第17話・シンクロナイズド・ダイバーズ
エリア51、第13ブロックの片隅でパワードスーツが背中合わせに円陣を組み、全方位から押し寄せるブロッケンを迎撃していた。
マイの元へスーツのワープを成功させてから、ここを攻めるブロッケンの数が爆発的に増え、アンナたちは再び危機的状況に追い込まれていた。
〔コンパクトノヴァの転送を確認、やったぁ〕
こんな絶望的な状況の中にあって、声だかにそう言いながら小さくガッツポーズをキメていたのはメリルだった。
人体に続きパワードスーツ、更には開発中の兵器までワープさせれたことが余程嬉しかったのか彼女は興奮気味だった。
〔なんでその〝コンパクトなんちゃら″を最初に送らなかったの?そしたらマイを危険な目に遭わさずにすんだのに〕
全方位から迫りくるブロッケンを迎撃しながらアンナがもっともなことを言う。
が、
〔敵はマイさんを狙っています。まだマイさんのいない、つまり敵もいない場所で爆弾だけ爆発させてどうするんですか?兵器というのは敵を倒し味方を助けられなければ意味がありません〕
〔う・・・確かに〕メリルのあまりの正論にアンナはぐうの音も出なかった。
『ガリレオ自爆10秒前、9、』
その時、終わりを告げるアナウンスが流れ始めた。
〔ファイナルカウントダウンが始まっちゃった〕それを聞き、リンが泣きそうな声で呟いた。
『8、7、』
〔マイからの連絡は?〕ハルカが叫ぶ。
〔まだなにも・・・〕それに対し、アンナはそう返すことしかできない。
『6、5、』
〔・・・お姉ちゃん〕
そんな自分を、アリスが不安そうに見つめていることに気付いたアンナは、
〔大丈夫よアリス〕と彼女に笑顔で話し掛けていた。
『4、3、』
〔マイは、ううん、マイとツルギはブロッケンなんかに絶対負けないから〕
『2、1、ゼ・・・』
その瞬間、彼女たちは目も開けてられないほどの神々しい光りに飲み込まれた。
そしてそれはマイたちも同じだった。
まさに数兆ものブロッケンの刃が全方位からハーケリュオンを串刺しにしたその瞬間、彼女たちも眩い輝きに飲み込まれていた。
そして信じられないことが起きた。
「なに、これ?」
マイたちが見たのは異様な光景だった。
ハーケリュオンが広げた両手の間に、太陽をも上回る、目も開けていられないほどの輝きを放つ光りの塊が浮いていた。
「ハニぃ、これどうしよう?」
背後から耳元に届いた声に、マイは思わず振り返った。
「ツルギ」
そこにはツルギがいた。
2人は優しい光りに包まれていた。
その輝きは、指を絡めて手を握ったことで重なり合った2人の指輪から放たれていた。
それが、全身を串刺しにするブロッケンを飲み込みながら光りに変えて吸収し、ハーケリュオンの傷が修復されていくのと同時に、それに呼応するかのように2人の全身の傷もみるみるうちに治癒していく。
2人は完全にシンクロしていた。
だが、ツルギは困り顔だった。
「ツルギ教えて、何が起きてるの?」
「これ、ブラックホール爆弾なんだけど」
「ええっ?」
マイは改めて目の前の光りの塊を見た。
「そ、そうなの?」
「うん、ハーケリュオンの力で封じ込めてるんだ。これ、チョーシンセーバクハツって言うんだよ」
「ええええっ」
すると今度は、光りの塊が急激に萎み始めた。
「ブラックホールになっちゃう、どうしよう?」
「ど、どうしようって、・・・あ、そうだ。・・・ツルギ、私を信じて」
「うん」
2人は互いの手を更に“ぎゅっ”と握った。
「「パンツァーシュラウド・ハーケリュオン、モード、クラーケン。クロス・エンゲージ」」
その瞬間、ハーケリュオンは太陽のごとき神々しい輝きを放ちながら、装甲に覆われたタコやイカのごとき無数の触手をもつ異形へとその形を変えていた。
そして、ハーケリュオンの無数の触手が岩盤を突き破りながら縦横無尽に伸び、ブラックホール爆弾をガリレオの外に、つまりは宇宙空間へと摘まみだしていた。
