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シンクロナイズド・ダイバーズ  作者: 木天蓼 亘介
16/27

第16話・「ばかツルギ」

 


 〔え!?それってまさか・・・〕マイの言葉の意味を瞬時に察したアンナはそれを止めようとした。

 だがその前に、

「私がツルギとハーケリュオンで出る」

 彼女はそう宣言していた。

 〔ごめんマイ、それは・・・〕

 〔マイちゃんお願い、ツルギちゃんと一緒にガリレオを、地球を救って〕アンナの言葉を遮ったのはリンの悲痛な叫びだった。

 〔リン、あなた自分が何を言ってるか分かってるの?〕

 そんは困惑気味のアンナを置き去りにするように、

 〔マイ、私たちにこんなことを言う資格がないのは分かってる。でも、もし本当にそれが出来るのならお願いだ。地球を救ってほしい〕とハルカも頭を下げていた。

 〔ち、ちょっと、どうしたのみんな?それ本気で言ってるの?〕

 〔本気だよアンナ〕諭すようにアヤが話し掛ける。

 〔このままだと人類の歴史は終わる。今それを止めれるのはマイとツルギとハーケリュオンだけだって、本当はアンナも気付いてるよね?〕

 〔でも、もしこの前みたいにツルギが暴走したら・・・〕

 〔アンナ、ツルギを信じよう〕

 〔ハルカ〕

 〔マイ、ツルギとハーケリュオンがどこにいるか分かる?〕

「ガリレオの中心部」ハルカからの問い掛けにそう答えたマイに、

 〔この小惑星の中心?〕

 〔でも、なんでそんなところにいるの?〕と、エマとアヤが矢継ぎ早に問い返していた。

「封印されるため」

 〔封印?封印ってどういいうこと?何を言ってるの?〕

「ガリレオの中心部にツルギとハーケリュオンが封印されていた柩がある。彼女はそこに再び封印されることに・・・」

 〔ちょっと待って、ガリレオの中心部って確か・・・〕

 〔ガリレオを自爆させるためのブラックホール爆弾があります〕

 ハルカの言葉を遮ったのはメリルだった。

 〔正確に言うと、ブラックホール爆弾はガリレオではなく、ツルギさんが万が一にも裏切るようなことがあった場合の保険として設置されました〕

 〔メリル、それ本当なの?〕

 〔そんなひどい〕

『ガリレオ自爆まであと430秒です。全員ただちに脱出してください』

 〔詳しい話は後、もう時間がない。どうやってそこまで行くの?〕

 〔ここからだと直線距離で数千㎞あります。それ以前にスーツの性能では制限時間内にそこまで行くことは不可能です〕

 アヤがそう呟きながら唇を噛みしめる。

 〔誰か、何かいい手はない?〕

 〔1つだけあります〕

 決意を込めた口調でそう言ったのはメリルだった。

 〔メリル、この飛行ルートを設定したのはあなたよね。私たちはどこに向かっているの?〕

 そう。ブロッケンからマイたちを助けた直後、全方位から襲い来る敵から逃れるために彼女らはオーバーブーストを使用した。

 その際のコース設定を行ったのがメリルだったのだ。

『目的地に到着します』

 〔あそこは?〕

 〔エリア51、第13ブロック、兵器開発部実験棟。私の職場で、私たちが助かるための最後の希望がある場所です〕

 〔最後の希望?〕

 ナビの誘導に従い、スーツが壊れた隔壁扉を潜り抜けて区画内に入っていく。

 その瞬間、区画内の壊れた構造物や壁のヒビ等のあらゆる場所、あらゆる隙間からブロッケンが吹き出るように飛び出していた。

『ブロッケンが全方位より接近中』

 〔あそこです〕

 メリルが指示す先にあったのは、巨大な球体だった。

『ブロッケン、更に接近』

 〔マイ、アンナ、私たちが囮になる。あとを頼む〕

