騎でガリレオを押し返すなんて出来るわけ・・・〕
〔アンナさん〕マイへの通信を遮るように彼女に話し掛けたのはメリルだった。
〔今は一刻の猶予もありません。今、私たちに出来ることはガリレオから一人でも多くの人を脱出させることです〕
〔でも、マイが・・・、それにガリレオがこのまま地球に衝突したら・・・〕
〔全員が脱出するまでハーケリュオンはガリレオから離れないでしょう。でも全員脱出すれば、ハーケリュオンならガリレオを破壊できるかもしれません〕
〔あ!!〕
〔だから、マイさんとツルギさんを助けるためにも、残された人たちを1秒でも早く脱出させることが今の私たちの責務です。違いますか?〕
〔分かった。・・・司令〕
アンナが、そして皆が一斉にサンドラを見た。
そしてその視線に応えるように、彼女はブレスレットに話し掛けた。
〔よし、コンピューター、ガリレオ内の全通信網にアクセス。私の声を流せるようにしろ〕
『準備OK、いつでもどうぞ』
〔ガリレオ内にいる全員に告ぐ。私は総司令官のサンドラ・アズマイヤーだ。ブロッケンはチーム36に実験配備されている新型ギアの試作機によって全て掃討された。
だが、ガリレオは地球への阻止限界点を突破し落下を続けている。
今なおガリレオ内に留まる者は火急かつ速やかにここから脱出しろ。
各々の携帯端末に脱出船乗り場までの誘導ルートを送信する。
これは訓練ではない。時間がないぞ、急げ、以上だ〕
サンドラはそう言い終えると皆を見た。そして、
〔よし、メリル、君は私のスーツで脱出しろ〕
そう言いながらスーツを着脱していた。
「これを着ていくといい」
〔え!?〕
その言葉に、今度は逆に皆がサンドラを見ていた。
〔でも、それじゃあ司令はどうするんですか?〕
「大丈夫だ。私にはこれがある」
彼女はそう言いながらブレスレットを見せた。
「これがあれば代わりのスーツを捜せる、問題はない。いいから行け」
〔わかりました〕
〔大丈夫よアリス、私がこのまま安全な場所まで送っていくから〕
〔え!?待ってアンナ、アリスのお母さんを一緒に捜して、お願い〕
幼い少女を安心させようと話し掛けたアンナに返ってきたのは意外な言葉だった。
〔お母さん!!はぐれたの?〕
〔・・・うん〕
アリスは返事をはぐらかすように小さく頷いた。
「お母さんの名前言える?」
〔サラ・ハミルトン〕
「サラ・ハミルトンね。コンピューター、サラ・ハミルトンの現在位置を教えて」
だが、返ってきたのは意外な答えだった。
『照合終了。サラ・ハミルトンの位置が最後に確認されたのはエリア49、第8ブロック43番通路です』
「最後?それはどういうことだ?」
『サラ・ハミルトンの生命反応はすでに消失しています。現在生命活動は確認されていません』
「アリスよく聞いて、あなたのお母さんは・・・」
〔ううん、お母さんは生きてる、生きてるから・・・〕
サンドラの言葉を掻き消すようにアリスは叫んだ。
〔アンナお姉ちゃんお願い、お母さんを捜して〕
〔・・・わかった。一緒に行こう〕
「まてアンナ、自分が何を言っているのか分かっているのか?」
その言葉を聞き、サンドラは自分の耳を疑うようにそう聞き返していた。
〔わかっています〕
だが、アンナからの答えは同じだった。
「よせ、アンナ・ササザキ。これは明らかな軍規違反だ」
〔司令、いまアリスを連れて行かなかったら、彼女は母親を捜さず自分だけ脱出したことを一生後悔して生きていくことになります。それでは、おそらくこの子はこれからの人生を一歩も前に進めなくなります〕
「そんな綺麗ごと・・・」
〔マイがそうなんです〕
「え!?」
〔マイは自分がお母さんを死なせたと、ずっと自分を責め続けていました。そして、自分がジュニアオリンピックに出なければお父さんはあのシャトルに乗らなかった。お父さんは死なずにすんだかもしれない。あの時、おじいちゃんとおばあちゃんを無理矢理にでもニュージーランドに連れて行っていたら2人は死ななかったかもしれない。
マイはそうやってずっと自分を責め続けていたんです〕
「なぜそんなことが分かる?」
〔この前のガリレオが襲撃された時のマイの映像を見ましたか?〕
「ああ、それが?」
〔あの子、お腹を突き刺されても戦うことを止めなかった。あれを見て確信したんです。マイはブロッケンを倒すために生きてるんじゃない。
本人は倒すためって思ってるかもしれないけど・・・。
彼女自身も気付いてないかもしれないけど・・・。
私にはわかるんです。
あの子は死んで家族に会いたがってるんだって。
マイは死ぬために生きてるんだって・・・〕
「・・・アンナ」
〔マイはあの日から一歩も前に進んでいません。そして、このままだとアリスもそうなります〕
「・・・わかった」
〔司令〕
「あ~、私は何も見てないし聞いてない。だから早く行け」
〔ありがとうございます〕
「あ、ちょっと待て」
〔〔え!?〕〕喜び勇んで出て行こうとするところをサンドラに再び制止され、驚きの声をあげた2人が振り返ると、そこには自らのブレスレットをはずし、こちらに差し出す彼女の姿があった。
「ここから先は何が起こるか分からない。アリス、これを持っていきなさい。アンナ、彼女の手を出してあげて」
〔はい〕
スーツの左脇腹が開き、アリスの小さな手があらわれた。
サンドラはその手首にブレスレットをはめながら彼女に話し掛けた。
「これは、ギアパイロットだけが装着することができる、いわばギアパイロットの証しだ」
〔ほんと?〕
サンドラからの思いがけない一言に、アリスが興奮気味に訊ねる。
〔本当よ〕スーツの左腕が開き、そこから姿をあらわしたアンナの左手首にも同じブレスレットがはまっていた。
小さな手首にブレスレットが装着される。
「よし、これでアリスも今からギアパイロット候補生だ。いい?アンナの言うことを聞くのよ」
〔うん〕
〔司令、ブレスレットなしでどうするんです?〕
ハルカが心配そうに念を押す。
「心配するな、何なら証拠を見せてやろうか?」
彼女はそう言いながら、耳のインカムを押さえた。
「コンピューター、私はガリレオの最高司令官、サンドラ・アズマイヤーだ」
『サンドラ・アズマイヤーと確認。命令をどうぞ』
「ブロッケンによる人体、特に脳への侵食と擬態によるギアの略奪に関する全てのデータから、それに関連するマイ・スズシロとツルギのデータ、及びチーム36の逃亡補助罪に関するデータを消去し月の司令本部に送信しろ」
『2人及びチーム36の軍規違反に関する全てのデータが失われます。本当によろしいですか?』
「ああ、最高司令官権限で命令し、承認する」
『了解、2人及びチーム36に関する全データ消去、残りのデータを月司令本部に送信完了しました』
「どうだ?これでもまだ疑うか?」
〔し、司令〕
その場に居合わせた全員が、彼女のあまりに突然すぎる行動に言葉を失っていた。
〈つづく〉