「ハニぃ、これどうするの?」
「大丈夫、ちょうどいい捨て場所がある」
「「スパイラル・ウイップ」」
2人が声を合わせてそう叫ぶや否や、ブラックホール爆弾を巻き付くように掴む触手が一気に地球まで伸び、北極を覆い尽くすほど巨大化したヘルゲート穴の中にそれを押し込んでいた。
ヘルゲート内部への直接攻撃。
それは地球が保有する軍事力の総力をあげて過去何十回も行われていた。
が、その全てが失敗に終わっていた。
ゲートの内部に撃ち込む、もしくは投入した兵器が全て鏡写しのようにゲートから出て来てしまうのだ。
それはブラックホール爆弾も同じだった。
それゆえ人類は、電磁力の力場を穴の周りに発生させ、穴を人工的に縮小させるエンジェルハイロウを開発したのだ。
だが、マイにはわかっていた。
今のハーケリュオンなら、ブラックホール爆弾をゲートの向こう側に押し通す力があることを。
しかしそれは、2人の呼吸が一瞬でもずれていたら出来てはいなかった。
2人が互いを心の底から信じたからこそ出来た賭けだったのだ。
“ズズズズウウウウウゥゥゥゥンっ”
その瞬間、ハーケリュオンの加護から解き放たれたブラックホール爆弾が穴の向こう側で爆発し、そこからガリレオ目掛けて伸びていた超々巨大なブロッケンの脚が彫像のようになり、砂のように砕けていくのが見えた。
その頃、時を同じくして大気圏に突入した物体があった。
雲一つない空に、光の軌跡を残しながら落ちていく隕石。
だが、よく見るとそれは、摩擦熱とは明らかに違う、地獄の業火に焼かれるような輝きを放っていた。
しかも自ら軌道を修正し更に加速していく。
それは、ブロッケンのコアだった。
爆発に飲み込まれる瞬間、枯れゆく植物が種子を飛ばすように、ブロッケンは自らコアを打ち出していたのだ。
轟音を響かせながら大気を切り裂き、大都市目掛けて落ちていくコア。
だが、眼下の都市はすでに破壊し尽くすされ廃墟と化していた。・・・はずだった。
すると突然、廃墟の中から幾つもの砲台が姿をあらわし、直上のブロッケンに向けて砲撃を始めた。
しかし対するブロッケンも螺旋状に渦巻くドリルのような姿に形を変え、超高速で回転し、直撃する砲弾をはじき飛ばしながら更に加速して、廃墟しかないはずの大地に激突していた。
“ドゴゴゴゴオオオオオオォォォォォォォンっ”
凄まじい爆発音と大地を揺るがす激震と共に、日差しが遮られるほどの粉塵が舞い上がる。
“ギャギャギャギャギャギャ~~~~~~っ”
そして、硬い物を砕く甲高い金属音が鳴り響き、そこから粉塵が竜巻のように渦を巻いて撒き散らされていく。
ブロッケンは地下深くにあった、厚さ10メートルはあろうかという超硬合金製の壁をあっけなく突き破っていた。
そして、そこから姿をあらわしたのは巨大な地下都市だった。
ブロッケンは、この廃墟の地下深くに数万もの人達が暮らす街が作られていたことを知っていたのだ。
逃げ惑う人々を嘲笑うかのように、螺旋の先端がほどけながら花びらのように四方に開き、その中から小型のブロッケンが次々に姿をあらわした。
“ドゴォっ”
その瞬間、花びらのように開いた口から円錐形の、何か金属の塊のようなものが飛び出し、人工の大地に突き立てられていた。
そしてブロッケンは、砂のように崩れながら砂津波となって街の中に流れ込んでいた。
あとに残ったのは、黄色い炎を噴き出す塊を貫きながら、地下都市に柱のように突き立てられた巨大な金属の円錐のみだった。
それと同時に、使命を終えたかのよう円錐が砕け、それを持つ、身体中を覆う複合装甲の隙間から黄金のその焔を噴き出す漆黒の巨人が、黄色い炎の塊を円錐形の物体=ランスから引き抜き握り潰していた。
「はぁ、ギリ間に合った」
「やったね、ハニぃ」
「ごめん、ランス壊しちゃった」
「うん、仕方ないよ、再生の途中だったから。大丈夫、また再生するから」
ツルギとマイは、喜びを分かち合うようにキスしていた。
〈つづく〉