 そう言うと、ハルカとリン、エマとアヤの各スーツがブロッケンに向かい反転した。

 〔みんな〕

 〔この中です。扉を開けますから待ってください。アンナさんスーツの分離を〕

 〔OK、プラグアウト〕

 合体していたスーツが2機に分離すると、メリルは球体の前まで行き、パネルのカバーを開けた。

 スーツを装着したままファインダーを覗き、左手をパネルにタッチさせ、右手でパスワードを打ち込んでいく。

 すると、セキュリティAIがスーツのAIと協力してデータを読み取り、

『角膜、網膜、左手の指紋、パスワードを確認。続いて声紋を照合します。氏名と暗証番号をどうぞ』とガイダンスが聞こえた。

 〔メリル・リデュース、暗証番号○○△△▽▽○○〕

『声紋および暗証番号確認、ようこそメリル・リデュース。ドアが開きます』

 ガイダンスと共に、特殊合金製の分厚いドアが開いた。

 〔みんな、早く中へ〕

 マイたちが大急ぎで球体の中へ駆け込むと同時に、メリルがスイッチを操作しドアが閉じられていく。

 閉じ行く扉越しにマイやアンナが見たのは、倒しても倒しても次から次へと襲い来るブロッケンを迎撃し続ける2機のスーツの姿だった。

 そして、扉が閉じロックされた。

 それは、ハルカたちが絶体絶命の状況になっても、この球体内に逃げ込むことが出来ないことを意味していた。

 そして球体の中には、仰々しい数のパイプが繋がった機械があった。

 〔よかった、壊れてない〕

 メリルが電源をオンにしてコントロールパネルを操作すると、カプセルの扉が開いた。

 〔酸素の供給を確認しました。呼吸は出来ますが、万が一のことを考えてスーツは脱着しないでください。

 CWDS、エネルギー充電開始〕

『了解、エネルギー充電を開始します』

 〔これはなに?〕

 リンが興味津々の様子で、

 〔これ、大丈夫なの?〕

 そしてアンナが不安そうにメリルに訊ねる。

 〔キャリア・ワープ・ドライブ・システム、私たちはそう呼んでいます〕

 そう言いながら差し出された彼女の右手には青い半円形の金属容器が、そして左手には同じ半円形の赤い金属容器が握られていた。

 〔キャリア・ワープ・・・なに?〕

 〔この青いのがスタートキャリア。この赤いのがゴールキャリアです。CWDSはこのスタートキャリアにエネルギーを送信してワープフィールドを発生させ、()()を取り付けた人や物をゴールキャリアのある場所までワープさせるための機械です〕

〔そんなことができるの?〕

「それって、私を生身のままツルギのところに直接ワープさせることが出来るってこと?」

 思わずそう問いかけたマイに、

 〔そうです〕

 メリルがそう答えていた。

 〔2人とも何言ってるの?時間と空間の壁を越えるワープが人体にどれだけの影響を与えるか知らないなんて言わせない。生身の人間がそれに耐えられるワケがない・・・それなら、ワープ・ブースターの方がまだマシよ〕

 アンナが半ばヒクテリックに叫ぶ。

 〔上層部にもそう言って門前払いにされました。確かにワープブースターは実用化され安全性が証明されていますが、1機のブースターでいったい何人の人を避難させられますか?

 しかも全員にスーツを装着させしがみつかせないといけないうえに、ワープ速度に達するまでの飛行距離が必要というネックがあります。

 でも、もし()()が実用化されていたら、スタートキャリアさえ携帯していれば座標の設定とかを必要とせず、今この瞬間にもブロッケンに殺され続けている人たちを月でもどこでもゴールキャリアが置かれている所に逃がすことができていたはずです。・・・だから私たちはこの研究を続けてきました。

 私が皆さんをここに連れてきたのは、一か八かこれを使って全員で月に逃げるつもりだったからです〕

 〔そんなことが本当に出来るの?〕マイの命に係わるからか、アンナが食い下がるように質問をぶつける。

 〔理論上は〕

 〔理論上ってどういう意味?〕

 〔生命体を使った実証実験はまだ行っていませんから〕

 〔あなた、マイを実験の道具か何かぐらいにしか考えてないの?〕

 〔いいえ。私、マイさんの最新のヴァイタルデータを見ました。

 私たちは一か八かの賭けになりますが、今の彼女なら必ず成功すると確信しています。

 だからサンドラ司令にも協力を要請しました。即却下されましたが・・・〕

『エネルギー充填が完了しました』

「やろう、アンナ」

 2人の会話を遮ったのは、他ならぬマイだった。

 〔マイっ〕

「アンナ、アリスをお願い」そう言うとマイはスーツを分離した。

 〔お姉ちゃん!?〕

 突然の出来事に狼狽するアリスに、マイは優しく話し掛けた。

「大丈夫よアリス、ここにいるアンナお姉ちゃんはね、ギアのパイロットなの」

 〔え!ほんと!?〕

 不安が滲んでいたアリスの表情がパッと明るくなった。

 女の子たちにとってギアのパイロットは、全ての憧れの頂点のような存在なのだ。

 〔あのお姉ちゃん、ほんとにギアのパイロットなの?〕

「うん。彼女はチーム36のアンナ・ササザキ。ダイバーズ・ギア、ディネスのパイロットよ。

 だから安心して、アンナのスーツとプラグインして」

 〔うん〕

 〔落ち着いてマイ、そのゴールキャリアが今ツルギがいる場所になかったら何の意味もないきゃない〕

 「あ!?」そう言われ、マイはハっと我に返った。

 〔大丈夫だ。それならツルギのいる場所にもある〕

 〔え!?〕

 突然割り込んできたその声に、皆が驚きながら耳を押えた。

 インカムから聞えてきたのはサンドラの声だった。

 〔()()なら今ツルギがいる場所にもある。私が設置させた〕

 〔マイさん、こちらは準備OKです。いけますか?〕

 「はい」

 〔あ!!言い忘れてました。このマシンはまだ試作機で生命体と非生命体を同時にワープさせることが出来ません。マイさんの安全確保のため、まずはAIモードに設定したスーツを送り、続けてマイさんを送ます。いいですね〕

「え!?待って、AIモードのスーツはブロッケンと間違えてツルギを攻撃したりしない?」

 〔それは分かりません。ただ、彼女のDNAデータが登録されていないので、人間ではないと判断して攻撃するかもしれません〕

「最初に私が行きます」

 〔マイ、待って、向こうはブロッケンが待ち構えてるかもしれないんだよ〕アンナが叫ぶ。

「もう時間がない、メリル早く」

 マイはスーツをAIモードに設定するとそれから降り、手渡されたスタートキャリアとゴールキャリアを重ね合わせたものをボールのように握った。

 そして、近くにあったガムテープの端を噛んで片手で伸ばし、握る()()が手から離れないようぐるぐる巻きにしていた。

『ガリレオ自爆まであと300秒です。全員ただちに脱出してください』

 〔分かりました。まずはマイさんから行きます。いいですね?〕

「OK」

 〔目的座標、セット完了CWDSスタート10秒前、・・・・5秒前、4、3、2、1、スタート〕

 “ドゴゴオォンっ”

 その時だった。

 球体が轟音と共に激しい揺れに襲われた。

 〔!?〕

 そんなばかな、とアンナは思った。

 ハルカたちが守っているのだから、球体が攻撃を受けることなどあるはずがない。

 それはつまり、ハルカたちでも防ぎ切れないほどの数のブロッケンがあらわれたか、・・・もしくは。

 〔そんな事、あるワケがない〕

 一瞬頭をよぎった最悪のシナリオを彼女が否定した刹那、それは起きた。

 “ドゴオォンっ、ドゴオォンっ、ドゴオォンっ、ドゴオォンっ、ドゴオォンっ、ドゴオォンっ、ドゴオォンっ、ドゴオォンっ、ドゴオォンっ、ドゴオォンっ”

 超硬合金製の天井が飴細工のように曲がり、三角柱状に飛び出したかと思うと、その先端を突き破って吹き出したアメーバー状のブロッケンが巨大な水滴となって、真下にいたメリルに襲い掛かった。

 〔メリル、逃げてっ〕

 アンナが天井の穴めがけてS弾を連射しながら叫ぶ。

 だが、彼女はそこから逃げなかった。

 その身体がスーツごと漆黒の塊に飲み込まれていく中、メリルはカウントを続けていた。

 〔2、1、ゼロ、ワープスタート〕

『ワープスタート』

 マイが握り締める金属容器から幾筋もの光が漏れ、球体内を照らす。

 その直後、メリルの姿はブロッケンに飲み込まれ、完全に見えなくなっていた。



     

 眩い光りに包まれたその刹那、マイは冷たい床叩き付けられていた。

(!?)

 ワケが分からず起き上がろうとした、その瞬間。

「!!」

 彼女の身体を激痛が走った。

 それは全身を鷲掴みにされ、雑巾のように捻り、絞りあげられるような痛みだった。

 その痛みと吐き気に、マイは口から内臓が飛び出るのではないかというぐらい大量に吐血していた。

 それだけではない。

 彼女は鼻や目や耳、そして下半身の至るところから出血しながらのたうち回っていた。

 そしてマイは全裸だった。

「く、うぐぅ」

 床に手をつき、なんとか起き上がろうとする。

 だがすぐに、彼女は顎から床に叩き付けられていた。

 全身の骨が砕けたのではないかと思えるのほどの激痛に手にも脚にも全く力が入らない。

「うぅ」

 なんとかあお向けになった彼女の視界に映ったのは、蛇のような竜のような尻尾だった。

 うねるように重なり積み上がるそれに沿って視線を上げていくと、その先には信じられない光景が広がっていた。

(・・・ツルギ)

 そう。ツルギはそこにいた。

 だが、彼女はただそこに居たワケではなかった。

 ツルギはその掌と、二の腕と上腕、そして肩の内側、尻尾の至るところ、更には、腹部を一際大きな槍に刺し貫かれ、背後の十字架に串刺しにされていたのだ。

 そして、彼女の背後にあるはずのハーケリュオンの姿もそこにはなかった。

「・・・つ、ツルギ」

 絞り出すようなマイ声に、息も絶えだえのツルギはようやく目を開けた。

「・・・ハニぃ?」

 ツルギは“信じられない”といった表情でマイを見た。

 “ドオオオオオオォォォォォンっ”

 その時、球体全体が激震にみまわれたかと思うと、壁の至るところから黒いシミが、雨漏りの水滴のように滲み出てきた。

 それらが、人間ほどもある巨大な漆黒の氷柱つららへと姿を変え、マイめがけて次々に落下していく。

 それを見たツルギは、身体中に刺さった槍を抜くべく全身に力を込めた。

「うぅ、ぐわあぁぁ~~っ」

 それを見たツルギは、全身に力を込め、下半身を刺し貫く無数の鎗から、蛇のような竜のような尻尾を力まかせに無理矢理引き抜いた。

 そして、大量の血を飛び散らせながらそれを振り回し、マイを串刺しにする寸前だった氷柱を一撃にもとに凪ぎ払っていた。

「ハニぃ、しっかりして」

「・・・ツルギ」

 だがブロッケンたちは死んではいなかった。

 尻尾に打ち払われた彼らは空中で形を変え、サソリのような姿になって次々に壁に着地したかと思うと、ゴキブリのように壁を這い降下していく。

「!!」

 その先にマイがいる。

 それを見たツルギは、大きく振り上げた尻尾を使い、マイに迫るブロッケンを叩き潰していた。

 しかも彼女は、その反動を利用して十字架に刺さったままの槍から両腕を強引に引き抜いていた。

「がぁあぁぁぁ~~っ」

 掌や上腕、そして二の腕に開いた傷口から鮮血が噴き出す。

 ツルギは歯茎から血が滴るほど歯を食いしばり、飛びそうになる意識を必死に繋ぎ止め、マイに迫るブロッケンをゴキブリのように叩き潰し続ける。

 だがマイは、その壮絶な叫び声と、風を切りブロッケンを叩き潰す尻尾の音を聞いていることしか出来なかった。

 その時だった。

 “どちゃ”

 何かが床に落ちる鈍い音と同時に、何か生暖かいものが雨のようにマイの全身に降り注いだ。

「・・・?」

 なんとか目を開けると、彼女の視線の先に、血まみれのツルギが倒れていた。

 彼女はブロッケンを叩き潰す反動を利用して腹部を貫く槍から身体を引き抜いていたのだ。

 そしてマイは、その時になって自分に降り注いだ雨の正体を知った。

 それはツルギの血だった。

 彼女はツルギの全身に開いた無数の穴からどくどく溢れた鮮血の血溜まりの中に倒れていたのだ。

 マイの視線の先で全身をヒクヒクと痙攣させるツルギは、目の焦点が合わず、口も何かうわ言のように小さく動いているだけだった。

「・・・つ、ツルギ・・・誰か、誰でもいい、お願い、ツルギを助けて。・・・このままだとツルギが死んじゃう」

 “ドゴゴゴゴオオオォォォォォォンっ”

 次の瞬間、マイの叫びは耳をつんざくほどの爆音に掻き消されていた。

 それと共に球体が破壊され、崩れ落ちる瓦礫と舞い上がる粉塵を蹴散らすように巨大な何かが中に入って来た。

「・・・あ、あれは」

 それはブロッケン化されたギアだった。

 しかもそれは1機ではなかった。

 その数は十数機、いやそれ以上の数のブロッケンギアが球体の中に雪崩れ込んでいた。

 そしてそれらが、一斉に瀕死のツルギに襲い掛かった。

 “ぐちゃっ”

 ブロッケンギアの指が彼女を踏み潰した。

 いや、その瞬間、壁を突き破って球体内に飛び込んで来た何かが、ブロッケンの頭を握り潰していた。

「・・・ハーケリュオン」

 そう。それは紛れもなくハーケリュオンだった。

 さっきツルギが口を小さく動かしていたのは、うわ言をいっていたのではなかった。

 彼女は瀕死の状態の中でハーケリュオンを呼んでいたのだ。

 漆黒の巨人はブロッケンギアをそのまま真っ二つに引き裂くとツルギを掴み上げ、赤い光りが炎のように噴き出す胸の穴の中に彼女を押し込んだ。

「よし」

 それを見たマイは思わず声をあげていた。

 これでツルギは大丈夫だ。

 マイはほっと胸を撫で下ろしていた。

 そしてハーケリュオンはマイを掴んだ。

 だが、そこで信じられないことが起きた。

 漆黒の巨人は彼女を胸の中には入れず、そのまま優しく包み込むように握ったのだ。

「え、ツルギ、なんで?」

 そんなマイの声を掻き消すかのように、十数機のブロッケンギアが一斉にハーケリュオンに襲い掛かった。

 複数の装甲が重なり、その隙間から赤い炎が漏れる肩や腕や手、背中、尻尾、そして首にもブロッケンが噛み付き、そこから融合しようとする。

 それだけではない。

 サソリのような小型のブロッケンもまたハーケリュオンの全身に食らい付き、足の先のツメや尻尾の先の針をドリルのように装甲に突き立てて、そこから融合しようとしていた。

【ガアアアアア~~~っ】

 ハーケリュオンが雄叫びをあげたかと思うと、胸の中心の穴から真っ赤な光りの炎が噴き出し、正面から肩口に噛み付いていたギアの胸の真ん中、ちょうどコックピットのあたりを貫いていた。

 それだけではない。

 赤い光りは装甲の隙間を通って全身を駆け巡り、小型のブロッケンを焼き尽くしていた。

 それを目の当たりにした他のブロッケンギアたちは、噛み付いたままス羽田を変え、ハーケリュオンから距離を取ろうとした。

 そして、その一瞬をツルギは見逃さなかった。

 ハーケリュオンは全身の装甲の隙間から、赤い光りの炎をまるでレーザーのように全方位に向けて発射し、それらを穴まるけにしていた。

 だが、それで倒せたのはコックピットを直撃した機体のみだった。

 それ以外は、たとえ半身を失っても、形を変えたり、他のブロッケンギアと再融合したりしながら再び襲い掛かって来る。

 対するハーケリュオンは、蛇のような下半身を使って身体を縦横無尽にくねらせ、赤い炎をまとう鋭いツメでブロッケンギアを切り裂き、コックピットブロックを引きずり出して握り潰しながら、新たに襲い来る敵と化したギアのコックピットブロックを尻尾の尖端で次々に串刺しにしていく。

 だが、球体に押し寄せるブロッケンギアの数は、減るどころか更に増え続けていた。

『ガリレオ自爆まであと180秒です。全員ただちに脱出してください』

「ツルギ、どうしたの?お願い、私をハーケリュオンの中に入れてっ」

 マイは消え入りそうな声でそう訴え続けた。

 しかし、その声を全く無視するかのように漆黒の守護神はブロッケンを破壊し続けていた。

 “ドガっ”

 その時だった。

 とてつもない衝撃がハーケリュオンを襲った。

「!?」

 その、身体を引き裂かれんばかりの激痛にツルギが胸元を見ると、ハーケリュオンは背後から左胸を巨大な槍に刺し貫かれていた。

 ツルギは振り向き様に、槍を突き立てたブロッケンの両腕を握り潰しながら、その胸を尻尾の尖端で刺しくと、自らに刺さる槍を渾身の力を振り絞り引き抜いていた。

 いや、それはまさに引き抜いている瞬間だった。

 槍がアメーバーにように姿を変え、内部からハーケリュオンと融合を始めたのだ。

 その刹那、ツルギは一瞬の躊躇も迷いもなく、赤い炎を纏う右手の手刀を自らの左胸に深々と突き立て、コアを引きずり出し握り潰していた。

 が、その一瞬をブロッケンは決して見逃さなかった。

 “ドガ、ドガ、ドガ、ドガ、ドガ、ドガ、ドガ、ドガっ”

 響き渡る命中音と共に、ハーケリュオンは無数の巨大な槍によって壁や床に串刺しにされていた。

「ぐうぅぅ」

 ツルギの身体の、ハーケリュオンが槍に貫かれたのと全く同じ場所に同じ傷が深々と刻まれ鮮血が噴き出す。

 それに更に追い撃ちをかけるように、無数のブロッケンがハーケリュオンの全身に噛み付いていた。

 その全身を駆け回る赤い光りに、噛み付く口の中から顔を焼かれ消滅しながら、ブロッケンはその都度何回、何十回と顔を再生させてハーケリュオンの身体を噛み砕いていく。

 “バキバキバキバキバキバキバキっ”

 右左の腕が噛み千切られ、瓦礫に埋まる床の上に落ち、バネが切れたように開いた指の中から、マイは転がり落ちたいた。

「ツルギっ」

 マイはハーケリュオンを見た。

 だがそこに、瞬きする間も与えず敵を瞬殺する、漆黒の守護神の面影はなかった。

 身体じゅうに突き立てられた槍から、噛み砕かれる全身の傷口からブロッケンにじわじわと侵食されていくその姿を、マイはただそれを見ていることしか出来なかった。

「・・・ツルギっ」

 その時だった。

 マイの目の前に横たわっていた、今までマイの命を守っていたハーケリュオンの左右の腕が、スライムのようにぐにゃぐにゃに形を変え始めたかと思うと、それはサソリのような4本のツメと、鎧竜のような2つの尻尾を持つ、2体の怪物(ブロッケン)へとその姿を変えていた。

「!?」

 そして有無を言わせず8本のハサミが振り下ろされ、そのままマイを叩き潰した。

 その瞬間、

 ‶ババババババババババババババババババババババババババババババババっ″

 連射音とブロッケンが全身穴まるけになっていた。

 それだけではない。

 それに続いてハーケリュオンに融合しようとしていたブロッケンたちもレーザーや多弾頭ミサイル、重火器の波状攻撃に晒されていた。

 ブロッケンたちの一部は、そこに至ってようやくハーケリュオンから離れ、自らを攻撃するそれ()()に牙を剥いた。

 そして、突如としてあらわれた、凄まじい火力のそれに驚いていたのはブロッケンたちだけではなかった。

 一番驚いていたのは、他ならぬマイだった。 

 〔転送を確認。マイ、大丈夫?〕

「・・・アンナ?なの」

 なんとマイはパワードスーツを装着していた。

 〔マイ、大丈夫?生きてる?〕

「ハルカ」

 〔マイちゃん、ツルギちゃんは無事?〕

「リン」

 〔マイ、急げ!時間がない〕

「エマ」

 〔マイさん、ガツンとやっちゃってください〕

「アヤ」

 〔マイさん、ヴァイタルデータ受信させてもらってます。貴重なデータありがとうございます〕

「メリル」

 そう、メリルがマイの手に縛られたゴールキャリア目掛けてスーツを転送させていたのだ。

 では、なぜメリルは助かったのか?

 スーツごとアメーバー状のブロッケンに飲み込まれた直後、彼女はこう叫んでいた。

「スタートボタンを押して」と。

 それを聞いたアンナは迷うことなくボタンを押していた。

 その次の瞬間には、その場にはメリルしかいなかった。

 〔メリル、大丈夫?ケガはない?〕

 〔はい、大丈夫です〕

 それはメリルの機転だった。彼女は咄嗟にアメーバー状のブロッケンにスタートキャリアをねじ込んでいたのだ。

 〔ブロッケンはどこに行ったの?〕

 〔私にもわかりません〕

 〔え!?〕

 〔ゴールキャリアを設定せずにワープさせました。今頃はどこかの時空をさまよってると思います〕

 そう答えながら、彼女は‶にこっ″と笑っていた。

 それは、アンナを思わず‶どきっ″とさせてしまうほどの最高の笑顔だった。

 そして、マイが装着したスーツが勝手にブロッケンを攻撃したのにもワケがあった。

 〔マイ、そのスーツは脳波で操ることが出来る最新型で、私の専用機なんだから大切に扱ってよ〕

「司令」

 そう。マイが何の前触れもなしに突然ワープでスーツを装着されたにも関わらず戦えたのは、その機能のおかげだった。

 そして、間一髪のところでチーム36を全滅の危機から救ったのも、マイのリストバンドが発する救難信号を追跡して来たサンドラだった。

 事情を知った彼女は、マイのために用意したパイロット用のスーツに移り、フル装備の専用機をマイに送ることを自ら提案し、メリルに実行させたのだ。

「司令、そちらの状況は?」

 〔大丈夫だ。こちらを攻撃していたブロッケンはほとんどいなくなった〕

「え!?」

 サンドラからの意外すぎる言葉にマイは耳を疑った。

 〔ブロッケンは貴様がいなくなると同時にそのほとんどが消えた。つまり、奴らのターゲットは貴様の命で、そのターゲットがいなくなったから、どこかに移動したと考えられる。

 気を付けろマイ。ガリレオじゅうのブロッケンがそちらに押し寄せるぞ〕

 〔マイさん、司令の言ってることは当たっています。今、監視カメラの映像をチェックしてますが、ガリレオじゅうのブロッケンがそちらに向かっています〕

「わかった。ありがとう、メリル」

 〔マイ、聞いて、自爆まであと80秒、それと、もうすぐ大気圏突入阻止限界点を突破するわ。そうしたら例え自爆を止めても、地球への激突は止められない。お願いマイ、地球を救って。あたなとツルギしかいないの〕

「アンナ、まかせて」

 だが、数が違い過ぎた。

 マイがどれだけ撃墜しても、その数は減るどころか増え続け、彼女の視界の全てが飛翔する小型ブロッケンにあっという間に埋め尽くされていく。

『ガリレオ自爆まであと60秒です。まだ残っている人はただちに脱出してください。これは訓練でありません。繰り返します・・・』

「く、このままだと時間が・・・」マイは思わず唇を噛み締めた。

 その時、インカムにメリルの声が飛び込んできた。

 〔マイさん、説明は後でします。ブロッケン目掛けてゴールキャリアを投げて、10秒以内にハーケリュオンの胸の中に避難してください〕

「え?」

 〔カウントダウン、10、9、・・・〕

 マイはジャンプするとスラスターを全開にして、ハーケリュオン目指して飛び立った。

 しかし、彼女はその直後に、数え切れないほどのブロッケンにあっけなく包囲されていた。

 最新装備の攻撃も、全方位から迫りくる圧倒的な物量の前にあっけなく飲み込まれ、超硬合金製のボディが次々に破壊されていく。

 だが、マイは腕を噛み砕かれようが、尻尾の先の針で全身をスーツごと串刺しにされようがお構いなしに、群れ目掛けてゴールキャリアを投げつけると、全てのスラスターをオーバーブーストさせて加速し、赤い光りの炎が噴き出るハーケリュオンの胸の穴に向かって突っ込んで行った。

 〔7、6、・・・〕

 その刹那、砂糖を見つけたにアリのように群がるブロッケンもろとも、スーツも光に焼かれて一瞬にして消滅していた。

 再び裸で放り出されたマイは瀕死のまま落ち、菱形の胸の穴に辛うじて伸ばした右手の指を引っ掛け(つか)まっていた。。 

 〔5、4、・・・〕

「くっ」だが、それが限界だった。

 マイは噛み砕かれた左腕はおろか、摑まっている右腕も、いや、全身の感覚が無く、何故そこに掴まっていられるのかさえ彼女自身分からなかった。

「・・・だめ、このまま死ぬわけにはいかない」

 〔3、2、・・・〕

「・・・ハニぃ」

「!?」その消え入りそうな声を聞いた瞬間、彼女は片腕で、懸垂するように身体を持ち上げ、胸の穴の中に這い上がろうと藻掻(もが)いた。

 その瞬間、

 〔1、ゼロ〕

 カウントダウンと同時に柩の中心、つまりは空中に太陽の如き光りの塊が出現していた。

 その刹那、それは眩い閃光と共に大爆発し、全方位に光りのシャワーを撒き散らしていた。

 それを全身に浴びたブロッケンたちが、次々に粉々になりながら崩れ落ちていく。

 それは、超小型のサンダーアローをワープ速度で撃ち出し、コアを破壊するために作られた無差別破壊兵器の試作品だった。

 そしてそれは、その目的通りハーケリュオンをも全身串刺しにしていた。


 その頃マイは何かに激突していた。

 彼女が這い上がろうと懸垂で身体を持ち上げた瞬間、何かが彼女の胴体に巻き付き、持ち上げるよう引き上げていた。

 いや、それは放り投げたと言った方がいいかもしれない。

 マイはその勢いのまま穴の中へ飛ばされ、何かにぶつかっていたのだ。

「いたっ」

「あぐぅっ」

 その瞬間漏れ出た声にマイは聞き覚えがあった。

 それだけではない。

 自分の身体の下にある、いや、下にいるそれに、全裸になった自分の肌が触れる感触にも心当たりがあった。

「ツルギ」

「・・・ハニぃ」

 そう。それはツルギだった。

 彼女は這い上がろうとするマイを、尻尾を使って引き上げながら投げ、自らの身体で受け止めていたのだ。

 だが、彼女は瀕死の状態だった。

 腕はハーケリュオンが噛み千切られた箇所からドス黒く変色し、だらりと項垂れて全く動いていなかった。

 その外にも左胸を含む全身の銛が刺さっていた場所や噛み砕かれた所、更には全身のサンダーアローによって被弾した箇所にも黒い穴が開き、そこからも大量の血が溢れ出ていた。

「・・・は、ハニぃ、どうして?ここに?」

 消え入りそうな声で、絞り出すように囁くツルギ。

 “バシっ”

 その頬にマイは思いっきりビンタしていた。

「!?」

 いきなりビンタされ、ツルギは半ば呆然とマイを見つめ、そんなツルギにマイは思いっきり抱き付いていた。

「ばかツルギ」

 そう怒るマイが小刻みに震えているのにツルギは気付いた。

『自爆まであと30秒です』

「・・・バカって?」

「だってそうでしょ。なんで私を中に入れてくれないの?」

 マイは涙声になっていた。

「だって、もうハニぃを乗せちゃダメってサンドラが・・・」

 まるで子供のように、申し訳なさそうに喋るツルギ。

 汗で額にまとわりつく彼女の髪を優しくかき分けるマイの目に飛び込んできたのは、うっすらと残る開頭手術の跡だった。

「どうしてこんな手術に同意したの?」

 するとツルギは、珍しくモジモジして口ごもってしまった。

「怒らないから、話して」

 優しく諭すように言われ、ツルギは重い口を開いた。

「だって・・・」そう言いながらマイをチラっと見た。

「だって、なに?」

「私がイヤだって言ったら、この手術をハニぃの頭にするって、サンドラが言うから・・・」

「は?」マイは言葉を失っていた。

「ハニぃ?」

 ‶バシっ″

 その瞬間、またしてもツルギの頬にマイのビンタが炸裂していた。

「!?」“え?なんで?”そんな言葉が聞こえてきそうな呆然とした表情のツルギが見つめるマイの瞳から大粒の涙が溢れ、彼女はツルギを“ぎゅっ”と抱きしめた。

「どうして?私なんかのためにそこまで、どうして?私がいないとハーケリュオンが本当の力をだせないから?」

「え?ちがうよ」

 泣きじゃくるマイに、ツルギは即答していた。

「じゃあ、なんでよ?」

「わからない」

「え?」

「こんな気持ちになったの生まれて初めてだから、自分でもわからない」

「なに言ってんの?」

「ハニぃ、お願い、逃げて」

「弱気なこと言わない、ツルギらしくもない」

「でも、私、もうダメ・・・」

 そう言いながら、どす黒く変色した血まみれの手をマイの頬へと伸ばす。

「ツルギ」

 マイは思わずその手を握った。

『自爆まであと10秒、9、・・』

「どうしたの?なんで傷が治らないの?」

 マイがさっき見た映像ではツルギの身体は致命傷に近い傷を負ってもすぐに治癒していた。

 だが、彼女を張り付けにしていた槍の傷は全く治癒せず、塞がる気配すらない。

「私を張り付けにしてた槍はホーリーランス。神が神を殺す為に創らせた武器。だから、傷口は塞がらない。・・・だから、だから私を置いて逃げて・・・」

 そこまで言ってツルギの言葉は止まっていた。

 マイがキスをして口を塞いでいたのだ。

「ハニぃ?」あまりに突然の出来事に、嬉しさよりも困惑の方が勝ったような表情でツルギはマイを見つめた。

「上手くいくおまじない」

 そう言うとマイは、左手で互いの指を絡めるようにツルギの左手を握り、再び唇を重ねていた。

『・・・1、ゼロ』

 その瞬間、球体の壁が全方位から押し破られ、数千億、否、数兆ものブロッケンが柩の中に一気に雪崩れ込んでいた。



                               〈つづく〉


















































































































































































































































































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